クラウディアの憂鬱(中編)
私達は3人連れ立って、寄宿舎に入りました。
中廊下を、仲良くお喋りしながら、割り当てられた部屋まで行く。
私も名誉ある任務に、些か高揚と緊張していたかも。
部屋を覗いたら、既に白狼の姫君は部屋の中央で佇んでいました。
…
お付きと思われる二匹の魔法生物も一緒です。
太った薄黄緑色のペンギンが二段ベッドの下段に寝転んで寛いでいる。
白いモモンガは興奮したように室内を飛び回っていた。
古文書の記された古代の伝説にも、白狼姫は魔法生物を引き連れていた。
うわぁ…本物だぁ。
改めて伝説に、今、相対しているのを感じて紅潮した。
…凄い、私、今、伝説の姫様と一緒の部屋にいたりしている!?
姫君が私と同じレッドの制服に身を包んでいるのが不思議な感じがする。
窓からの陽射しを浴びて、後ろ姿が輝いているように見えた。
天から、私達を救うために、私達の立ち位置まで降りて来られた?!
なんて…畏れおおい。
ハー…、大族長や古老と相対するよりも緊張する。
私達は、お喋りをピタリと止めた。
…
白狼の姫君が振り向く。
当然、姫様の顔面を近距離で直視することとなる。
ドッ、ドヒャー!!
瞬間、目前の硝子がパリンと割れたような音がした。
姫君様は…私が赤面して恥ずかしくなるほどに可愛いかった。
まず肩より少し伸びた少しウェイブ気味の黒髪が流れるように綺麗で、小顔に似合うのが目につく。
優しげな垂れ気味の眼が些か眠そうなのが、強さを知ってても庇護欲を誘ってしまう。
身体は一見して16、7歳に見えるけど、プロポーションは女性らしい曲線が流麗で羨ましくなるほど芸術的です。…でも胸の辺りが窮屈そう。
お顔は、見れば見るほどに精緻で、創造神様が別格で念入りに作られたかのように肌もきめ細かい。
慈愛と果断さの意志を表したような印象的な黒瞳に、朱い柔らかそうな唇は艶やかな色気も醸し出している。
全体的に凛々しいのに、清楚な色気もあります。
…こ、これは強烈です。
女の子同士で、姫君様は歳上なのに、可愛いと呼称するのが適当だと思うのだ…それ程に可愛い。
あまりの強烈な可愛いさに喉がひりついて声が出ない。
な、な、なんて可愛いのでしょう?!
…興奮と感動で鼻血が出そうです。
あまりの強烈な可愛さに声が出そうになり、思わず口元を手で覆ってしまう。
そこで、私はハタと気がついた。
こ、これは、姫君様は、今まで隠形の術式を展開しておられたのだ…あまりの魔法力の機微しさに、全然気づきませんでした。
な、なるほど…あえて、魔法力を多く使わないメリットに、新たな魔法の広がりをみました。
…それにしても超絶技巧な術式には違いない。
実に興味深いです。
もしかしたら、姫君様と私は、魔術談義して仲良くなれるかもしれない。
私と同性で年齢が近い高レベルな魔術師は稀なので、そう言う意味でも、かなりのレアな姫君様です。
な、仲良くなれたら、…私、超、嬉しいかも。
…ドキドキして赤面する。
「白狼様は、そちらのベッドでよろしいのですか?」
私が、白狼の姫君との、これからの逢瀬に思いを馳せていたら、シレーヌ姉様が、姫君様にお声を掛けてくれた。
…ナイスです!シレーヌ姉様。
流石、年の功…流石、私達の中で最年長です。頼りになります。
年齢関係のお言葉は、姉様は何故かしら嫌がるので、黙って心の中だけで賞賛する。
姫君様は、コクコク頷かれたわ。
心なしか喜んでいるように感じる。
「じゃあ、ワタシ、姫様の上がいい!」
…えぇ!!
ラピスが私の前で、ウェイブぎみの金髪を肩の上辺りでピョンピョン陽気に跳ねさせている。
「私、ラピス・アンジェリカと言います。宜しくね、白狼の姫様。」
ラピスは、呼称こそ姫様呼びしてるけど、左手を腰に、右手の人差し指を姫君様に突き付けて、明らかに挑戦状を叩きつけた態度…私の身体に戦慄が走る。
夏なのに氷点下のように心が凍りつきそう。
あわわわ…!
ラピスったら、あなた兎の獣人なのに、何故そんなに、いつもいつも好戦的なの?!
