クラウディアの憂鬱(続編)
白狼の姫君様とラピスは、小一時間ほどして戻って来た。
全身全霊を込めて逃走したラピスは、精も魂も尽き果てた状態で逃げ帰って来ました。
シレーヌ姉様の背後に隠れて…それでも憎まれ口を叩いている途中で、姫君様の発動した術式に吹っ飛ばされていた。
…ラピスったら、全く何をやっているのかと呆れてしまう。
…
術式を編む姫君様は、白狼の巫女に相応しく白色の神気に染まり、白く輝いている。
両手を合わせ祈っている身姿は、神々しささえ感じる。
姫君様は、兎の逃走スタイルを目指す云々言ってましたけど、ラピスを追跡している姿は、完全に捕食者たる狼のソレでしたよ。
しかも、返ってきた直後、息切れしておらず、余裕の表情。
…もしかして狩りを楽しんでました?
私は、小柄で優美な姫君様が、獅子族と並ぶ強者である白狼族であると再認識しましたが、それでも…姫君様は、私達に甘くて優しいのは変わらない。
波動は嘘が付けないから分かるのです。
今でも心地良い波動に、私達と知り合えて嬉しい姫君様の初々しい心境が伝わって来ています。
しかし、周りの側近は、ラピスの無礼な態度を許さないに違いない。
下手すると、私の知らない内に消されてしまうかもしれない。
ラピスは強い。
でもそれは戦いの場において敵対すればの話しで、確かに下級貴族や中級貴族でも潰せる力量はある。
でもそれは精々、戦術レベルに限定しての強さ。
トビラ都市で、生活していくには戦略、政略レベルでの強さが必要なのです。
先程、口頭注意だけで済ませてくれた若い貴族の、底冷えするような言葉を思い出す。
…
あああ…ラピスの楽天的な突攻精神が羨ましい。
床に大の字に倒れ、気絶しているラピスを見る。
オマエ、突攻する相手くらい選べよナ!
腹立たしくて、ついつい思考が荒々しくなるのを、姫君様の波動の余韻が癒してくれる。
泣きたくなるくらいの優しさと清々しさが、私の至らぬ部分に染み込んで直してくれるようだ。
波動の余韻を気持ちよく感じながら、打開策を首を捻って考える。
ここは、生き残るには熟慮が必要。
私は、このチームの後衛、頭脳担当、前衛のラピスの分も考えなければならない。
…
ああ…姫君様は、絶対の味方だ。
そして、あの側近も姫君様の影響を顕著に受けている。
でなければ、私達は、あの場で処分されていた。
…
ぬぬ…些か、生汚いやり方ながら、その優しさにつけ込むしかない。
しかし、それには、実な代価と見える誠意が必要だと愚考するものなり。
私はシレーヌ姉様と図り、起き抜けのラピスを脅迫して言いくるめて、その場で白狼の姫君様に永遠の忠誠を誓った。
元々、白狼の姫君の獣人族の中での位置付けは、格だけならば、ぶっちぎりのトップで、獅子族でさえ一歩退くほどです。
崇敬の対象なのだから、忠誠を誓っても、根本何も変わらない…損はしないのだ。
それどころか、側近の一角に収まるならば名誉と格も上がる…良いことづくめです。
関係各局に、挨拶回りして、それを周知させていく。
…仲間なのだから、少なくとも処分はされないはず。
側近の貴族のトップと思われるショコラ・マリアージュ・エペ侯爵令嬢に会いに行って、その旨を連絡した際は、…彼女は、しばらく黙っていたので、お腹の底で絶望感が重くのしかかった。
…私の計略とも言えないような思惑はシンプルなだけに万全のはず…既に白狼族代行たるウルフェン兄様や、獅子王族のシンバ様にも認証を頂いているし、白狼の姫君様からも、えー!みたいなお顔をされたけど、認めてもらえた。
しかし、…貴族は油断できない。
生馬の眼を抜くような政争の世界で生きてる連中です。
たとえ、どんな正当性を主張出来たとしても、無理難題を言ってくるかもしれません。
不安で頭もお腹もグルグルで、気持ち悪い。
グルグル感で、眼が回りそうです。
実際はそんなに時間は経ってないはずです。
ですが、私に取っては返事を待ってる間、無限に等しい時間が過ぎ去っていく感覚でした。
…
「…良いでしょう、歓迎します。クラウディア・ラ・アリス准尉。」
だから、ショコラ・マリアージュ・エペ准尉からニッコリ笑って承認されたとき、腰が抜ける程に安心した。
本当に…お手柔らかに願いたい。
日常、これでは私の身が持ちません。




