白狼の咆哮
犬の獣人ウルフェンが絡んで来たので、両手を掴み合い、がっぷり四つに組んだ。
…
きっと彼は、こう思っている。
ちっぽけな人族の小娘など、捕まえてしまえば、力で如何様にでもなる。
小賢しく逃げるしか能のない小さき者などは、力で蹂躙されるべきものである。
力の前には全てがひれ伏すだろう。
…彼の考えは、正しいのか?
力なき子供達は、暴力に対して怯えて逃げなければならないのか?
力がなければ、抵抗もできずに蹂躙されなければならないのか?
力強きものに、弱きものは常に膝を屈しなければならないのか?
力が全てか?正しいのか?力で押し通せば、それで良いのか?
ウルフェンは拳を握り締めて、上から覆い潰すように無理矢理押して来る。
僕の力では、とても彼には敵わないだろう。
…抵抗すら出来ない幼い子供らの事を思った。
声にならない咆哮が喉から出た。
人間には聞こえないと、これを教えてくれた親友が言っていた。
この技の名前は、[白狼の咆哮]という。
獣人族の神の代行者たる白狼族の王族にだけ伝わる、気道を120%活性化させて、気力を爆発的に迸らせる秘技中の秘技だという。
その威力は、現実の肉体の筋肉をいくら鍛えようともまるで相手にならないほどで、次元がちがう力をその身に宿す。
白狼族のか弱き嫋やかな線の細い姫君が、屈強な漢どもを軽々と投げ飛ばし、鋼鉄の扉を粉砕し、体に槍を通さず、刃を折りて、兜を握り潰す力を発揮して、畏れられてるのは、この技の威力です。
ウルフェンよ、いつもいつも暴力が通用すると思うな。
暴力などは人の能力の、ほんの一部に過ぎない。
身体中が発熱して、白い輝きに満ちる。
喉から出流る咆哮の波が、僕を中心に波紋の如く広がり、レッドの中にいた数多い全ての獣人が背筋を伸ばしてぶっ倒れるか、勘の良いものは耳を塞いで、その場でその身を伏せた。
間近にいたウルフェンは、耳を器用にも閉じていた。
しかし得意気だった顔色が青白く変わり、今にも気絶しそうなほどの苦悶の表情を浮かべている。
だが、力は減じていない。
うん…流石は、誇りある獣人族の大戦士である。
僕は、一旦口を閉じた。
咆哮から出流る波紋が、同様に一旦止む。
辺りを静寂が包む。
ホッとした顔のウルフェンを、僕は半眼で睨んだ。
「それほどの誇りと意地があるならば…何故に弱者を護らずして、逆に鉾先を向けるか?…恥をしれ!」
僕は、息を深く吸い込んだ。
脂汗をダラダラと流しているウルフェンの顔が悲哀に歪む。
「や、やめ、止めてくれ!俺がわ……。」
聞く耳は持たない。
めいいっぱい吸い込んだ息を、一気に咆哮にして放つ。
同時に足から身体を通して腕、両手に気力を漲らせて、ウルフェンの両手を掴んだまま押し返してピンと伸ばした。
手を伸ばしたら力は入らない?
いや、それは固定観念です。
僕は、更に其処から内側に捻りながら力を遠くへ伸ばしていく。
脚は大地に根を張るが如く、伸ばした両腕を内側に捻りながら、上方に持ち上げていく。
もちろんウルフェンは抵抗するが無駄な足掻きです。
第一大地から足が離れては、力など入らないだろう。
僕は、咆哮を上げながら、ウルフェンを空中へジリジリと持ち上げていった。
「ば、馬鹿な、そんな馬鹿な!信じられない…何故だ?不可能だ?!こんな馬鹿な話しが…おおおー、神よ!」
もはや大きな荷物と化したウルフェンがいろいろうるさい。
…
僕は、ジワリジワリと、これ見よがしに、両腕を伸ばしながら大荷物を上げていき、とうとう頭上に掲げた。
「力なき者の気持ちを知れ…己れもまた力なき者である。」
僕が頭上を見上げ、そう呟く。
ハッとした顔をしたウルフェンが何事か呟いた。
僕は、円を描くように、頭上に掲げたウルフェンを回していき投げ飛ばした。
「峰打ちじゃ。」
何が峰打ちなのかよく分からないけど気分で言ってみました。
件の獣人は、放物線を描きながら大地に衝突した。
空から落ちたとも言う。
ひれ伏していた獣人の同期達が、駆けつけて回復魔法の類いをウルフェンに掛けていた。
どうやら彼は怪我なく意識があるも茫然自失状態らしい。
…つくづく獣人とは丈夫なものです。
転じて足元を見る。
よし、僕の足は大地に描いた円から出ていない。
…約束は守った。
しかし、これは勝ったのか負けたのか?
少なくとも負けてはいないと思う。
しかし、勝った定義を設定していなかったので、果たして勝ったと言えるのか?
そう言えば、勝っても負けても僕に不利益になる事を思い出した。
…
「この勝負は引き分けである…よって条件は勝負前に戻す。これは決定事項で異議申し立ては許さない。」
僕が自分に都合良く裁定した結果を、そそくさと宣言すると、獣人達が全員その場に平伏した。
中には平伏しながら両手を合わせて拝んでる者までいる。
いやいや、大袈裟ですよ。
分かれば良いのですから。
「皆んな、仲良くね。」
そう言うと、またも、ハハーッと一斉に獣人達が額を大地に付けて頭を垂れた。
んん?君たち、僕が1階級上の少尉だからって、そんなに畏まらなくても良いのだよ。
ウルフェン君も、皆を見習いたまえ。
…クゥ。
この時、僕のお腹が鳴った。
ああ…なんだか無性にお腹が空きました。
赤面しながら思い出す。
この技を教えくれた親友が、この技の欠点は使った後、無性にお腹が空くのですと恥ずかしそうに言っていたのを。
鳴るほど…身をもって体感しました。
この後、獣人達が、迎えのバスが来るまで、食べ物を持ち寄ってきて無茶苦茶歓待接待された。
獣人達の凄い友好的な対応に戸惑いながらも、食べ物はペンペン様と美味しくいただきました。
背に腹は代えられないのだ。
だって、お腹が空いて仕方なかったのだ。
それにしても獣人達の僕に対する対応は、まるで僕が偉い人だと勘違いしちゃうかもしれないほどなので、普通に対応して下さいと言うと、ますます何故か感服されて、更に友好度は上がった…解せぬ。




