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アールグレイの日常  作者: さくら
アールグレイの救出
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サンシャ大脱出

 僕は、まず泣いている女の子を抱き上げた。

 背中をさすって上げてユラリとほんの軽く揺らして上げる。

 赤ちゃんよりかは大きいけど、似たようなものです。

 前世の子育てした記憶がよみがえり、鼻の奥がツンとする。

 …小さい子供は皆愛おしい。


 この子は女の子だから、前世で男のままだったら絵面的に苦情を入れるくだらなき輩がいるかもしれない。

 しかし今世では、そんな者どもは絶滅してるし、非常事態だし、僕じたいが女の子だから、何も問題はない。

 

 女の子は、抱き上げた直後は強張っていたが、そのうち安心してくれたのか泣き止んで、頭を預けて擦り寄せるまでになった。

 腰から水筒を取り出し、お水を飲ませて、非常食のクッキーを上げると、慌てるようにバクバク食べ終えると寝てしまった。


 よし!…時間はそれ程に残っていないが、全員一致協力しないとこの難局は乗り切れない。


 先程から、大石の落ちるガンガンとした音の響きが多くなっているし、壁にヒビが入って亀裂が走り始めているし…此処は間もなく崩れる。

 文章にすると長く感じるけと、小部屋に入ってから僕らはまだ1、2分も経っていない。

 冷静にいるようで気持ちは急いている。


 アンネは、僕に合わせてくれるだろうことは分かっている。

 獣人の女の子を護るように抱き上げてるので、僕は両手を使えないし護るにこの子を第一に考えてるから二人にまで手が回らない。

 …逆に助けてもらおう。

 だから、僕は石の雨降る中に飛び出す前に二人に対して、僕の取扱いを説明した。

 「これから、出口まで全員で固まって行きます。僕が石の落ちない場所を選んで蛇行気味に歩きますから、僕から離れないで。それでも落ちて来る石は両名で弾いてください。僕とこの子の生命を預けます。」

 「了解です。」

 即時了解したアンネが早速僕の左側にピッタリと張り付く。

 そして、戸惑っているジルさんを僕と二人してジッと見た。


 「ジルさん、見ず知らずの僕に張り付くのはお嫌でしょうけど、非常事態ですので我慢してご協力お願いします。」

 小部屋の天井がミシミシいっているので本当に時間が無いから促す。

 「…嫌だなんて…本当に抱き着いてアチコチ触っても良いのね?」

 本当に時間が無い…僕が急かすように頷くと、ジルさんは僕の右側を抱き締めてきて、僕のうなじ付近に顔を埋めた。

 …なんだか息が荒い気がする。

 百戦錬磨の騎士様といえども、この窮地にはやはり緊張してるに違いない。


 「よし…行きます。」

 僕は、身体中の感覚を外に開いた。

 続いて祈り神気を混じえた僕の気を外へ張り巡らせる。

 瞳に集中して、石が雨降るサンシャ内を見た。

 …

 今は昼間だけど、サンシャの中は薄暗く夜と変わらない。


 僕は、闇や夜、月と相性が良い。

 これは前世の賜物だと思う。

 前世の大半を暗闇の中で生きて来た僕の人生は、決して無駄ではなかったんだ。

 夜の帷の上から月の神様は、きっと足掻いていた僕を見ていてくれたのだろう。


 この技に名前は、まだ無い…技なのかさえ分からない。

 ただ祈り、神気を降ろして正解を願うと、解答に至る道が輝いて見えることに、最近気がついたのだ。

 これは幻想なのかもしれない。

 でも、もし名付けるとしたら、この技の名前は…

 「輝ける月明かりの(シャイニングムーン)小径(ストリート)。」

 僕が呟くと、薄暗い雨降りのコンクリートの床に、蛇行する小道が輝いて現れた。



 …これは僕の道だ。


 今まで決断して歩んで来たからこそ現れた、僕だけの道です。


 …幻想かもしれない…だが検証回ではその効果は100%。

 複数回の検証で偶然ではないのは分かっている。


 前世から引き継いだ僕の道。

 ありがとう…前世の僕…ありがとう。



 僕は3人を連れ立って一歩前へ踏み出した。

 道は細くて蛇行してるけど、出口の扉まで続いている。

 数歩歩いたその後ろから、今出て来た小部屋が潰れて落ちた大きくて鈍い音が聞こえた。


 …間一髪です、危なかった。


 ゆっくりと薄暗い石の雨降りの中を傘も差さずに歩いていく。

 雨降りの音がうるさいのに、内心はとても静かな様な気がする。

 胸元から子供のクゥクゥという寝息と鼓動を感じる。 

 …とても暖かい。

 直近で、石が雨のように落ちる度に両側に張り付いている二人がギュッと僕の服を握り締めて抱き着いて来る。

 暖かくて柔らかいものにサンドイッチ状態なのは気持ちよくて、僕女の子なのに妙な気分になりそう。




 …





 輝ける小道は、後ろを振り向いてはならない。

 見なくとも分かる。

 歩き過ぎたる瞬間から消え失せているのだ。

 信じて前へ歩くしかない。




 

 …





 

 両側の二人の柔らかさと良い匂いに顔が紅くなって集中が途切れそうになるのを我慢して、祈りを集中して感謝の念を募らせる。

 二人とも僕の身体に強く抱き着いてアチコチ触ってくる。

 彼女らは強くても若い女の子です。

 きっと至近に一撃必殺の大石が薄暗い天井から度々落ちて来たのが余程に怖かったのであろう。

 …だって僕も涙が出るほどに怖かったもの。

 きっと小さい僕なんかコンクリの石の一撃で跡形もなく消えてしまう。


 …


 両側から二人の鼓動が聞こえるようだ。

 それほどに僕らは超密着状態です。

 お互いの気持ちも、息遣いや鼓動、熱や触感、動きから分かるよう。

 アンネの方に石が落ちる気配がすれば、アンネを空いた手で抱き締め引き寄せ、ジルさんの方に同様の気配がすれば、同じようにする。

 僕らは、もう一心同体の運命共同体です。





 …






 けれでも、永遠に続くかと思われた、そんな心配ももう終わり…。

 

 だってほら、もう目前に出口が見える。

 実際には、小部屋を出てから一分くらいしか経ってないに違いない。

 しかし、濃密で永遠に感じた一分でした。

 …僕は忘れない。

 どんな理由であれ、生命を掛けて救けに来てくれた二人のことを忘れはしない。

 

 …ありがとう。



 僕らは、皆で一緒に出口の扉をくぐり抜けた。






 

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