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アールグレイの日常  作者: さくら
アールグレイ士官学校入校する
470/617

日常

 身体がキツイ。

 あれから、折り返し地点で、ほぼ全員に抜かれたと思う。

 

 教官と話しがあると言い訳して、笑顔で皆を見送る。

 ジャンヌだけは、訝しげな顔つきをしていたが、強く先に行くように言ったら、何も言わず従ってくれた。

 もっとも、皆、だいたいが自分より大きなお地蔵様を、顔を引き攣らせながら、受け取り、背負って帰るのだ…他人を気遣う余裕など無いだろう。

 お地蔵様の大きさの違いと関連性が分からない。

 教官に聞いたら、「…気分だ。」との返答であった。


 …マジか?割と本当そうで怖い。


 僕は、今は、腰が砕けたように座らず、目眩がして立つ事すらおぼつかない。

 常備薬を飲んで、身体の症状が治るのを待つ。

 その横で、教官が呆れた猫のような顔をして、僕を見つめていた。

 お陰で、前世で飼っていた猫を思い出してしまった。

 教官は、僕を助ける気は、まるでないよう。


 我、関せず…益々、猫に似ている。


 

 …



 …しばらくすると、症状が緩和された感じがした。

 きりがないので、気合いを込めて立ち上がり出立する。

 陽射しより、森林の陰を選んで、縫うように進む。


 身体がフラフラして、まるで雲の上を歩いているよう。


 溜め息をつきながら、俯きて一歩一歩確かめるように進んで行く。

 先を見るのが怖い。

 道筋が無限回廊のように、感じた。

 この歩く苦しみが、今まで調子に乗った、驕った僕への罰のように感じた。


 ハハハ…渇いた笑いが込み上げる。

 ああ….こんなものさ、僕なんて、こんなものさ。

 ツライ、ツライ、このまま歩いて行ったとしても、間に合うわけではない。

 …分かっている。

 でも、歩いている間は、間に合う夢をみることが出来る。

 僕は、僕のくだらぬ矜持とも言えない意地のために、こんなツライ思いまでして歩いているのだ。


 …諦めちまえよ。


 自分に向かって言い聞かせる。

 そうすれば、楽になることができる。

 そうだ!…自宅にペンペンさんとシロちゃんと一緒に帰ろう。諦めて、帰って寝てしまえばよい。

 そうすれば、万事解決。


 咳がでて、喉が痛い。

 ツバキを呑み込む毎に痛みが頭に響く。


 ツラくて、一人で、泣きそうだ。

 今、こんなにツライのは、きっと世界中で僕一人だけだ。

 …ボッチだ。

 

 だが、ツライときは、人はいつもボッチだ。

 ツラくて苦しいとき、人は常にボッチなんだ。


 繰り返される思考のループに意識が朦朧としながらも、急勾配の下り坂から、なだらかな平地へと、道が変わったことに気づいた。


 日没前に、何とか山々を降ることができた。

 それでも、まだ…残りは概算で70km以上ある。

 人生の長さにウンザリする。


 それでも道は続いていく。

 歩いて行かなくてはならない。

 身体中が気持ち悪い汗塗れで、気が狂いそうだ。

 乙女には、とても耐えられそうにない。

 …

 それでも、立ち止まり中腰になって、ツラさに耐える。

 

 …



 (…俺の人生なんて一生こんなもんさ。)


 前世、自分が考えていた言葉の記憶がフラッシュバックして甦る。

 無情と絶望が心を染めていく。






夕暮れのオレンジ色に照らされた河川敷の道を、一人、アールグレイがトボトボと歩いて行く。

影が長く、とても長く足下から伸びていた。

ああ、アールグレイ、おまえの人生は、一生そんなものさ。

宵闇に声が響いた。



 

 …ああ、そうか。

 僕の人生は、一生こんなものなのか。

 だったら、だったで、自分で、何とか生きて行かねばね。


 …never give upだ。こん畜生め!

 ああ…乙女にあるまじき汚い言葉遣いです。

 僕は、誰が見てるわけでもないのに、不敵な面構えをしたつもりで、作り笑いを浮かべた。

 だが、…もしかしたら、この時、僕は絶望で泣いていたのかもしれない。



 そのまま、僕の意識は暗転した。






 

 




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