[閑話休題]ラーメン放浪記(クール・アッサム編)
どうやら、俺は、もしかしたら…それ程に頭はよくないらしいと、最近気がついた。
これは言い訳ではない。
事実の確認というか、認証に近いかも…。
俺の名は、クール・アッサム。
最近、自分の頭の良さに疑念を持ち始めた冒険者だ。
前々から、薄々は気がついてはいたのだ。
「なあ、俺って頭悪いのかなぁ?」
薬草を選り分けながら、山野にて同じ作業をしているレイに聞いてみた。
…
気配で、こちらを振り向き見られていることが分かった。
何か言ってくれるかと思ったが、結局レイは無言で元の作業に戻った。
レイ・キームンという男は無駄口を叩かない。
しかし、(やれやれ、今更何を言ってるんだか…。)と呆れている感じが伝わってきた。
もっともレイに言わせると、頭の作りは皆さほど変わらないらしい。
違うのは、脳を使うか使わないだけ。
脳を含めて肉体は、使えば活性化するし、使わなければ衰える。
だから、伸ばしたい部分を、選択して実行せよと、前にレイが言っていたことを、今、思い出した。
ああ…その後、何て言ってたっけ?
…
そう、確か、…体験すればするほど、経験知が得られて、ある程度貯まるとレベルアップするという。
まるでゲームのようだと、聞いた時、思ったっけ。
ああ、そうか…大事な事は既に言われてたんだなぁ。
俺が心に留めてないだけの話しだ。
馬耳東風、猫に小判、宝の持ち腐れ…などなどの言葉が脳裏をよぎる。
あああ…レイが呆れるのも分かる気がした。
この、耳で聞いたとしても脳に引っ掛からない状態が、頭が悪い最大の欠点かもしれない。
そして、たしか少尉殿も、レイと似たようなことを言っていた事を思い出した。
ああ…
少尉殿を想い起こすだけで、胸が、甘く切なくて苦おしくもジンとした幸せな気持ちになる。
何だろうか…この気持ちは?
頭が良くなれば、この気持ちにも解答が出るのか?
俺の手が止まってしまったことにレイが気が付いて、こちらを見てる気配がした。
へいへい、分かりましたよ、手を動かせばいいんだろ。
溜め息を吐きつつ、少尉殿を想うことすら邪魔されて、気分を害した。
モヤモヤとした心持ちになる。
まあ、それはそれとして、薬草の選別作業を続ける。
今日、俺は、相方のレイ・キームンと共に薬草採取の依頼を受けて、山野に分け入り、早朝から目当ての薬草を探している。
俺たちは、冒険者ギルドのレッドだ。
普通、レッドまで階級が上がると薬草採取などの安い依頼などは受けない。
まず依頼内容、料金が釣り合わないし、新人が受ける依頼を横取りしてると受付も良い顔はしない。
だが、今回は修行の一環としてギルドには黙認してもらった。
ハクバ山探索では、少尉達の指導のもと戦闘力が急激に上がった感があるが、山から降りた後がからっきしだと感じた俺たちは、試行錯誤の末、アールグレイ少尉殿の真似をする事を思いついた。
受付のダージリン嬢に相談して、少尉殿が普段どんな依頼を受けているか教えてもらった。
驚くべきごとに、少尉殿が普段受けている依頼内容は、採取、清掃、探索など…荒事が殆どないことが判明した。
ダージリン嬢によれば、たまに護衛依頼を嫌々ながら受けているらしい。
意外だ…あれほどの強さならば、戦闘や討伐などの危険度の高い依頼を受けているものと、俺たちは思い込んでいた。