唇が震え、泣きたくなってくる。
今回は、いくら何でもダウトです…喧嘩を売る相手を考えなさい!
私の頬に冷や汗が滴った。
…
白狼姫は、ただ敬うだけの嫋やかな姫ではない。
格闘、武器、魔法、どの分野でも私達を凌ぐ実力者であり、地上に顕現された私達獣人の守護神様であらせられる。
格から言えば、最高位の存在に対し、ラピスの態度は不敬を通り越して不遜ですらある。
白狼姫は、不窮の広き心で私達を慈しみ愛してくれているが、…決して怒らないわけではない。
一般に自然精霊・獣、動物系の神は、敬う信者には割と広い心を持つが、敵対する相手、或いは礼儀知らずには、即断即決で容赦なく処分する荒ぶる神が多い。
白狼姫がどの様な立ち位置にいるのか不明だが、伝説において白狼姫は、嘘や欺瞞、不義、無礼を嫌う傾向にあり、言葉より、態度や行動で判断して、戦うと決めたら躊躇なく相手を殲滅している。
今代の白狼姫様が、どのような性格なのか、…まだ分からない。
しかし、ウルフェン兄様に戦いを挑み、投げ飛ばすくらいだから、推して知るべしです。
ラピスの丁寧な言葉と不遜な態度に、姫君様の目が一瞬見開いた。
次いで、逡巡したお顔になる。
…困惑しているように見える。
よし、今だ!今ならば、ラピスが土下座して謝れば、許してもらえる。
「…貴女よりも、私…キャ!あ、あああ…。」
私の心配と思惑を蔑ろにする様に、ラピスが不遜な物言いを続けようとしたので、私が神になり代わり雷撃で天罰を与えました。
ちょっとムカついたのも理由に含みますが、目前でラピスが真っ二つにされたり、火柱に晒されて一瞬で燃え尽きて灰となりて、風の前の塵となるよりも、遥かにマシです。
ラピスよ、あなたの生命を救った親友に感謝なさい。
そんなラピスが、私が放った雷撃に悲鳴を上げて、そのままのポーズで前のめりに倒れた。
雷撃の作用で、ラピスと、それを放った私の右手から雷光がパチパチ放電されて光っている。
…大丈夫…ラピスは痺れているだけで、派手な見た目ほどにダメージは受けてはいない。
ピクピク動いている….良かった…大丈夫です。
倒れこんだラピスは右手の人差し指を突き出したままの状態で固まっている。
…プッ、ちょっと間抜けです。
「ラピス、白狼の姫君に無礼であるぞ。控えおろう。大戦士殿から代理を頼まれた我の顔を潰す気か?!この痴れ者が!」
内心とは裏腹にラピスに向かい、顔つきを引き締めて殊更に厳しく嗜める。
ああ…どうか、姫君様、これくらいでラピスを赦してあげて下さい…お願いします。
「姫君よ、我は柴犬の獣人、魔導師を拝命しているクラウディア・ラ・アリスと申す。我に免じてこの痴れ者を、どうか赦して欲しい。彼女は、幼くてあまりにも浅慮ですが、悪気はないのです。」
そう言って、私は頭を下げた。
…私は、姫君様がラピスを赦してくれるまで頭を上げない所存でした。
ラピスは、阿呆でお馬鹿で、本当に馬鹿なんだけど、本当は優しく思いやりのある良い子なんです。
ラピスとの出会いから、今までの出来事が走馬灯のように脳裏を駆け巡る。
どれもかれも輝く私の宝物のような記憶です。
ラピスが許されなかったら、私も罰を受けよう。
だから、だから、ああ、白狼の姫神様、私の親友を赦してあげて下さい。
…救けてあげてください。
私は、人生において、これほどに真摯に祈ったことはない。
…お願い。
「…赦します。」
姫君様の鈴を転がすような透明な音色の御言葉が、私の耳朶を打った。
その綺麗な音色に、呆れた可笑しみが含まれていると感じたのは私の気のせいでしょうか?
…赦された?!
赦されたことに身体中の力が抜けてホッとすると同時に、…またも私の脳裏には眠そうな猫が、のんびりと欠伸をしたイメージを彷彿とさせました。
どうやら、今代の白狼の姫君様は、荒々しい果断さよりも、お優しい慈愛の心が勝っているようです…それと、もしかしたら、少々ユニークな御心をお持ちなのかもしれないと、不敬ながらも親しみを持ててしまいました。