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アールグレイの日常  作者: さくら
アールグレイの救出
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その頃のクラッシュ(前編)

 …そして誰もいなくなった。

 



 朝、眼が覚めると知らない白い天井であった。

 ギャルめ、我が輩だけ置いて行くとは、これ如何に?

 我が輩には子は居ないが、我が子が独り立ちした気持ちとは、かくの如くであろうかなかろうか?


 …少し寂しい気がする。


 牢屋の中で一人感傷に浸る我が輩の名は、クラッシュ・アッサム。

 次代のアカハネ領主、キャンブリック殿下の執事役を拝命してるものである。

 我が輩が、この様に拘束されてるのは理由がある。

 始めは、殿下が居なくなってしまった事に端を発する。

 これは誰が聞いてもわかるほどの一大事である。

 その責を取らされ、我が輩が近衛に拘束されたなど些細な事に過ぎない。


 後から考えてみれば、殿下の様子は確かに変であった。

 安易に考え、てっきり婦女子の成長に伴うあの日が来たかと思い、女性陣に任せて放置してしまった。


 やあやあ、失敗してしまったなぁ。


 いやはや…この歳にして我が輩も未だ未熟者よ。 

 反省…

 …

 …

 …よし!反省終わり。

 次回からは、殿下に執拗に確認する事にしよう。

 我が輩は、同じ失敗は二度としないことにしている。

 その為に完成されたクラッシュ流慣習法を調整して対処に当てるのだ。

 なに、我が輩が恥をかいたり、殿下から嫌われるかもしれんが、殿下の御身の安全には代えられんわい。


 今回の一件…我が輩は、殿下を信じる。

 長年見守っていた我が輩の経験が、その根拠である。

 あれほど聡く、責任感があって、思いやりがある頑張り屋さんの子が、他にいるだろうか?…いやいない!

 むふう、なんて素晴らしい子に育ってしまったのか。

 この成果は、資質によるものが大だが、我が輩の敢えての反面教師ぶりも多少なりとも貢献してるに違い無いと自負している。

 

 何と言っても、うちの殿下は世界一である…間違いない。


 輝くような英知をお持ちの殿下は伊達や酔狂で居なくなったりはしない。

 居なくなったのは、ここを出る時であると殿下が判断したことに他ならぬ。

 周りが殿下を信じず、右往左往しては如何ばかりか。

 我が輩らは、待っていれば、それで良い。

 果報は寝て待てと言う。

 我が輩も先人に習い、心静かに殿下の果報を待つとしよう。

 

 …カタンと音がした。


 部屋の出入り口を見ると、格子の隙間にの出し入れ口前に置かれた盆の上に朝食が置かれていた。

 

 どれどれ…今日のメニューは何かな?

 むむ、パンとジャム、紙パックの飲み物、少しばかりのサラダ…


 目が点となった。


 た、足りぬわーー!

 一気にムシャムシャと食べる。

 我が輩の腹を舐めとるのかー!

 

 殿下出奔の責を取りて、近衞に幽閉されたのは分かる。

 だが、このメニューは許せん。

 「シェフを呼べ!」

 空いた皿で鉄格子を叩き、大騒ぎして看守を呼ぶ。

 来たのは、我が輩専用に付けられた応援勤務の衛士であった。きっと我が輩に気を遣い専任を付けてくれたのであろう。

 …無粋な近衛もなかなかやるではないか。


 「…導師さま、又ですか?勘弁して下さいよ。朝食は皆一律で決まっておるのです。導師さまだけ特別扱いはできませんよ。」

 今どきの若い者特有の、まるで責任感希薄の甘えを含んだ浅薄な物言いにカチンときた。


 「喝!…何を言うか。こんなガチガチの堅パンと草で腹が満ちるわけなかろうが。生きることを舐めるな。人はパンのみにて生きるにあらず。人生には彩りと余裕が必須なのじゃ。周りにそんな貧相な心配りだから、…お前は女にモテんのじゃ!」

 我が輩が指摘すると、鉄格子の向こうで余裕そうに茶を啜っていた衛士が、口に含んだ茶をミスト状に吹き出した。


 むぅ…器用だが汚いのう。

 「…ガハッ、ゴホッ、そんなことアンタに関係無いだろう。」

 若いのに太り気味な衛士は、嫌そうな顔をして我が輩を見た。

 

 我が輩、達観した目付きで若い衛士を見ゆる。


 ふっ…やはりな。

 我が輩の眼は節穴ではない。


 今までのコヤツの有り様から、方針を決めた。

 「お主は、我が輩の若い頃に似ている…惜しい、惜しいのう。ほんのちょっとした心配りが、お主の白黒な人生をカラフルで幸せ超ハッピーへと変えるのに。お主にも心当たりあるじゃろ…例えば、新人の自分を優しく教えてくれた元気溌剌、天真爛漫な美人の先輩で心憎からず思っていたのに何のイベントもないまま、告白も出来ずにお別れしてしまった切なくも苦い思い出が…、或いは、勝ち気で生意気なのに、なんだかんだいっても自分を慕ってくれる可愛い後輩を憎からず思っているのに、何のイベントもないまま今日(こんにち)まで至るとか…」

 「うぁお、何でアンタにそんなことが分かるんだよ!?」

 

 慌てふためく様に、大当たりであることが分かる。

 しかし、だいたいの青少年は、似たような経験を持っているから、あながち適当に嘘を言っているわけではなし。

 しかも今回は、ギャルが衛士隊に残してきた、特に後輩達を心配して、我が輩に色々吹き込んでいたので、若い衛士隊員の人物像は、だいたい認識しているのだ。

 フッ、ギャルの後輩思いのこの精神は、我が輩に似たのかのう。


 目前の青年を見る。

 太った体型にニキビ面の眼鏡…。


 内を見通せば、覇気とやる気と夢も野望も金も地位も家柄も無く、更には努力しない様がアリアリと出た体型、引き締まらない顔と、指示待ちの気弱なだけが取り柄の、女性に対して何だか拗らせてる童貞隠キャ男の後輩と、ギャルが心配していたのは、コイツのことであろう。

 ギャルは、別の言い方してたような気がするが…要するに、こう言うことなんだろう。

 …曖昧で胡乱な言い方はいかんぞ、ギャルよ。

 物事は、ハッキリ正直に表現せねば、事態の認識に錯誤が生じやすい。

 本当のことは直裁に言わねばならんのだ。 

 

 我が輩の若き頃に似ているのう。

 眼鏡はしてなかったが…我が輩、昔から無駄に視力だけは良かったし。

 

 それにしても、衛士の質も落ちたものだ…。


 溜め息を吐きて、瞼を閉じて首を振る。

 ああ、やれやれ…。

 だがしかし、我が弟子の後輩ならば、この衛士の青年は、孫弟子の位置に近い。


 この機会に、頑張ってる弟子の心配の種を一つ減らしてやるか。







 …暇だし。


 

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