白銀拍車(中編)
騎士のオジサンこと、ゴルド・ホップ卿を糾弾するキャン殿下の声が、元サンシャの瓦礫の近く、ダージリン達を含め多数のサンシャの避難民がいる青空の下、響いた。
その光景を傍目から、ギャラリーで観ている僕。
うんうん…キャン殿下は、普段は大人しく可愛いのに、ここぞとばかりは、驚くばかりの行動力を発揮する。
そして、その発言は、綿密な思考と重い覚悟に裏打ちされているのだから、その迫力も真剣身マシマシです。
そして、見た目も花があり、可愛い。
およそ普通の子供とはちがう。
…きっと貴族の子息の中では、一等ですよ。
殿下は短期的な仕事の依頼主であり、わりと親しい知り合い程度の関係だけど…僕も鼻が高い。
客観的には一度だけ一週間会ったきりだし、単に知り合いだけど…僕は、もう友達に近い感情を持っている。
だから、もし、殿下も僕のこと友達だと思ってくれたら嬉しいな。
気分は、周りの目が無ければ、抱き締めて頬ずりしたい程愛おしい。
もし自分の娘だったら、周りに自慢しちゃうし。
御両親様もきっと目に入れても痛く無いほど可愛がってるに違いない。
様子は、緊迫した雰囲気ですが、当事者ではないので今回は安心して観れます。
気分はギャラリーでリラックスモードですから。
もちろん、応援はしてますよ…邪魔にならないよう心の中で。
対する騎士のオジサンの方は、何事も無いかの如く平然としている。
殿下に言われっ放しです。
否定も肯定もしない、落ち着いた雰囲気。
キャン殿下の言い分が本当ならば…いや、本当なんだろうけど、騎士のオジサンの面の皮は相当厚い。
たいていの人間ならば、悪いことをすればある種の反応があるのに…それが、このオジサンにはない。
悪人には違いないだろう。
…顔を見れば、分かる。
一見して普通のオジサンに見えるが、人間悪い事をすれば、それが顔や所作に表れるのだ。
その人の外見は経験から作られている。
僕の見立てでは、相当悪どいことを今まで平然とやって来たはず。
しかし、キャン殿下から糾弾されてる間、オジサンには全く心の揺らぎが無かったのだ。
悪人顔ながら、自分を糾弾するキャン殿下の事を懐かしむような味方の気配さえ忍ばせている。
これは、既に覚悟を決めている人の顔つきなのでしょうか?
キャン殿下の糾弾内容を抜粋すれば、横領、殺人教唆は確定…罪に問えない酷い事ならば数しれず…僕がその数々の事実から推測を推し進めるならば、オジサンの罪は、背任、叛逆、政府転覆まで続くかもしれない…
…
…いやいや、流石にそれは僕の考え過ぎの妄想に近いですな。
「…ゴルド卿、申し開きはあるか?」
キャン殿下の鋭い、けど憂いを含んだ可愛い声が、オジサンを問うた。
僕が考えこんでる間に、この即決裁判は終盤に差し掛かっていたらしい。
因みに今世では、3人以上の貴族が存在すれば、場所を問わずして裁判は可能である。
貴族の子息らが裁判権限を有するか否かの問題があるが、判例は半分積極的に解している。
少々説明しよう。
貴族とは、本来貴族の元に産まれたるを持って貴族と成す。
一代限りの騎士、準男爵とは違う上位格の一族を言う。
つまり、一口に貴族と言っても産まれながらの上位貴族と実力により勝ち取った下位の新興貴族に別れる。
つまり、上位貴族の子は貴族であるから裁判権限を有し、下位貴族は一代貴族なので、その子は貴族にあらず当然裁判権限を有しない…以上説明終わり。
こうして説明すると、人間を上位と下位に分けるなど、前世の平等主義者らから糾弾されそうな社会システムだが、そもそも人の歴史において平等な社会など一度でもあったろうか?一瞬夢想出来たことはあったかもしれない。
…直ぐに崩壊したけど。
僕だって、他人からアーダコーダと指図されたくないし、指図したくもない。
しかし、人間は集団で動く場合、必ず指揮する者が必要なのだ。
人の能力など、天才以外は、自分が思うほどには他と変わらない…周りを見てみなさい、だいたい皆んな似たような身長です。
変わらぬのに指図するとは噴飯ものだが、其処は誰が役割を担っても変わらぬのでおとなしく理に従う。
かように人の能力はほぼ変わらぬが、世の中が不平等なのは何故か?
