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アールグレイの日常  作者: さくら
アールグレイ士官学校入校する
471/619

侯爵家の息子の日常

 夏季講習で入った士官学校付きの寮の、鏡に映った自分を見る。


 其処には、20歳を越えた冴えない顔の男が、冒険者ギルドのレッドの制服を着て映っていた。

 取り立てて特筆すべき点もない普通の男だが、半年前と比べたら雲泥の差で筋肉がつき、武器の技能を日夜研鑽してどうにかこうにか使えるまでに身につけたことを、自分は知っている。


 制服を脱いだら、俺、結構凄いぜ。


 僅か半年で、死ぬ様な訓練に耐えて、贅肉を搾り取り、高性能に肉体改造して、武力の実力を上げて、高難度クエストをこなして評価を上げ、今期のレッド昇格を勝ち取った。

 よく死なずに頑張ったな俺。

 自分で自分を褒めてあげたいほど。

 眠そうで隈がある眼は、鏡に映って分かるが、憔悴して慢性疲労気味の身体は、鏡では分からない。


 ここで、そろそろ俺の名を名乗ろう。

 俺の名前は、ダイダルウェイブ・ダイダロス・グラナダ。

 多分、この世界の主人公ではなかろうかと、自分では内心思っている。

 お見知りおきを。

 親族からは、ダイと呼ばれているから、俺を応援してくれる者は、ダイと呼び捨てにしてかまわない。


 さて、紹介がてら、俺自身の事を語ろうか。


 

 小さい頃、俺は何でもできる、何にでもなれると思っていた。

 未来は、いつも希望に満ち溢れて見えて、今思えば何の根拠のない万能感を自信と履き違えていたんだ。

 自分がグラナダ侯爵家の一粒種の御曹司であることに物心ついた頃に分かり、侯爵家の力が自分と同義であると勘違いして益々増長した。

 将来、俺は、侯爵になるものだと当然思っていた。

 それが、うちは母系家族であり家督は長女である姉が継ぐと分かったのは、同級生からの入知恵からであった。

 今思えば、いつも威張り散らしている俺への同級生からの意趣返しであったに違いない。


 だが、浅はかな俺は、その日から臍を曲げて意義を唱え続けたが、長女相続の伝統が廃止になることはなかった。

 当たり前だ…長年の伝統が、小僧の我儘で覆るはずもない。

 小さな頃の俺、いや、半年前の俺は、そんなことすら分からない馬鹿な小僧であったと、今では思っている。


 自分が馬鹿であると教えてくれる友人がいればよかったが、実力すら努力して勝ち得ず、口ばかり達者で、威張りんぼで愚痴ばかりの、そんな俺に友人などできようはずがなかった。

 

 女系家族で家族親族は、姉や叔母など沢山覚えきれぬほどいたが、俺の周りには男は一人もいなかった。

 母上を始めうちの姉や叔母達は、そろいも揃って女傑と言わんばかりの威風堂々とした者ばかりで、俺は最初から女には絶望感しか持ち得なかった。

 手本となるような男はおらず、周りには逞しい女ばかりでは、性格も歪むというもので、俺が馬鹿なのは俺だけのせいではなく、環境のせいでもあったと思う。

 それでも学校は、ほどほどの成績で卒業できた。


 何者にもなれず、何者でもない俺…くだらない、くだらない、世の中はくだらないことばかりだな。

 …

 分かっている…一番くだらないのはこの俺だ。

 侯爵家のぬるま湯の中にいつまでも浸かって、一歩も踏みだせない俺。

 

 ああ…愚痴ばかりで、腐り切って、嫌になって、この社会から消えてしまいたい。

 いっそのことタンザニア山嶺の奥地で世捨て人になろうか…?

 いや…俺では一日とて生きられまい。

 こんなくだらない俺でも死ぬのは嫌だ。

 …

 昔は、良かった…と小さい頃を懐かしみながら、シミジミと公園で遊ぶ小さな子達を眺めていたら、通り掛かった歳若い叔母に頭を殴られ耳を引っ張られて自宅に連行された。

 

 …

 

 どうも、小さい女の子をヘラヘラとアホづらで観ていた俺に危機感を抱いて、コリャイカンと無理矢理引っ張って来たということらしい。

 この馬鹿者めと泣きながら小突かれて、小さな女の子に無理矢理手を出すような男は最低だと、そんな男にだけはなるなと説得され、自分がとんでもない誤解を受けてると分かった。

 抗弁したが、可愛いなと思って観ていたのは事実なので、いまいち説得力に欠けたらしく、その後、家族会議が開かれ、俺は、この歳若い叔母に預けられることになった。


 俺は、これまで、自分の身の上の事なのに何とかなるさと真剣に考えたことはなかった。

 食うに困らず、我儘し放題だし、友達は出来なかったが、何とか学校も卒業できた。

 侯爵になれないと分かったのはモチベーションが下がったが、考え方一つで、面倒事に苦労せず、部屋住みで何もせずに一生楽に暮らすのも悪くない。

 だが、家族は、こんな俺の状況を深刻に考えていたらしく、今回の件は決定打だったらしい。

 俺を、心配してくれたこの歳若い叔母は、今ではグラナダ一族の中でも俊英と評判で、この若さで冒険者ギルドの士官学校の教官に抜擢されたほどの優秀さだ。

 些か残念なのは、その美的センスが前衛的で周りが理解出来ないことと、独自の正義感を固持して、それを譲ることがない頑固さを持っていることだ。

 だが、それも最近では、鳴りをひそめて、優秀さだけが目立つようになった。


 そう言えば、昔、彼女が飲み屋の女がするような化粧をして祖母から怒られていたのを庇ったこともあったな…ああ、彼女も昔は小さくて可愛かった。

 まあ、今では綺麗になって、成長して、スッカリ追い抜かれてしまったが。

 以来、お互い歳が近く、馬があったのか俺に対して良くしてくれていた。

 そんな親族から泣かれて怒られたからには、俺にも思うところがあり、彼女の付き人兼従僕みたいなことをして、同じ行動するようになった。

 

 だが、一緒に行動してると否が応でも、彼女と自分を比べてしまい、自分のダメさ加減を突きつけられてしまう。

 小さい頃は、俺の方が出来は良かったはずだったがな。

 いつの間に、こんなにも差がついたのか。

 あまりにも差があり過ぎると競うのも馬鹿らしくなる。

 俺は、付き人みたいな真似をしながら、いい加減に変わらず人生を過ごしていた。


 そんな俺に一大転機が訪れたのは、半年位前に、叔母と一緒にコンサートに行った帰り、さるラーメン屋に立ち寄った時の出来事であった。


 そこで俺は、運命の出会いを果たすことになる。









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