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アールグレイの日常  作者: さくら
アールグレイの救出
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サンシャ大崩壊(後編)

 視界不良で見通しは最悪なれど、子供がいる位置は分かっている。

 …魔法とは本当に便利だ。

 周りを感知することが出来る第三の眼と言っても過言ではない。

 子供の泣き声は途切れない。

 …

 泣いている間は、無事な証である。

 もはや周りに合わせる必要はないので全力で雨の中を駆け抜けて行く。



 …



 目当ての部屋は、直ぐに分かった。

 時間が無いので扉を開け放つと、転がるようにして、その小部屋に飛び込んだ。

 明滅を繰り返す照明の明かりに照らされて、子供はそこに座りこんで泣いていた。

 その周りを小妖精が困り果てたかのように蛍の灯火のように光り、ヨロヨロと回っている。

 きっと誘導しようとしたけれど意思の疎通が出来なくて本当に困っていたのだろう。

 小妖精は、普通の人には、単に光りの玉のようにしか見えない。

 泣いていた子供は、僕の方を見た。

 4、5歳の獣人の幼児だ。

 耳から判断すると犬系の種族で、薄汚れたシミーズを一枚羽織っている。

 この様な子供は、珍しくない。

 特に獣人系の種族は多産で、産み落とすが育てられず捨てられるパターンが多い。

 今でこそ、そんなには見かけなくなったが、都市政府の農業畜産振興策の成果が、未だ花開かなかった一昔前は道端ででうずくまっていた子供をよく見かけた。


 おそらくこの子もそうで、サンシャに何とか潜りこんだばかりなのだろう。

 …なんて運の悪い。

 

 サンシャは、来るものは拒まず、去るものは追わずなので、食い詰めた者や脛に傷持つ者らが最後の拠り所として潜り込むことが多い。

 だからといって、救かるとは限らないが…。


 「いやはや、酷い降られようですね。少尉殿。」

 後ろから聞き慣れない声がした。

 !

 誰もいるはずがないものと完全に虚をつかれました。

 振り向くと、其処には、杖を手に持ち無言で服の埃を払う憮然としたアンネと、好奇心旺盛な顔を浮かべた若年の女騎士が佇んでいた。

 アンネの声ではないので、今の僕に対する声掛けは、若い女騎士の方であろう。

 …思わず目が丸くなる。


 な、何故、貴女達付いてきたのです?

 死んで帰れない可能性大なのに…貴女達、馬鹿なんですか?


 一人ではなかった安心感と、何故に付いて来たのかの疑問、死んでしまうかもしれない非難と心配、巻き込んでしまった後悔と慚愧の念がないまぜとなった思いが胸に、さざなみの様に去来して、僕は口を開けたはいいが、言葉には出来なかった…。


 なるほど、絶句するってこんな状態なんだ。


 「…何故、…ついて来たのですか?」

 改めて、自分が今混乱しいると認識して、言葉を選んで口にだす。

 疑問型だけど僕の言葉には、非難の色が濃い。

 僕は未来ある若者には死んでほしくはないのに…犠牲者は最小限でよい。

 「…そのお言葉、そっくりそのままお返し申します。私は子供の泣き声が聞こえたから、救けに駆けつけただけ。そしたら驚くべきことに、なんと私の前を少尉殿が走っているではないですか。」

 女騎士は、立板に水の如く澱みなく釈明した。

 見た目は、若くて小さくて、とても可愛い…その上頭の回転が速く、弁もたつ。

 僕と同じ位の年齢で騎士を叙勲してるのだから超優秀で超強いに違いない…騎士とは一種の超人と等しい。

 そんな凄い騎士の言葉に僕は素直に頷けなかった。

 何故なら、騎士様のその言動は、護民の騎士を目指しているジャンヌならば言いそうな言だけど、一般の騎士の考え方とはかなりズレているから。


 通常の騎士ならば、主が、第一であり、民草などは二の次、三の次のその先の存在であり、そもそも直接の対象には入っていない。

 黙りこんだ僕を見て、流石に補足説明の必要があると感じたのか、女騎士は更に言を重ねた。

 「私も些か騎士の本分とは外れてるような気もしないではないが…今回は主の下命です。それに我が尊敬すべき姉上が民を護る騎士を目指しているのだ。だから個人的にその手助けをするのもやぶさかではない。」

