侯爵家の息子の日常③
その口ぶりから、どうやら叔母のミリーは、彼女のことを既に知っていたようだった。
家に帰る道すがら、今日初めて会った彼女の半生をミリーから聞いた。
…
吹き始めた海からの風が肌寒い。
…
俺が、他人の人生を興味を持って聞くなど、初めてに違いない。
俺の不甲斐なさから出た言動を、涙混じりに真剣に指摘して来た彼女に対し、俺が他人にいつも感じるような苛立ちや反感はなかった。
逆に、清々しさや、真剣に対応してくれた感謝の念が湧いた。
彼女の言動は、慈しみから出た正直な言葉であると感じたんだ。
その言葉が俺の中で嬉しい暖かみに変わる。
なら…それに相応しくありたい。
ああ、何故に彼女は彼女なのだろうか?
初めて会った彼女の身姿や声が頭を離れない。
…知りたい。
それは、おれが20年以上生きていて、初めて感じた淡い思いだった。
…
埠頭の先の波止場に着き、舟を待つ間も、海を観ながらミリーの彼女に関しての話しは続いた。
異常に詳しく、詳細に至る。
もしかしたら、ミリーの仕事に関係あるのかもしれない。
平穏な人生を歩んで来た俺とはまるで違う人生が、そこにあった。
平民の人生とは、かくも波瀾万丈なのであろうか?
幼少の頃の父親の突然の死。
それに端を発した嫉妬による陰湿な虐め。
裕福でもなく、虚弱で、武術的才能なしの三重苦。
学校時代、貴族からの理不尽な強要と確執は、彼女の卒業まで続いた。
…
冒険者ギルドに登録してからも彼女の受難は続いた。
ギルドのシナガ防衛戦での彼女の働きを聞くくだりでは、手に汗を握った。
おのれ!ニルギリめ!
ニルギリの傍若無人ぶりは、今まで無関心に聞いていたが、その影響が彼女に降り掛かるのを聞くと、怒りが湧いた。
その場にいなかった自分が悔しい。
だが、俺がその場にいて何が出来ただろうか?
それからもミリーが話す彼女の活躍は、枚挙に暇もないほどで、いったい彼女は、あの小さな身体で、未だ成人してからもそれほど経っていないのに、どれほどの荒波を越えてきたのだろう。
…
彼女と俺とは、この島の波止場から、舟に乗り辿り着く港まで続く、目前の海ほどの差があるのだろう。
ここからでは対岸は、遥かな先だ。
この差を渡ることなど、不可能のように感じた。
…
…
ああ…今の俺では、彼女の足下にも及ばない。
波止場から下を見れば、深い色をした海洋の波がユラユラと揺れていた。
…
ミリーの話しが終わる頃、…俺は決意していた。
思えば、自分で決めたのは初めてかもしれない。
「なあ、ミリー、いや…ミリオネラ叔母さん、俺を鍛えてくれないか。…彼女に恥ずかしくないくらいにさ。」
俺の言葉を聞いたミリーが、眼を大きく見開き、口をあんぐり開けていた。