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アールグレイの日常  作者: さくら
アールグレイ士官学校入校する
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[閑話休題]ラーメン放浪記(レイ・キームン編)

 俺はギルドで薬草採取の依頼を受け、山野まで赴き、クールと一緒に草々から薬草を探していた。

 春の暑い日に、ほぼ真上から太陽光が照らすさなかに、草々が生い茂る中、互いを背にして、草を折るようにかき分け或いは押し倒し、目当ての薬草を探すのは、なかなかに重労働だと知った。


 だが、生命の危険はない…単純反復するだけの簡単作業だと、自分に言い聞かせる。


 自分より身長のある草々に囲まれて、上から陽の光りに照らされ、大地から昇る地熱に炙られ、小さな虫が這い飛ぶさ中に草の青臭い匂いが立ち昇る。

 正直、始めたばかりなのに帰りたくなる…そして中腰の姿勢が地味につらい。

 進む際は、そのままの姿勢でアヒル歩きだ。

 今まで植物採取など女子供や初心者の仕事であると侮っていた。


 汗が額から、顔を滴り落ちる。



 …


 …言うは易し行うは難してあるな。


 だが苦しいなりに、しばらくすると慣れた。

 これでも昔から単純反復作業は苦にはならなかった。

 変わらない、同じ事の繰り返しは、先行きがすでに分かっているから精神的に楽なのだ。

 それは、レールを敷いた後に、電車を運行させるに似ている。行き先は決まっているから安全安心快適だ。

 通常、先読みし警戒しなければならぬ資力を、同じ事の繰り返しならば、他に回せる。

 これは、非常に効率的と言えないだろうか?


 然り…効率的な行動を実践した際は、無駄を省いた安楽な道を進んだ気になり、少し嬉しく思う。


 冒険はいらない。

 冒険者なのに、冒険は要らないとは、此れ如何に?

 そんな矛盾に、泡沫のような可笑し味が、意識の底から込み上げきて無意識に声に出さずに、微かに笑ってしまった。

 気づいて表情を直ぐに元に戻す。


 周りを視線だけで見渡す。

 … …

 大丈夫。

 周りには、こちらに背を向けたクールしかいない。

 あとは緑の樹々と草花と虫だけ…。

 誰にも見られてはいない。

 …内心ホッとした。


 こちらの情報を出すことは、リスクが高まる。

 だが全く出さないのも不自然だ…社会という皿の上で生活する以上、一定の情報を出すは船が碇を下ろすかのように必要であると思う。…でなければ、海洋で迷子のように漂うしかない。

 それは遭難したのと同じ、永くは持たないだろう。


 先程から山野の草々に埋もれ、不平不満をブツブツ呟いて薬草を探している腐れ縁のクール・アッサムとは、俺にとって、そんな碇の一つであると認識している。


 あ!…目当ての一つである鳥兜を見つけた。

 慎重に、土から掘り返す。


 …フー。


 …よし、ここら辺で、俺の自己紹介としよう。

 名前と歳ぐらいなら、公開するは構わない。

 俺の名前は、レイ・キームン、20歳。

 学業途中で実家を出奔し、今では冒険者ギルドで生計を立てているレッドの冒険者だ。




 今日は、顔馴染みのクールと共に、薬草の採取依頼を受けて、割と都市部に近い近郊の山野に薬草取りに来ている。

 レッドにまで上がった俺達が何故に今更、初心者や若年層、また戦うに不向きな者達が受ける依頼を、受注して薬草採取のために郊外まで来ているのか?

 それは、以下の質問に端を発する。


 戦闘力を上げるには、如何にすれば?


 これはアールグレイ師匠の修行を受け、ハクバ山を降りて以来の俺やクールの懸案事項であった。

 何しろハクバ山探索の際のレッド昇格試験合格の同期では、俺やクールは、実質最後の方であると認識している。

 男たる矜持として、か弱き婦女子より下とは、流石に情け無く恥ずかしい。

 そこで、二人で話し合い、俺がクールの質問に答えているうちに、アールグレイ少尉殿の真似をしようという結論をクールが断定。

 奴に誘われて薬草採取の依頼を受けて山野に来た次第だ。


 些かクールの短絡的思考には、思う処はあるが、進まなけば、事態は進展しないと思う。

 ましてや反対や否定ばかりで代案を出さないのは卑怯者の所業。

 だが進むにも試行錯誤は少ない方が良い…その方が、だって楽だし。

 俺の上位互換の先人と認識しているアールグレイ師匠の真似ならば、試行錯誤する価値がある可能性が高い。

 よし、価値があるならば実践するが、一番安楽なルートに違いない。

 俺は、クールに賛同して一緒に依頼を受けたわけだ。


 …

 

