執行
約一年前。
とある施設内の実験室のような部屋で、ある刑が執行されようとしていた。
2階をぶち抜いたような小さな体育館のような間取り。
金属性の壁、窓の無い部屋。
部屋の中央上部には、人間が入れるような大きさの透明な円筒が吊り下がっている。
辺りには、配線と機器が無数にある。
機器の前に立って操作する白衣の人々。
その部屋へ、刑務官が一人の受刑者を連れて来た。
受刑者が部屋に入ると、刑務官が部屋の扉を閉じた。
ロックを降ろす金属の響きが部屋中に木霊した。
受刑者は75歳の老人。
刑務官に両脇を抱えられ、透明な円筒に向かってヨロヨロと歩きながら、その老人は小さな声で呟いていた。
「わしはわるくない、みんなのためにやったことなのに、なぜわしひとりだけが、どうざいではないか、カネをうけとったヤツはわしといっしょではないか、どこがちがうのか、都市民を、仲間をくいものにしたのはわしだけではないだろう、なぜ上級都市民たるわしが…まちがっている…。」
なあ、まちがっているだろう、なあ
くそぁああ、おれだけじゃあねぇだろぉ
おまえらだって、やってるじゃねえか
自分を騙してるだけだぁ
円筒前まで来たとき、老人は突如大声を上げ、暴れだした。
応援に来た待機位置から飛び出して来た刑務官が5人がかりで老人を抑えつける。
いやだー オレのせいじゃない オレはわるくない わるくない みんなやってることじゃないか、なあ、そうだろう、ちょっとしたことだ みんなやってるだろう 見て見ぬふりしてるだけだ おまえも、おれはわるくないと自分で自分を騙しているだろう
おれはちょっとだけ、とくしただげた、もっとおれよりわるいヤツは世の中にいくらでもいるじゃねーか、そうだろう、あんた、違うとはいわせねーぞ、おまえもオレといっしょだ
おまえも、おれといっしょだー!
いやだーたすけてくれー
「計器チェック、オールグリーン。異常なし。」
計機前に立っていた白衣の男性が、淡々と告げる。
刑務官が泣き叫ぶ老人を円筒下に鎖ごと繋ぐ。
「準備完了。円筒を下げます。」
老人は、なおも泣き叫んでいた。
顔は、涙と鼻水でグシャグシャだ。
タスケテ、コワイ、タスケテ、ダレカタスケテ、オカアサン…
円筒が完全に降りて、老人の声は途中で聞こえなくなった。
辺りが静まりかえる。
「刑を執行します。」
刑の執行を告げる刑務官が卓上のボタンを押した。
円筒内に蒸気のような白煙が噴霧され、老人の意識が無くなると、次いで液体が円筒内を満たし始めた。