祝福(前編)
薄暗いサンシャの出口の扉を潜り抜けて外を出たら…
…そこには何もありませんでした。
陽の光りが、広々とした青空中に広がって、世界が輝いている。
その青空の下には何もない。
僕は、元サンシャが存在していた広大な敷地を見渡した。
見事に何も無い。
瓦礫が一様にゴロゴロと転がっているただの石の平原です。
…凄いなぁ。
以前見たサンシャの外観と比べると、その空虚さに感動すら覚えます。
だって、山が一つ突然無くなったのと同じですから。
「凄いよ、アールちゃん、流石だよね。」
サンシャがあった場所を茫然と眺めていたら、隣りにギャルさんが来ていて呟いた。
「お姉様、いくらなんでもやり過ぎでは?」
更にその隣りでキャン殿下が感想を述べる。
…
…ん?…サンシャの崩壊は、原因分からないけど僕とは関係無いよね?
「敵対するは建物さえも全て薙ぎ払う。フッ…少尉殿らしい。」
何やら自慢そうに語るアンネの良く通る声が後ろから聞こえてきた。
流石、貴族の伯爵令嬢です。
大声で語るのに全く照れがない。
無表情なのに鼻息荒い自慢そうなアンネの顔が眼に浮かぶ。
しかし、周囲にいた避難してきたサンシャの住人が、そのアンネの言動に騒ついたのが分かった。
…ご、誤解です。
思わず振り向く。
周囲からの視線が痛い。
人は不幸な目に遭遇した時、自分以外の誰かに責任を求める癖がある。
これは自己の心を守るための救済作用であると理解してるが、好き好んでその犠牲羊にはなりたくはない。
あわわ…サンシャ崩壊は、ぼ、僕のせいではないよ。
周りの視線が怖くてプルプル震える。
僕、悪いアールグレイじゃないよ!
完全に風評被害です。
君達は、何か勘違いしています。
「静まれよ!」
大音声が辺りに鳴り響いた。
麗しい女の子の声です。
皆の注目が集まった先には、カラフルな衣装に身を包んだ少女が佇んでいた。
崩壊するサンシャ内に居残り、最後の避難グループである僕らの集団を先導してくれた女の子です。
その責任感と胆力は並ではない。
その隣りには、アリ中尉が見守るようにいる。
おお、まるで王女と、そのお付きの人のようです。
そのサンシャの王女様が宣った。
「我らは、世間から最低最悪と称されるサンシャの民である。言われなき誤解や思い込みの犠牲になり、此処に行き着いた者も多かろう。その弊害に悩み傷ついたこそ、その気持ちは他の誰よりも分かるはず。其れこそが我らの唯一の矜持と言ってよい。」
彼女は、ここまで一気呵成に言い放つと、周囲を睥睨した。
途端に、僕を注視していたサンシャの民達が恥ずかしげに僕から目を逸らした。
その中から、白木の杖をついたご老人が一歩前に出て、僕に頭を下げた。
「家を失い狼狽しました…貴女を疑い申し訳ない事をした。…どうか、許して欲しい。」
「…許します。あなた方の未来に祝福を。」
反射的に、僕は心に感じたままを言って返す。
… 僕は、少し感動したのだ。
この世界の人達は、確実に前世の人達よりも、精神的成熟度が上であろうことに気づいたから。
少なくとも他人から指摘されて、反発することなく、反省し受け入れる心の柔らかさを持っている。
…
人は皆、失敗をする。
どんな優秀な人でも窮地に陥れば、間違ったり失敗したりすることがある。
だから、人の価値とは…その人の本性とは、失敗した時にこそ分かるもの。
頭の良さは、人はもはやAIに敵わない。
力は、機械に任せればよい…ならば、人の真価とは、心ありきの決断力にあると思う。
そして他者を赦す心ありきの決断力も、人間特有の真価であると、僕は思うのだ。
誠意には誠意を持って当たりたい。
僕は先程のご老人の言葉に…人は、精神的に進化していると感じ嬉しく思ったのだ。
今世は、文明は崩壊し、その生活は前世より廃れたが、人の精神性は高くなっている。
前世での、他責の念は呪いの如く酷いものであったが、5000年の時を経て、その呪いも薄まったらしい。
いやいや….朧げながら前世の記憶を紐解くと、前世の人々の責任転嫁ぶりは、当時は苦々しく嘆いて呆れていたが、今思えば、フットボール並の責任のボール回しは、呆れを通り越して、笑ってしまうほどに異常であると思う。
なるほど…人としての尊厳を著しく低下させる恐るべき呪いに違いあるまい。
渦中では、異常を異常とは感じにくいものだ。
しかし、転生した僕は、今世を経験して気づいてしまった。
前世の人々は裁判さえ悪用し、自分の責任を逃れようと責任を他者になすり付けて、あまつさえ多額の金銭を取れるだけ取ろうとする。
その精神の淺ましさは、ゴブリン並におぞましく、まさに異常である。
前世では、慣れてしまい殊更異常であるとは思わなかったが、無意識では違和感を感じていたに違いない。
その前世での、わだかまりが、今世に至り、ご老人の一言に込められた思いに依て、スルスルと解けるようにして溶けてしまった…。
多分、この凝り固まったわだかまりは、自分が幾ら努力しても解けない類いのものに違いなかった。
外側にいる他者からの介在があって初めて解けるものなのだ。
だから、僕は、本気で彼らの祝福を願った。
風が吹き、陽の光りをキラキラと帯びた風が、サンシャの人々の間を吹き抜けていった。
 