 通常ならば、薬草採取はグリーンやブラックの仕事でレッドが受けることはない。

 需要と供給の観点からも、継続的に依頼を受けられる者が受注する業務であると思う。

 もっとも一人二人の誤差などは、許容範囲であるから気にしすぎかもしれないが。

 しかし、世の中、他人事なのに、どんなことにも非難する馬鹿が存在してると認識しているから、そんな馬鹿対策として、あらかじめダージリン嬢に今回の趣旨を釈明しておいた。


 これは一見して面倒だが、ギルドの受付嬢に説明して、あらかじめギルドの了承を得ることは、依頼を斡旋するギルドを尊重し、賛意を得たと言える。

 何にでも非難する有象無象のくだらなき輩は、権力ある都市政府や貴族と紐付きのギルドの威光には、日光に当たる小さき虫の如く日陰に逃げ出し隠れるに違いない。

 ギルドという大きな組織は、小さな虫に刺されても痛痒を感じないほどに鈍感な寛容さを身につけているが、ギルドは自己の承認決定したことに逆らうモノには容赦しない。

 それに逆らう虫らは太陽に照らされる水溜りのように、いつの間に蒸発していることだろう。

 だから、面倒な説明の類いは、有要な通過儀礼と心得ている。

 一人前の冒険者で、これを軽んずる者はいない。

 報告、連絡、相談することで、大勢を味方に付けるのだ。

 これは将来の面倒事を避け、自分を守る事に繋がる。


 …うむ….これ肝要であるな。

 基本を蔑ろにしてはいけない。


 頷きながら…それでも面倒だなと思いつつ、世界情勢の未来について、思いを馳せる。

 薬草を選り分けながらの単純反復作業中に、自分の中のフレームワークを外すのだ。

 果たして、この世界はより良い方向に向かっているのだろうか?



 …



 …答えはない。

 だが、それで良い…答えなどは最初から期待していない…思考錯誤するが肝要なのだ。

 何よりタダで、誰にも迷惑かけず、自己完結できる。

 脳細胞のパルスが弾けてニューロンが手を伸ばすのを感ずるのだ。


 ニョキニョキ、パチパチ。

 自分の脳内を思い描く。

 …フフッ。


 最初から作業に飽きると分かっていれば、対策は如何様にも立てられる…問題はない。

 単純作業中は、歌うのも気が紛れ効率が上がるに良いが、聴かれるのは流石に恥ずかしいので、単独作業で周りに誰もいないときにしか実践していない。



 …



 子供の時から、無気力、無関心…覇気がないと言われた。

 本家の高飛車で小生意気なお嬢様とは、対極のような日陰の存在だと自分で思う。


 自分で面白みのある人間とは思ってないから、何故にクールが俺に頻繁に声を掛けて来るのかが、よく分からない。

 昔から感情の振れ幅が少なく、集団には馴染めなかった。

 そんな俺に対人能力があるはずもなく政治的な駆け引きが必要な貴族が務まるはずもない。 

 出来ないことはないかもしれないが対人交渉の類いは、酷く苦痛で、これからの一生を拷問の如き生活に己れを強いなければならないと考えると、答えは明白であった。


 親父には悪いが、俺は此処でドロップアウトだ。

 家業は卒ない優秀な弟に継がせてくれ。

 俺は学業半ばながら、家業は嫌で実家を飛び出したのだ。

 以来、実家には帰っていない。


 …


 特に、俺の人生取りたてて特筆すべき点はないし、人格も面白味に欠ける。

 もし、俺の人生を物語にして読んでも、きっと面白くはないはずだ。


 そうだろう?

 きっと、そうに違いない。

 まさに然り、然り。


 だから、ああ、誰も俺には期待しないでくれ。

 俺は、これからも、ほどほどに生きていく。

 そんな風に思っていた。


 …彼女に出会うまでは。


 彼女とは少尉殿…つまり、アールグレイ師匠の事だ。

 彼女と初めて出会ったとき、彼女だけが、このつまらない現実世界で、リアルに色付いて見えたのだ。


 …びっくりした。

 瞼をパチクリして、見直した。

 あまりの現実ばなれした可愛さに妖精か天使の幻想を見たと思ったからだ。

 周りと際立つ程に輝いている。

 何故レッドの野戦服を着用しているのか、始めは理解し難く、しばらくの間、凝視してから、初めてギルドの士官であることが脳内に浸透した。


 そんな彼女が、バスから降り立った際、熊を、いきなりブン殴り、吹っ飛ばしたのは更に仰天した。

 熊って、あんなに軽々と吹っ飛ぶものなのだろうか?