僕は、要因は、一つでは無いと考えている。
世の中は、単純明快ではなく、不明瞭で不透明な様々な数多ある要因の綱引きによって、結果として現象化している気がする。
ああ…世の中とは、理不尽で不平等の方が自然であるのだなと思う。それに善悪の色分けは本来ない。
「…大きくなられましたな、キャンブリック殿下。」
騎士のオジサン…いや、殿下にならってゴルド卿と呼ばせてもらおう。
ゴルド卿は、感慨深けに鷹揚に頷くと全てを認めた。
弁明の一言もなく、殿下のおっしゃる通りでございますと回答して、懐中から書状を取り出して殿下に渡された。
…
書状を面前で広げて、中身を確認した殿下の顔色が変わり、手が震える。
…
其処へ、冒険者ギルド配送部の黒塗りのハイヤーが到着した。
「お待たせしました。ご依頼主のゴルド・ホップ様は、いらっしゃいますか?」
年嵩のギルド員の運転手が降りてきて周囲に呼びかけた。
階級は、ブラックの星一つ。
荒事を引退したブラックの更新先に配送部が選ばれることがよくある。
顔に傷跡がある強面でガタイも良いが、身形はキチンとしていて言葉遣いも丁寧である。
「おう、君、ここだ!丁度良かった。…では、星空を流れる一番星様、お名残惜しゅう御座いますが失礼致します。朝晩の拝礼は欠かしませんので。」
ゴルド卿は、深々と僕の方に向かって遠間から一礼すると、運転手が開けたドアからハイヤーに乗り込み、開いた窓から、殿下に挨拶した。
「それでは、殿下、不肖ゴルド・ホップ、此処で御別れで御座います。」
ハイヤーは、土煙りを上げ、そのまま、出発するとフクロウ駅方向へ去っていった。
…
ハイヤーが小さくなっていき、やがて見えなくなった。
え?!
嘘??
これで、終わりですか?
皆が次々と退場していくが、物語のようにはいかず、ちゃんと納得いく結末を付けていかずに去っていくが、ゴルド卿の退場の仕方は、ここに極まれりの退場の仕方です。
…
あまりにも脈絡の無い退出に。キャン殿下やギャルさん達も、ゴルド卿が立ち去るのを止めようとはしなかった。
一同皆、呆然、唖然として立ち尽くしていた。
凄いぞ、ゴルド卿…あなたマイペースに過ぎるよ。
もっともあらかじめハイヤーを呼んでいるのだから、全てゴルド卿の計画通りなのかもしれない。
先を見通す力は、もしかしたら此処にいる中で一番だったかもしれない。
…
「…キャンブリック姫殿下、失礼ながら、お願いの義が御座います。よろしいでしょうか?」
皆が呆然としてる中、ルーシー君が、キャン殿下の面前で拝礼し、声を掛けた。
そ、そうだね…ゴルド卿が罪を認めたということは、ロンフェルト卿に対する冤罪も晴れたと言う事。
ルーシー君のお家再興を願うには、絶好の機会です。
よし、ユー、言っちゃいなよ。
気分は、すっかりギャラリーです。
しかし、ルーシー君の幸せを願う気持ちは変わりません。
うんうん…これにて一件落着、大団円です。
ゴルド卿が立ち去った時には、どうなることやらと思ったけど、これぞ本来の結末ですよね。
「…キャンブリック姫殿下、私は、今は亡き父の跡を継いだルーシー・ロンフェルトと申す者で御座います。元家臣の最初で最後の願いで御座います。姫殿下は暴風様と懇意の間柄と伺っておりますれば、暴風様の家臣になれますようご紹介…推薦していただきたいのです。…伏してお願い奉ります。」
ルーシー君は、一気に物申すと殿下の前までいき土下座してお願いした。
うんうん…この真剣な様なら、殿下も、きっとロンフェルト家を再興してくれるに違いない。
…
ん?あれ?…なんか僕のことが、ルーシー君の言葉に出て来たような…気のせいかしら?