ならば…この戦闘力とは一見して関係ない雑用の依頼を受ければ、少尉殿の強さの一端に触れられるかもしれない…そう考えていた時期もありました。
だが…蝉が鳴く、夏の晴れた暑い日に朝から昼過ぎまで、薬草採取をやって、分かった。
…ないない、絶対にない。
こんなこと真似しても強くなるはずがない。
レイの奴は、小器用に仕分けして薬草採取が大分進んでいるが、俺の方はサッパリだ。見つかりやしねぇ。
腰が痛いし、だいたい薬草の判別がつかんし、地味な作業の繰り返しで、俺の性に全く合わない。
…ストレスが溜まりまくりだ。
報酬額だって甚だ釣り合わないし、こんな依頼を受ける奴の気がしれん…と思ったところで、今回の依頼を受けた趣旨を思い返した。
仕方なく我慢して腰を落として作業に戻る。
…
…
…
「なあ、レイ、こんなことして俺達強くなれるのかな…?」
少尉殿のことは大好きだが、この作業には些か疑念が湧いて来たところだ。
蝉の鳴き声がキリよく止んだ所で、感情の乗らないレイの声が聞こえてきた。
「…そうだな、無理矢理こじ付けるとしたら、細かな選定眼と我慢強さの向上だろうか。そもそもアールグレイ師匠の強さとは、オールラウンダーの基礎力が異常に高いのが特徴だ。一見して関係ない、戦いとは縁遠い所から端を発して、全てを複合し、それらを利用して勝ちに繋げるのが彼女の戦い方だ。地力を上げる意味があるならば有用だが、実に地味なやり方だな。人には得手不得手がある。今回受けた依頼はお前には不向きかもしれん。」
相変わらず口調は、素っ気ないし、こちらを見もしない。
だが、おお…レイがこんなにも喋ることに、まず驚いた。
そして俺は、俺より頭が良いレイの、この言葉を信用した。
こいつは、嘘は、言わない。
「じゃあよー、俺に相応しい修行とは何だと思うんだよー?」
暫しの間があり、レイは答えてくれた。
「…短所を補うより、長所を伸ばせば?馬鹿みたいに何も考えず突き進むのがオマエらしいかな…?」
コイツがこんなにもお喋りに付き合ってくれるのは珍しい。こいつも地味な作業には飽き飽きしてるのかもしれないな…だが、馬鹿とはなんだ?馬鹿とは!
俺だって少しは考えてるさぁ。
しかし、それ以外は一理ある。
…
…
「ああ、止めだ、止め!」
俺は、立ち上がり膝に着いた土を払うと、レイに別れを告げた。
「後は任せたぜ、俺は、俺より強い奴に会いに行く!」
そうと決まれば、俺は都市部に走って向かった。
・ー・ー・ー
アールグレイ少尉殿は、教えを受けたからには師匠には当たるのだろう。
…だが、違うのだ。
厳しくないし、全然厳しくないし、逆に…とても優しい。
まるで、マシュマロのように柔らかくて甘い。
…甘々だ。
外見は厳しく装うも、内実のあの甘さでは、俺に気があるのではないかと勘違いしてしまうではないか。
実は少尉殿は、俺だけでなく、仲間や身内ならば誰にでも無上に優しいのが途中から分かった…チェッ。
…彼女は、小さくて柔らかくて可愛い。
歳下なのに、俺のダメな所を全てを受け入れて許してくれる優しくて包容力のある魅力的な歳上のお姉さんのようだと、実は密かに思っている。
あの柔らかそうな胸に顔を埋めて甘えてみたい。
まあ、今、そんなことしたらルフナの兄貴にぶん殴られるからやらないけど。
…だが、そんな夢ぐらいはみても良いだろう?
