白銀拍車(続編)
僕は、無言で頷いた。
…
無表情を努めて崩さずに通す。
今世、僕は我儘を押し通すと決めているので、その僕の身勝手に皆んなを巻き込みたくない…良い子だと知っているならば尚更です。
だが、主従となれば一連托生、絶対迷惑を掛けてしまう。
…
これから仲間となるに芳しくない気持ちが表情に出れば…それはそれで、キャン殿下やルーシー君に哀しい思いをさせてしまう。
それはそれで僕の本意ではないのだ。
キャン殿下は、僕が頷くのを認めると、今度はルーシー君の方に向き直る。
「しかし、そうですね…これだけでは亡きロンフェルト卿に対して償いはできてません。ルーシー・ロンフェルトよ、私キャンブリック・アッサムは、アカハネ辺境伯爵名代として、貴方に騎士位を授けましょう。これはアッサム伯爵家からの償いであり、今までのロンフェルト卿の功に対する褒賞であります。受け取っていただけますか?」
キャン殿下とルーシー君の視線がかち合う。
「…キャンブリック殿下、お心遣いありがとうございます。…謹んで騎士の位をお受けします。貴女に仕えることはかないませんでしたが、この恩誼には報いたいと思います。」
二人の台詞を聞いているこの場にいる数千人の観衆の中で、このやり取りの意味を分かる人がどれほどいただろうか?
僕は、深淵を穿つような感触で、このやり取りの意味が分かった。
通算して約一世紀の年齢は伊達ではない。
…
なるほど…キャン殿下は純粋で聡明なだけではなく、逞しくしたたかであることが、これで証明されたのだ。
…まさに人の上に立つに相応しい。
僕には、常時、全ての情報を網羅して最善の一手を打たなければならぬ緊張感には、とても耐えられそうにないので無理です。
….ここで、僕は今は亡き前世の世界に思いを馳せた。
…
もし、その資格も覚悟すらないものが、誤ってその地位についたならば、本人は勘違いして自分は偉い者と思い込み、汚臭を発するが如く、汚泥や汚水を滴らせるが如く周りに多大なる悪影響を及ぼしてしまう。
その地位が雲の上だとしたら、大地の上に住んでいる僕達庶民には被害甚大どころではない人災が降りかかろうもので、酸性雨どころの騒ぎではない。
僕を含め庶民とは、甘く易きに流れるもの…。
だから、駄目なものは駄目と断じ、間違いは正さなくてはいけないし、庶民がどんな正しい理屈を並べても、安易に首肯しない厳しい為政者が相応しい。
甘く優しい庶民に迎合するだけの為政者は必要ないし、要らない。
為政者と庶民では、立場も覚悟も、全く違うものだから。
現実、平等ではないのに…割腹する覚悟も常時重責に耐えうる精神もないのに無理矢理平等にしようとするが間違いであった。
平等とは、嫉妬と羨望に塗れた浅ましき思想に転じやすい….庶民に根拠なき安心感と主張を与え、庶民には勝ち取る力無しとした庶民を馬鹿にした思想であると思う。
遥か昔、庶民が、駄目なものを良しとするは、本来、直訴しか方法がなく、厳しい処断に対する覚悟が必要で、直訴を受ける側にも、直訴した者に厳しい処断を下す覚悟と心の強さが必要であった。
良いか悪いかは、さほど重要ではなかった。
善悪の区別も、それほど有用ではない。
指針の方向は多少ズレても構わなかった。
平等とは、与えられるものではない。
まして尊厳と等価で交換してよいものではない。
与えられたものは、平等と称しているが全くの別な概念であった。
それが、二つの世界を経験して分かった。
概念のすり替えが行われている。
題目と影響が180度逆な概念…遥かに俯瞰しないと分からない。…なんて怖しい。
だが…人類をみくびるな。
今世では、平等は危険Wordに指定されている。
超古代、強欲、嫉妬、弱さを傘にきて主張するに、あまりにも平等は使い勝手がよく使用されたため、その身勝手な使い方が周知され、滅びの呪文の一つに数えられてしまった。 それ故現代では、危険Wordに指定されてしまったのだ。
今では、使用したとしても互いに危険を周知してるため、使い方を間違え、恣意的に発するのは余程の不教養な者として軽蔑な目で見られている。
