白銀拍車(前編)
あれからダージリンの長老から、諸事情のあらましは聞いた。
…
…なるほど、ダージリン一族に伝わる救世主伝説に、偶然僕の容姿と行動が合致してしまったとの事…概ね事情は了解しました。
同時多発攻撃され、最高位の貴族から一時期はスラム民にまで落ちぶれたダージリンからしてみれば、藁にも縋りたくなりたいと思うもの…その心情は分かります。
しかし、現実に生きる大人が、かような胡散臭い…いや、真実味のない御伽話に頼るのはいかがなものでしょうか?
…今はつらくとも現実を見据えて行動するべきです。
僕のような10代の年少の者が、元貴族の皆さんに対し、口はばったい言い方ながら、諭すように説きました。
要は、僕を信用するな、目を覚せと彼らに言いたかったのです。
だが、それを説いている僕を見る彼らの暖かい眼差しが、ショコラちゃんが僕を見るときの暖かい眼差しと重なる。
だ、ダメだ…これは。
多分、何を言っても僕という存在を全肯定されてしまう。
更に、彼らは誤解していた。
このサンシャの大崩壊を予知した僕が、又も危機に瀕したダージリン一族を救う為に、危険を省みずサンシャに現れ、避難措置をこうじて見事に全員を救出したと、彼らの中では共通認識となっている。
御伽話効果による思い込みである…先入観とも言う。
しかも最後に僕が救出した幼子が迫害されやすい獣人であったことも、獣人を庇護し配下にまで加えている彼らの心象を良くして、その妄信に拍車を掛けてしまった。
件の幼子は、彼らの配下の獣人が引き取るという。
いやいや…それ違うから!
サンシャの住人らを、見事なまでの避難誘導で救ったのは、多分…先導してくれたカラフルな衣装を身にまとったあの子ですからと、失礼ながら当人を指し示して何度も説いた。
「まあ、姫巫女様ったら、何て謙虚で慎み深い方なんでしょう!」
ダージリンの女性達が、コソコソ言っているのが聞こえた。
あれ?
な、なんと…更なる誤解が生じている。
僕の話ちゃんと、話し聞いています?
近づいて、ちょっと強めに抗議してみる。
「… そうだとしても、危険を顧みずに最後まで残り、あの子を救ってくれたのは、貴女です。」
ダージリン配下の獣人女性から、涙ぐみながら真剣な眼差しで、指摘されてしまい、ぐうの根も出ませんでした。
だって、僕達は敵対してるわけではない。
恩人を見るような真剣な眼差しで、感謝してる気持ちが丸わかりで事実を指摘されたら、反論のしようがありません。
…
…いやまあ、サンシャ大崩壊の原因や犯人にされるよりかは遥かにマシかもしれないけど、これはこれで真実を歪曲してるし、全くの嘘だから、他人の手柄を盗み取っているようで座りがわるい。
最後の方では、自己紹介されたハロさんから、訳知り顔で頷かれながら、肩を軽く叩かれました。
(みなまで言うな…分かっておりまする。私は気にしてませんから…貴女も大変ですね。)
僕よりも年少の子から労いの念が伝わって来ました。
(いやはや…申し訳御座いません。)
内心忸怩たる思いで念を返す。
しかしながら、この誤解は今は無理でも、おいおい訂正していかなくればならないと思いました。
今度ギルドに顔出した時、怜悧冷徹なダージリンさんなら、「あなたの一族から誤解されてます。僕が救世主だなんて笑っちゃいますよね。」とか言って僕が事情を説明すれば、きっと皆の誤解を解いてくれるに違いない。
よって、この問題は一旦保留とした。
サンシャ伯たるハロウィンさんとは、初対面ながら馬が合い、急速に仲良くなり、ハロさんと名前呼びするまでになった。
何だか同年代の子と話してる感じがして、話すと心地良い。こんな感じは初めてです。
見た目僕より年少なのに、歳上な印象も受けます。
む…もしかしてハロさんてば、転生者?
しかし、いくら親密になっても、この質問だけはタブーです。
違ったときに言い訳ができませんから。
ハロさんによると、サンシャ伯爵たる権威を持ってしてもダージリン一族の僕に対する誤解に対し、アクションは起こせないことを、逆に謝られてしまった。
その理由は、サンシャ伯爵の特殊な地位もあるが、ダージリンのサンシャ内での政治的発言力は、約5年前からの短期間であるにもかかわらず、かなり強いらしく、もし面前で彼らの救世主を否定しようとするならば、政治的危機に直結するほどと説明された。
彼らの僕に対するほのぼのとした暖かい眼差しに人の良いだけの人達と解釈しがちだけども、元はと言え、高位貴族とその眷属達です。
その気になれば、あらゆる方面に超一流の能力を発揮する超高性能集団なのは、ダージリンさんを見れば分かります。
その人達が一族の危機に一致団結しているのですから、きっとその影響力は計り知れない。
事実、ハロさん情報によれば、サンシャの金融市場は既にダージリンの寡占状態だそうで、全支配しないのは市場の活性化を狙う意味と周囲との軋轢をうまないためワザと手を抜いている節があるとのことだ…。
…いやはや、凄すぎる。
トビラ都市の貴族制度は、実力により流動的であるから、きっと彼らが、高位貴族に返り咲く日も、遠くないに違いない。
ハロさんは、サンシャの崩壊は予見済みであり、既に仮の宿泊地は押さえていて、住民の住居の心配はないらしい。
今日から掘り起こしを開始して、来週から新しいサンシャの中央棟を着工、サンシャの財力、権力、人力を結集して一月で早急に外観を完成させて、内装が出来た順に、戻って来るらしいと、既にプロジェクトは始動してるそうだ。
…この人も、大概凄いです。
簡単に言っちゃってるけど、この様な大勢の人を巻き込む計画を、現実に下ろす際、膨大な準備と根回しの手間暇がすべからく掛かる。
調整につぐ調整で、更に調整…。
前世では、たかが一段落に、リテイクに次ぐリテイクで、10回を越え、休日の一日を無為に過ごしたこともある。
実務を多少は理解している僕からしてみたら、考えただけで、面倒で寝込みそうデスね。
幸い、僕が今回携わることはない。
…フフフ。
思わず、含み笑いが出た。
すると、ハロさんも、アリ中尉をチラッと見ながら、僕に似た笑いをして、互いに…フフフと笑いあった。
さて、サンシャの今後は、ハロさん達が上手くにやってくれるに違いない。
すると、残りの問題は…?
僕は、今更ながら、ルーシー君の号泣にも似た懺悔の内容を思い出した。
僕が引くほどに、ハードでヘビーな人生を送っていたルーシー君。
これは、認知したからには、大人として、しっかりサポートしなければならない。
だが、今回、これを解決するは僕ではない。
僕はチラリと、キャン殿下を見た。
何故に領主の娘たるキャン殿下が単独で悪の巣窟と言われるサンシャに来られたのか?
…推して知るべし。
ふむふむ、今回の主人公は僕ではない。
…キャン殿下である。
喜んで見せ場を譲ろうではないか。