車中にて…
僕の日常は、取り立てて殊もなく、過ぎ去っていく。
だから、普段は心に波風が立つこともない。
あれから、事なくしてバスは来た。
荷物をバスの横腹に詰め込みて、バスに乗ったりする。
誰も乗り込もうとしなかったので、ムクっと起きたシンバに先導されて、バスの奥に乗り込む。
僕の周りは、シンバにショコラちゃん達で女性陣でかたまっている。
…女の子って直ぐにかたまるよね。
ん?…これは前世の記憶の偏見かもしれない。
或いは弊害かも?
前世の記憶は、恩恵をもたらすと同時に、偶に男性特有の偏った先入観をももたらします。
むむ…もしかしたら僕自身も女の子特有の偏見があるのかもしれないけど。
前世は僕自身であるから主観的な記憶でありながら、別人格なので客観視も出来てしまう奇妙な状態…僕をメインに据えながら、僕らは混じりあい溶け合っていると感じる。
喩えるならば、珈琲にミルクを入れた直後の状態ではなかろうか?
…いずれは一様になるであろうな。
自分事なのに他人事のように感じながら、その前の席を見ると、ルフナ達男性陣が座りこんでいた。
…
…懐かしくはない。
ハクバ山以後も、彼らとは何故か入れ替わり立ち替わり出会っているから。
女性ばかり密集してると、甘い香りがするらしいけど…うん、確かに前世の記憶を紐解くとそんな記憶がある。
しかし、今の僕には、それは感じられない。
…抱き締められたら、また別だと思うけども。
逆に、今では夏場に男性ばかりで周りをかためられると、男臭いと感じて辟易するから、今世の僕では、今の状態が自然でベストなのか?
前から、呟き声が微かに聞こえて来る。
「地獄じゃ。周りがゴツい男ばかりで、癒しがねえー、泣けてくるー。」
ああ…あの声は、フォーチュン准尉ですね。
彼の物言いには…内容はさておき、自由の風を感じることが出来る。
思考とは、本来自由であると思う。
それを概念でガッチガチに縛りつけるのも、いかがなものか?
偏見、先入観、慣習などで、鎧のように心を知らず知らずのうちに自ら重くしている。
確かに、それらは道であり、ショートカットであり便利であり有益な面もある。
同時に心を蝕む恐るべき害悪でもある。
…人の心を石化してしまう。
その先は、心の振り幅がなくなり、感動もしなくなり身動きができなくなって、やがて、心は死ぬ。
最近、感動したことありますか?
僕は、今、毎日が新しく、常に感動している。
日々ワクワクして面白い。
今日は楽しかったと満足して床に着き、明日が楽しみである…たとえ今日で世界が終わったとしても。
思考こそ、捉えどころのない自由なものはない。
剣で斬ることも、網で捕まえることは出来ない。
偏見、先入観、慣習、概念などは、マボロシであり、そんなものは現実に存在しない。
二つの違いがある世界を経験した僕だから分かる。
それらは人が創り出した、嘘です。
だから、心が狭くて苦しくなった時は、嘘で固めた武装を一旦全部解除してしまおう。
社会生活で、鎧が必要ならば、服を着こなすように、新たな自分に合う武装を身につければ良いだけの話し。
それは全部心の中の話しだから、誰にも迷惑は掛けない。
たとえ現象面で影響を与えたとしても、大海の中の一滴が起こした波などは瞬時にすぐ消えてしまう。
何ほどのこともない。
何の影響もない。
とかく人は周りを気にし過ぎすぎる。
ハッキリ言って、人生に大したことなどは、そうそうなく、振り返れば…何ほどのことはない。
気にしてるのは、本人だけだから、本人が気にしなければ、いくらでも世界は変わる。
それでも如何ともし難ければ、心の窓を閉じて鎖国してしまえばいい。
…台風が過ぎ去るまで待つのだ。
静かになれは、また開けて、外に出るとよい。
んん?何の話しだったかな?
何しろ思考は、自由だからね。
鳥の翼のように、一陣の風のように自由なのです。
だから、フォーチュン准尉の言動は、咎めない。
たとえ、周りの女子が眉を顰めようとも。
君の思いは自由だよ。
しかし、そのデリカシーの無い言動では、たとえ君の顔がイケメンで仕事が出来て頭が良く、武道の実力が高くても、女子にはモテないだろう。
それもまたフォーチュン准尉が日頃の言動によって選んだ道です。
むむ…もしかしたら、アレは女子から自分を守るためのバリアなのかもしれない。
やるな…フォーチュン准尉。
見直しました…あれなら言葉一つで異性から身を守ることが出来るかも。
…
…
ふむ…検討したけど、人見知りでズボラな怠け者気質の僕には、フォーチュン君の自虐的自己防衛術は合わないと結論が出た。
右隣りの席からシンバが頭をグリグリと擦り付けて来て、しまいには僕の膝にコテンと頭を乗せて寝てしまった。
クゥクゥ気持ち良さそうに寝ている姿を見ると、起こすことは出来ない。
これが男ならば、窓から外に投げだしてるところだが、シンバにはお付きの人数を減らしてもらった恩もある…無下にもできない。
それにしても、この傍若無人で自由な猫のようなシンバの振る舞いは、他人は好まない人もいるかもしれない。
しかし、僕には自由な風に吹かれているようで、こそばゆいながも気持ちよく感じる。
左隣りのショコラちゃんから「な、なんて羨まし…いえ、ずうずういこと…私も…それは淑女として…。」などと独り言の呟きが聞こえて来た。
合宿中に、エトワールが、私も参加するから楽しみと言っていたけど、今のところ姿を見ていないから、講師側での参加かもしれない。
本業は、人事部所属だし…。
バスに揺られながら、取り留めのないことを考えていたら、いつしか僕も寝てしまっていた。