人類は、概念の悪用により、一旦滅びかけはしたが、ただの馬鹿で終わることなく、反省して前へ進むことが出来たのだな…。
…
…僕は、心の中で静かに笑った。
…人は、倒れても立ち上がり、前へ歩くことができた。
それが嬉しかったからだ。
…
前世の世界から、思いを浮上させて目前の景色を観る。
其処には変わらぬ景色があった。
僕の思いの思考速度は、1、2秒だったらしい…。
アカハネ領は、トビラ都市の北方に位置し、寒波あり自然厳しく、防衛上の要地としてサイの国からの侵略にも対応しなければならぬ、住むに際して厳しい土地柄だが、時代の領主がキャン殿下ならば、きっと庶民が住むに、厳しくとも幸せと言える都市になるに違いない。
少しだけ、騎士について補足説明をしておく。
この世界での騎士の定義は、貴族階級上の騎士と役職上の騎士の2種類の意味がある。
通常この2種類は重なりあっているが、今回のように栄誉を賜える意味で、一代限りの貴族籍を与える階級だけの騎士の位を授けることがある。
騎士や準男爵の位を授けるのは、上位貴族ならば誰でも可能である。
但し、事後に都市王への届出と承認が必要であるが。
さて、ここで、殿下とルーシー君とのやり取りの意味を解説しよう。
今回の騎士位の授与の意味…アカハネ辺境伯爵家が貴族籍である騎士位を、次代のロンフェルト卿に授け、ルーシー君が賜るのを了承することで、冤罪を正した伯爵家の面目は立ち、そしてロンフェルト家は名誉を回復する。
これは、どちらに取っても利益になる。
平たく言うとアカハネ伯爵家が冤罪のお詫びしてロンフェルト家が詫びを受け入れて許しだけの話しだが…対外的には、伯爵家が不遇な部下の冤罪を見破り、よって御政道を正し、領主たる実力と資格を見せつけた。
ロンフェルト家は、汚名返上し名誉を回復させ、更に今までの働きが認められ、貴族籍たる騎士を拝命して、アカハネ辺境伯爵の後ろ盾を得ることが出来た。
眼を瞑り首を振って唸りたくなる程に、素晴らしい采配です…非常に。
誰も損をせずに、伯爵家の威厳は保たれ、ロンフェルト家は紆余曲折、波瀾万丈であったが念願の騎士となった。
しかも、誰を主君に選ぼうと自由つきの騎士です。
この話しの展開に、僕が巻き込まれていなければ、全面的に賛意ができるのだが、…今頃は観覧席で心安らかに応援することが出来ていたのに、ほんに、ままならないものです。
出先でありルーシー君はアカハネに戻らないことから、騎士の授与式は、この場にて簡略化して行うこととなった。
殿下が、ドラゴンの紋章のペンダントを、ルーシー君の首元にかける。
「ルーシー・ロンフェルトよ、本日、お主の父の汚名は払われた。伯爵家名代キャンブリック・アッサムの名の下に、此度の件は冤罪であり、ロンフェルト卿は清廉潔白であったことを宣言する。また今までの活躍を鑑み、その子であるルーシー・ロンフェルトに騎士の位を授ける。…このペンダントは、初代ロンフェルトがドラゴン退治した際、都市王から賜りし由緒あるものである。この度、心ある義士を経由して私の手に渡った。これはお主のものだ。暴風の騎士、ルーシー・ロンフェルト卿、受けとられよ。」
ルーシー君は、信じられない顔をして、鈍色に光るペンダントを右手に持って眺めている。
一陣の風が吹き抜けた。
(…約束は、果たされた。)
強風です。
何かが聞こえた気がしました。
続いて、キャン殿下から、騎士である証明の白銀の拍車が、ルーシー君に手渡された。
これは形骸化された儀式だけど…儀式とは時には有用であると思う。
僕は、この場面は、結構ワクワクしてしまい好きです。
ルーシー君が感極まったのか、拍車を頭上に掲げると、周りから、ウェーブ気味に歓声が起こった。
これは祝福と喜びと興奮の歓声である。
僕達が住むトビラ都市を護る、新たな騎士の誕生である。
…非常に喜ばしい。
僕も、これには心から拍手を贈る。
新たな騎士の誕生を祝うように、天空は何処までも透き通るような蒼天であった。