ウルフェンは語る
俺の名前は、ウルフェン。
獣人族一の大戦士…であると思っていた。
ガタガタ揺れる今の車内は、俺の心境と一緒だ。
今、俺は迎えに来た2台目のバスの中にいる。
…負けた。
俺は、あんな小さい弱々しい小娘に、持ち上げられ投げられたのだ。
…
…
未だに、何故投げられたことすら理解できず。
信じることすら出来ない。
だって、…どう考えてもおかしいだろう?!
俺の半分すら満たない細くて小柄な身体付きで、この俺を腕の力だけで持ち上げやがった。
真っ先に魔法ではないかと疑った…が、しかし、魔力反応を毛筋ほども、まったく感じなかった…あり得ない話だ。
だとしたら、俺は、あの小娘に純粋な力だけで、完膚なきまでに負けたのだ。
その事実が、俺を打ちのめした。
俺は、力があれば、何でも出来ると思っていた。
力さえあれば、偉いと俺は思い込んでいた。
王族の末姫たるシンバですら、俺の力には一目置き、何も言えずにいると思っていた。
もしかして、今まで俺は勘違いしていたのか?
しかし、この実力至上主義の社会で、強さこそが単純明快な社会的地位を表すバロメーターだ。
俺が小さき弱き時に、人から殴られ蹴られるなど散々虐げられてきたから事実である。
弱さとは罪だ。
弱いから虐げられる。
強ければ、殴られることも蹴られることもない。
寒さに震えることも、空腹で泣きたくなることもない。
人族から舐められている獣人の底辺にいる俺にとって、身体を鍛えて強くなるほどに、上にいる奴らを追い落として、俺がされたように踏みつけ、痛めつけるほどに俺は幸せになるのだ。
それは、当然の理である。
何故なら、俺は、そうされてきた。
だから、獣人の中でも魔法使いの道を選んだ惰弱な奴らを許せなかった。
奴らは、俺が速攻で近づき捕まえてしまえば、後は何もできない弱っちい奴らだ。
それなのに、俺と同じにレッド昇格試験に合格し、しかも俺よりも序列が上というではないか。
あんな成人もしてないような小僧が?
ケジメは取らなくてはならない…どちらが上か、ハッキリさせるのだ。
俺の方が、奴より遥かに強い。
魔法使いなんか俺の相手にはならない。
速さ、力で競えば俺の方が絶対に勝つ。
だからこそ俺は大戦士に選ばれた。
俺が獣人族の中で一番の力の持ち主だからだ。
強い者が勝ち栄え偉くなり、弱き者達は無価値。
俺にとって世界は単純で明快なもの。
すなわち俺こそが強者で、偉いのだ。
俺が、投げられたあと、仲間達は以前と変わらぬ態度で、接してくれた。
つまり、仲間にとって俺の力などは、有っても無くとも眼中にはなかった…と気がついた。
駆け寄って回復術を掛けてくれた山羊獣人のムスリムに、問うた。
俺に力があるから、強いから俺の仲間になったのではないかと。
いつも静かな物言いをする神官のムスリムは、眼鏡の位置を直すと怒ったように言いかえしてきた。
「私を見くびらないでいただきたい。私はそんなことで仲間や友を選んだりはしない。」
戦いの最中、小娘に言われた言葉が胸を穿つ。
(力なき者の気持ちを知れ…己れもまた力なき者である。)
己れとは、俺のことか、…それとも小娘自身のことなのか?
…小さい。
…俺のなんと卑小なことか。
それに比べて小娘の怒りの元先は、なんとも広く清々しく美しいことか。
あの時、正直な感想が口に出ていた。
「…美しい。」
まるで広大な大空に放り出され強烈な神威の風に吹かれたかのようだ。
いや…この後、実際に大空に投げ出されたし。
フフッ…。
笑いの衝動に駆られる。
バスの車中で大声でゲラゲラ笑う。
周りに座る奴らがギョっとして俺の方に恐れた顔を向けるが、この際、関係無い。
ああ、負けだ、負けだ、俺の負けだ。
…負けちまったぜ。
ちぇ、大したやつだ。
それにしても、負けたのに全然悔しくない。
それどころか長年溜まった心の中の澱が、全部吹き飛ばされかのようにスッキリして気分が良いことに気がついた。
それにしても、あの小娘只者じゃないことは確かだ。
なんせ、この俺様をあの細腕で投げ飛ばすんだからよ。
…もはや畏敬すら覚えるくらいだ。
それにしても、たかが一つ上かと侮っていたが、少尉の階級とは、これ程までに実力に違いがあるものなのか…?
バスが学校に着いてから、王族でいつも自分から動くことないシンバが甲斐甲斐しく彼女の世話をしているのを不思議に思い、一人離れた隙をねらい聞いてみた。
するとシンバの反応は、…唖然として口を半開きにして俺をしばらく凝視して来た。
おいおい、なんだ、なんだ、今更俺の格好良さに気がついたわけでもあるまいに。
俺に見惚れてどうする?
「ウルフェン…おまえ、阿呆なのか?…鈍いにも程があるぞ!…お前の鼻は飾りなのか?外見に惑わされおって!まあ確かに、あの方の見目麗しさは、目の保養になるがの。」
そしてやれやれと溜め息を吐きつつ、理由を囁くように教えてくれた。
「アールグレイ少尉殿の、…あの方の中身は、白狼族ぞ。しかもかなり高位の….王族に近いレアで高貴な神聖さを感じたぞ。少尉殿の正体は、おそらくは白狼姫よ。…護るべき対象がお前の代に遂に現れ、さぞ嬉しかろう、犬族の大戦士よ。」
この時の俺の気持ちが、分かるか?
獣人族の間でも、格ではトップに君臨するが個体数自体が少なく伝説と化している白狼神族…あの少尉殿がその姫君?!
獅子王族が獣人達の皇帝ならば、白狼神族は教皇にあたる程の権威ある一族。
犬族の大戦士たる地位は、元々白狼の姫君達を護るために生まれたという。
…対戦した際、言われた少尉殿の言葉が頭の中でリフレインした。
(それほどの誇りと意地があるならば…何故に弱者を護らずして、逆に鉾先を向けるか?…恥をしれ!)
ohー!Noー!
油汗がダラダラと落ちてきた。
「だいたい、お主、間近で[白狼の咆哮]を受けているだろうに。アレこそ白狼の王族の証よな。…おまえ以外は、だいたいアレで気づいておったぞ。人と交わり血は薄まっておるが高貴さ漂う白狼姫の覇気は、誤魔化すことは出来ぬわ。」
だ、…大丈夫だ。
子供時代に聞いた、伝説によれば白狼姫は無窮の心の広さと無上の優しさを併せ持つという。
「オマエ、早く謝ったほうが良いと思うぞ。白狼様は、子供を虐める子は嫌いとおっしゃってたぞ。」
急いでいって、何度も頭を下げて土下座して、言葉の限り謝罪の言葉を言い尽くして謝って、ようやく渋々ながら、二度としないと誓約を立てて、どうにか赦してもらえた。
一生のうちで、こんなに真摯に謝ったことはない。