未来のことなど誰にも分からない。
たから、求婚やら、そんな羨ましいことは、俺が誰よりも強くなってからの話しにしようと思う。
つまりだな、教えを受けたからには礼儀として彼女を師匠呼びしてはいるが、…少尉殿は、そのような厳しい師匠のような対象ではないのだ。
そうだな…俺に取って、アールグレイ少尉殿は、修練して強くなった先にある、桃源郷の桃の精霊のような印象で、いつかは努力し成し遂げたご褒美として、その瑞々しい熟れた桃を食べたい。
…
もちろん、その時には誰にも見せず俺だけのものにして珠玉のように舐めるように磨いて大切にするのさ。
彼女との未来を思い描く。
…
そうだな…子供は二人は欲しいな。
俺に似た腕白な男の子に、彼女に似た可愛いらしい女の子…絶対に幸せにする。
家は、都市部の一角に庭付きの一戸建てを彼女のために建てよう…家の壁は彼女の心のように純白に塗ろう。
庭の隅に畑を作り、大きい犬を買ってみたい。
…
…
「おい!クール!」
…
をした彼女は、子供二人産んでも、出逢った時と同じ愛らしいままだ…。
俺に食事を作ってくれる。
…
「クール!テメェ、俺様を無視するとはいい度胸じゃねーか!」
…
そして、夜の彼女は、昼間の清楚な印象のままに、艶やかな魅力をも醸しだして、それでいて恥ずかしそうに初々しいのだ…ああ、もう我慢出来ない。
…
「野郎、もう、我慢ならねぇ!泰山鳴動地獄突きー!オリャー!!」
俺は、暗黒な波動を感知して咄嗟に避けるも、師匠の放った技の余波で道場の端の壁まで吹っ飛んだ。
当たった壁がへし折られて、衝撃を吸収してくれる。
頭を振って、完全に眼が覚めた。
ここは、[火手]の道場だ。
そして、俺に技を放った傷だらけの大熊の獣人のようなお人が俺が選んだ師匠、ギャーテイ導師である。
攻撃特化の[火手]一門の中でも、更に超攻撃で知られた一派の筆頭だと自分で喧伝していた。
そう…あれから考えに考えた末に、俺に今必要なのは、俺を高みに導く厳しい師匠だと思いついた。
それも、俺の長所を活かして伸ばしてくれるような…。
この人の教えは、感覚的な先鋭的な言葉で直ぐには理解できず、伝わらないと何故分からないかと怒り手や脚が出るのだ。
指導者として、如何なものかと思わないでもない。
しかも弱いのに賭け事が好きで、負けて道場を手放し道端にゴミのように転がっていたのを、駆け足で山野から都市部に戻ったあの日に拾った。
デカい図体が、通るに邪魔で、どかしていたら目を覚まし、土下座で飯を懇願され奢ってやったのが縁で、飯の代価として教えを受けたのだ。
この人間的には、最低最悪ながら、今の俺に必要なのは、俺にはないこの生き汚なさと、この人が持つ極端なまでの自分勝手な思考であると、俺には分かったのだ。
ギャーテイ師匠の指導のもと、俺は毎日朝から晩まで修行に明け暮れた。
理不尽な厳しい毎日に、救けを求めて夢想するようになったのが最近のこと。
師匠に言わせると、[魂抜け]と言う思考に余裕を持ちながらも、身体は自動的に戦う技らしい。
…いやはや…本当なのか?
だがこの日、俺は、あまりの理不尽な尋常ではない師匠の厳しい修行に、心に癒しと身体にカロリーを欲していた。
修行ばかりで、…食べていない。
師匠が俺から巻き上げた金で昼前から酒を飲み、酔い潰れた後、俺は道場からヨタヨタと外へと出た。
あああ…アールグレイ少尉に会いたい。
そして一緒に、高カロリーの…そう、ラーメンが食べたい。
…クンカクンカ。
…辺りの匂いを嗅ぐ。
ああ…あの柔らかい身体を抱き締めて、少尉殿の匂いを思い切り嗅ぎたい。
俺は、この日、とうとう辛抱堪らず、アールグレイ少尉殿の香しい匂いとラーメンを求めて、道場を脱走したのだ。
…少尉殿と会って、俺が彼女との未来のため、どんなに努力したか、話したい。
そして、一緒にラーメンを食べたい。
涙を流しながら、歩いていく俺を道行く人々が、一瞬だけ見て足早に立ち去っていく。
あああ…会いたい、食べたい。
エ系の美味いラーメンがカマーにあると、前にルフナの兄貴から聞いた覚えが、直感のように脳裏に差し込んだ。
そこで俺は、電車で、カマーの地に降りたち、辺りの匂いを嗅ぎながらヨタヨタと彷徨っていたら、…少尉殿の微かな芳しい香りを嗅いだ…気がした。
乾き切った身体に水が一滴染み渡る心持ちがした。
…こ…こっちだ!
ああ、今ならば、以前ショコラ准尉が言っていた、「アールグレイ愛が高みに昇ると少尉殿の位置が分かります。」との言葉の意味が分かった気がした。
俺は、その芳しい匂いを嗅ぎ分けながら、カマーの街を歩いて行った。