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アールグレイの日常  作者: さくら
アールグレイ士官学校入校する
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[閑話休題]ラーメン放浪記(続編)

 僕達が和気藹々とラーメンを食べているときのこと。

 店の扉がガラリと開き、入って来たお客さん達がいました。


 派手な出立ちの若い男女です。

 僕は、先入観の害悪を認識してるから、それは極力排除しているつもりだけど、明らかにこの店とは、場違いな柄の悪い出立ちに注意をひかれてしまいました。

 男の方が、大声で彼女の方に喋り掛けていてうるさい。


 友人と楽しくラーメンに舌鼓を打っているさなか、意識を他に向けざる得ない状況は、あまり愉快ではない。

 それは、お風呂に入って寛いでいる最中に、端末の呼び出し音や、暴走族の爆音がパラリラパラリラ外から聴こえて来た気分と例えれば、僕の気分のほどが分かりますか?


 彼、彼女らは、生地の少ない破けた赤と黒のメタリックな生地の服を着て、身体、顔にもアチコチ、化粧のように派手な色のペインティングを施しています。

 姿、服装は、…まあよいとしても、よく喋る彼の言葉遣いは略されて意味不明で、妙に気に障りペチャクチャザワザワと煩わしい。


 一般的には、人は印象とは、見た目で7割、残りの大半は喋り方だと思う。

 但し、僕がいう見た目とは、清潔とか、制服に折り目が付いてるとか、内面の礼儀正しさとか真面目さとが、外面に現れた印象を言います。

 僕基準に、この若者の彼を測れば、印象は最悪だ。

 絶対こいつ頭悪いだろうと自然と思ってしまう。

 果たしてこれもまた先入観かもしれないけど。


 でも僕には、彼の声がノイズのように聞こえるのです。


 彼らは、僕らとは、ほぼ同年代でしょう。

 都市国家である限定されたトビラ都市内ですら、僕と彼らには、似た年齢でありながら、隔たりがあるように感じられます。

 何故に、この様な違いが生まれるのかが、実に不思議。

 この差について興味が惹かれ、思考に費やす。

 …

 ラーメンの美味さを味わいながら、多様化についての思考を巡らすのです。

 それは、お風呂に入って、ああ、良いお湯だな…と寛いでいる時とか、ラーメンを食べてる時など、美味しいものを集中して味わっている時などに深く考え込むのは殊の外、楽しいものなのです。

 

 僕が思索に耽っているのは、既に彼らのsearchは終了して問題ないと判断しているから。


 彼の方は、哀しくなるほどの能力値で、これまでの生き方の精進の程が伺えます。

 失礼ながら、子供ならいざしらず、僕らの年齢で、この値はないから。

 親御さんは、さぞや心配されているだろう。

 彼の身内の心情を慮ると、胸が張り裂けそうに哀しみが押し寄せるので、嘆息をつき、思うのを止める。


 代わりに冷静に推察する。

 彼が殊更に下品な大声で宣うのは、至らない実力を自身で分かっていることへの自信の無さへの表れ…もはや滑稽を通り越して哀れをもよおします。

 彼は苦労も挫折も経験せず内的成長もしないまま、大きくなってしまったのでしょう。

 分別の付かない子供な大人…ああ、そう言えば前世ではウジャウジャと腐るほど辺りにいましたが、今世では極稀にしか見ない。生きるに厳しい今世では、生存出来ないので自然淘汰されてしまうのでしょう。

 そう考えて見れば、今世では、実に眼にするに珍しいシロモノです。


 だが彼のことは、もうよいのです。

 考えても、せんなきこと。

 知っていますか?この空気中には、肉眼に映らぬ程小さきダニが無数に生息しているそうです。

 菌類やウイルスも居ることでしょう。

 でも、そんなモノを日常気にして生活している人などは、いません。

 つまり、…そういう事です。

 要は、彼の言動にイチイチ付き合ってはいられないのです…阿呆らしい。

 それは人生の無駄だし、ここは庶民としてのスタンダードな考え方に倣いましょう。

 この世界に彼の存在を許しているだけで、僕は寛容だと思う。


 …気になったのは、一緒に来た彼女の方。

 彼女は僕より全般能力値が高かったのです。

 彼女は、彼と似たような格好、ファッションをなさっていたので仲間と一括りにしていたのですが…早合点でした。

 中身が全く違う。

 少なくとも、彼女のポテンシャルは…僕以上…計測不能…僕の物差しでは測れません。


 …ちょっと吃驚。

 それは僕に、まだ傲りがあったことに気づいたから。

 …恥ずかしい。

 実は…最近、少しは強くなったかなと思っていたのです。

 やれやれ…僕は、まだまだ未熟者です。

 僕より能力の高い人間などは珍しくない。

 なんせ僕は庶民ですから頑張っても普通程度なのです。


 んんん…額から汗が滴ったのでハンカチで拭く。

 世の中って本当に広い。

 もっとも見た目と中身が乖離してる例は、精神年齢の違いとか、自分自身の身にも当て嵌まるので、派手派手で若い彼女が、実は100歳越えのロリババアでも、おかしくはないと考えたり。

 だって、異世界の定番ですから。

 いつ邂逅しても不思議ではない…あり得ます。

 僕だって、前世の分と合算するならば、通算で約100年に至らずとも近い数値であると思う。

 曖昧なのは、前世の最後の方では、記憶が結構あやふやなので、自身が死んだ時の記憶が思い出せない…ただ少なくとも65歳は越えていたかな…??

 もっとも前世の記憶があって多大な影響を受けたけど、僕自身は、今世で産まれ育ったアールグレイで間違いないと断言できる。

 ならば前世の人格は何処に行ったのか?