 …なるほど。

 ジャンヌ以外にも、そんな護民の騎士を目指す奇特なお人がいるとは。

 この世界は広い…今度ジャンヌにも教えてあげなくちゃ。


 「…少尉殿、あなたは何か勘違いしてる。ここにいるジルは、ジャンヌの妹。」

 僕の思考を読んだらしいアンネがアッサリとネタをバラした。

 

 ふーん、そうなんだ…。

 …

 …

 え?!

 マジマジと観ると、女騎士の顔立ちは、ジャンヌとよく似ている。

 言われてみれば、ジャンヌを小さく若くした造形です。

 うん…とっても可愛い。

 ジャンヌの妹ならば、僕にとっても妹みたいなものです…僕は警戒を解いた。


 そんな女騎士のジルさんは、僕の処までサラッと来ると、僕の頭に手をのせ愛おしそうに撫でながら、こう宣った。

 「あなたには荷が重いわ。ここはお姉さんに任せなさい。」

 先程のクールさとは一転して満面の笑顔で鼻息が荒い。

 今が窮地とは伺えないほどの表情です。

 まるで何も考えていないかのようだが、そんなはずはなく相当に肝が座っているのだろう。

 流石、ジャンヌの妹さんです。

 だが、それよりもその言葉に僕はビックリしました。


 え?!ん?

 …もしかして、僕、この子から歳下扱いされてる?


 「ジル、少尉殿は、多分あなたより歳上。それにジャンヌが一目おくほどの上官を、あなたが格下扱いするは失笑もの。…最近では貴女が仕えているキャン殿下の武道の師匠でもある。」

 間髪入れずのアンヌの訂正の言葉に、ジルさんの僕を労わるような笑顔が凍りついた。

 ジルちゃんは、僕の頭に乗せた手を止めたまま、ギギッと音がするように首の角度を僅かに下げて、僕の眼を覗きこんできた。


 (それ…本当?)

 

 そんなふうに彼女の眼が語っていたので、無言で頷いた。


 「ご、御免なさい。わ、わたし、てっきり今年士官学校を卒業したばかりの経験不足の新人とばかり。だ、だだって、無謀にも泣き声を聞いただけで危険な状況なのに突っ込んでいくし、こんなに小さくて可愛い子を捨ておけなくて。でも、殿下に頼まれたのは本当よ!…ちゃんとあの子を助けてあげてって、お顔に書いてあったし…。」

 慌てて釈明しだすジルちゃんに、僕は怒ってない旨を言う。

 うん…ちょっと驚いただけで、僕、気分は害してません。

 それどころか、こんな可愛い騎士殿に頭を撫でられるなんてご褒美です。


 うんうん、転生して良かったなぁ。


 僕は、オズオズと手を引っ込めた騎士殿の頭を、満面の笑顔で撫でてあげた。

 お返しです。

 「はい、良い子ですね。これでおあいこです。」

 きっと、居た堪れないだろうから、僕が同じ事をしてあげれば、少しは恥ずかしさも薄れるに違いない。


 するとジルさんは、真っ赤になって動きが止まった。


 「少尉殿、これ以上はジルが使い物にならなくなるので勘弁してあげて。」

 アンネが呆れたように口にした。


 ….そうそう、和んでいる場合ではなかった。

 このままでは、全員下敷きです。


 此処にいる皆んなを見る。


 あきらめない。

 必ず救ける。

 僕は、至急で現状を把握し救かる算段をめぐらした。








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