 以来、彼女が継続して輝いて見えてることに気づいた。

 見飽きることがない。

 でも眩しい…眩し過ぎて、とてもまともには見てられない。

 それでも時折り聞こえる彼女の声は、天上の調べにも似て、聴いてるだけで俺を極楽にいるような気分にさせた。

 だが、だからといって俺は、アレコレ騒ぐクールと違って、別に彼女とドウコウなりたいわけではないのだ。

 誤解してくれるな。

 ただ、俺は、彼女の側に居られて、その声を聴けることだけで満足だった。

 それだけで、なんだか幸せな気分になった。

 だが、…任務が終われば、それもまた終わる。


 …なんてことだ。


 …やがて探索が終わり、俺にしては強引ながら無理矢理弟子と自称して、彼女と絆を持った。

 …不自然ではないはず。

 ドキドキして、心臓が爆発するかと思った。

 自分で、能動的に動いたのは、もしかして初めてかもしれない。

 その日は、達成感に些か気分が上がった。





 …アールグレイ少尉殿の可憐さに乾杯!


 ハクバ山探索行から都市に戻った夜、俺は一人でワインを飲み乾杯した。

 これからも、少尉殿に会うことが出来るのだ。

 その後、まあいろいろあり、(仮)アールグレイ騎士団に入隊し、現在にいたるわけだ。


 …



 …あ!…ウツボカズラ発見。


 慎重に土を掘り返して採取する。

 うむ、姿勢は辛いし暑いし苦しいが、初めてにしてはなかなか上々ではないか?


 …



 …薬草詰みの途中で、とうとうクールが途中退場した。

 因みにクールは、一株も採取していない。

 訳が分からない気合いの叫び声をあげ、後を頼むと言って、駆け足で去っていった。

 相変わらず、クールの行動原因は理解出来ないが、今までの経験から、行動パターンは認識することが出来ている。

 まあ…十中八九そうなると思っていたので、会話で退場しやすいように促したせいもあるが。

 どっちみち早いか遅いかの違いだけで、こうなると予測は出来ていた。


 だから…問題はない…いつものことだ…一人でなんとかできる。

 これまでも、これからも、俺は一人だ。

 

 規定の分を取り終えて、依頼は終了。

 帰ろうと立ち上がった時、これは意外と足腰に来る事に気がついた。

 戦闘と違い、特定の部位ばかりの筋肉を使うだけでなく、全身を満遍なく、特に足腰を使うし、注意や警戒の仕方も戦闘や護衛の際とは、全く違う。

 何事も理屈ではなく、経験しなければ分からないものだ。

 


 ふむ…だが一日だけでは、少尉殿の真意は分からんな。






 ・ー・ー・ー・







 俺は、その後も一人で毎日採取依頼を受け続けた。



 …




 春の花が咲き乱れ、蜂が飛ぶ日も、梅雨になり、雨がシトシトと降る日も、因みに依頼料金は雨風ある日でも変わらない、花が散った後、樹々が生命力を爆発させるかのように新緑の季節の日も、初夏の太陽光照りつける暑い日も…



 …



 …



 …



 …



 …






 そして真夏のある暑い日、いつものように採取作業中…ふと何となく、少尉殿の真意が分かった気がした。

 …

 この様な短期間で分かるなどと言うのはおこがましいし、合理的な説明も出来ないが、…なんとなく腑に落ちたのだ。


 …ああ…そうであったのか。


 だが…これは経験しなければ分からないな。


 …


 立ち上がると、風が吹き、蒼天の青空が眼に入った。

 果てしない青空が眩しい。

 俺には、いつもよりも世界が綺麗に見えたんだ。

 …

 清々しい気分で、俺は風に吹かれた。

 流した汗が、心地良い。


 …


 …この時、端末が鳴った。

 直ぐに応答すると、掠れた男の声が俺の名前を呼ぶ声が聞こえてきた。

 「…レイか?ラーメンが…アールグレイ少尉殿の匂いが救いで…いる…クンクン…俺には分かる…うぁ、食べてやる、俺は食べるぞ、カマーだ、この方向は西口…この匂いはエ系だ…続いている、来い、俺の生き様を見ろ…プツ、ツー、ツー、ツー…。」

 掠れた声であったが、クールの声で間違いない。

 なんとなく、俺とは全く違った方向で、クールも又一皮剥け成長したのか…?

 

 内容は全くよく分からないし、クールの事はどうでもよいが、少尉殿と聞いては、放って置けない。

 …胸の奥に灯が点る。

 カマーなら、この地から走って行けば、1時間も掛からないはず…。

 俺は、早速カマー方向に向かって走り出した。

 …

 あれ?なんとなく身体が軽い。

 落ちるように身体が前に進んでいくのだ。

 …

 駆け足は修練してないというのに、いつもよりも倍速の速さの気がするが…もちろん気のせいであろう。

 しかし、これならば30分と掛からないかもしれない。

 採取している場所も、幸いながらカマーに近くてよかった。

 

 そうだな…だが念の為、ウバ准尉にも連絡しておこう。

 …念には念を入れる。

 …保険は、いくらでも掛けておくべきだから。

 



 

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