 …彼は僕の内に、記憶と共に内包して眠っている…そんな気がするのだ。



 …




 聞き耳を立てずとも、彼らの声が勝手に聞こえて来たので、彼と彼女の関係性が分かった。

 彼は、彼女の甥らしい…?

 あれれ?ちょっと混乱…どう見ても彼らは、僕らと似たような年齢で、彼より彼女の方が若く見える。


 いや…場合によってはありえるかもと思い直す。

 前世の記憶で、そういうパターンもあると聞いたことを思い出しました。

 人の一生分の記憶があるというのは、大きなアドバンテージです。この経験の差は、通常埋まることはありません。

 僕は転生するにあたりチートスキルは貰わなかったけれども、この前世の経験の記憶こそ大いなる遺産かもしれません。


 僕らと、新しく入った来たこの二人組以外、店内にお客様はいません。

 しばらく経って彼らの元にも頼んだラーメンが着丼した。

 流石に、五月蝿い彼も、ラーメンを食べている間は静かで、店内にラーメンの麺を啜る静かな音だけが聴こえてくる。


 「…ラーメンなんか… … …。」


 この時、僕の耳が、彼の放った微かに聞こえた言葉を拾った。

 おそらく、言葉の続きは、…食べたくなかった、不味い、嫌いなどの言葉が想像される。

 あまり、良い言葉ではない。

 その証拠に、皆んな聴こえたのであろう…店内の雰囲気が微妙に変わった。


 僕は、自身よりも店の人の、作り手の心情を思った。

 ラーメンを食べる為に来たお客様に、自分が真心込めて作ったラーメンを貶され、侮蔑された気持ちは如何ばかりであろうか…?

 店の人は、どちらが店主が分からぬがオジサンが厨房に二人いました。

 どちらも真剣な顔つきで、一生懸命に、僕らのためにラーメンを作ってくれていた。

 僕は、人が真面目に働く姿を見るのが好きなので、彼らが作っている姿を、ずっと見てたから知っているのだ。


 「…なんかじゃない。」 

 僕は、思わず口に出していた。

 そんなに大きな声は出してないけど、店内が静かなので僕の声は響いた。

 皆が僕の方を注目した視線を感じた。

 両拳を握る。

 「…ラーメン…なんかじゃない。このラーメンは美味しい。」

 あまり目立つことは、本意ではない。

 でも…自然と繰り返し声に出していた。


 このラーメンは、店の人が汗水垂らして研鑽して創り上げた逸品であると思う。そのラーメンを真剣に一生懸命、僕らのために、作ってくれたんだ…ショコラちゃん達だって美味しいと言ってくれたもの…このラーメンは美味しい…決して…なんかと言われるような、蔑ろにされるものではない。

 

 「ああぁ!…なんだよ、盗み聞きかよ!」

 若者の荒々しい声が、うるさいほどに響いた。

 …馬鹿にしたようにせせら笑っている。


 「こんな、ラーメンなんてものはよ、所詮はB級品なんだよ。俺の口には合わないんだよ!」

 切って捨てるように言い放ち、こちらを見た彼の顔の表情が変わった。

 

 …僕は、めったに怒らない。

 怒っても益はないからだ。

 だけども、この時は腹立ちが治らなかった。

 人の…思いを踏み躙るような言動は許せない。

 やるせない悔しさに、目元が潤む。

 おそらく僕の顔には怒りが出てたに違いない。


 その証拠に、僕を見た若者の顔が瞬時に赤くなり、口を開けたまま黙りこんだ。

 …来るなら、やりますけど、何か?!

 僅かに腰を浮かせて睨む。

 周りの皆も、僕の雰囲気に当てられたのか臨戦態勢になったのが、ユラリと感じられる武威で分かった。

 だが、皆に迷惑は掛けられない。

 一番手は、この僕で、瞬時に決着はつける。


 …


 「…ま、待たれい!」

 だがこの時、ビシッとした若い女性の迫力ある声が、僕に待ったを掛けた。

 声がした方を見ると、若者の連れの彼女だった。

 確か関係性は、叔母さん…。

 その手にはラーメンを抱えて、もう一方の手は箸を摘んでこちらに箸先を向けている。


 …お行儀悪いよ、君。


 「今のは、こいつが悪い。…ズズズ、ズルズル。保護者であるワシが謝る。ほれ、この通りじゃ。」

 彼女は、若くて美人なのに、目付きは半眼、顔付きはキツくて、どちからかと言うとヤンキーの迫力ある悪人顔です。しかも、謝る最中にも、ラーメンを食べている。こちらを軽くみて馬鹿にしているのか…?

 「…うむ、美味い。箸が止まらぬ。…ゴクゴク、プハー、ラーメンは出来た瞬間から美味しさが失われていくのだ。…許されよ。」

 ジッと彼女を見つめる。

 彼女の表情は変わらない。


 …


 肩の力が抜けた…他意はないとみた。

 どうやら、僕よりも食いしん坊らしい。

 彼女が言う理屈は正しい…分かっている。


 彼女は、汁まで全部飲み干すと、「ご馳走様でした。」と厨房に向かってお辞儀をすると、黙ってしまった甥の若者の首の襟口を掴んで、引き摺りながら店から出て行った。

 …扉がキチンと閉まった。

 …

 …

 知らず知らずのうちに緊張していたらしい。

 しばらくして空気が緩んだ。




 

 彼らが去った後、気を取り直して、少し熱さが抜けてしまったラーメンを、僕は再び食べ始めるた。

 …うん、多少ぬるくなってしまったが、やはりこのラーメンは美味しい、間違いはない。

 ことラーメンについて、僕は正しいのだ。


 すなわちラーメンは正義。


 これは、5000年過ぎ去っても、世界が変わったとしても、変わらぬ僕の中の真理だ。




 

 

 

 

 

 

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