女王蜂は巣へと戻る
秘書子ちゃんを引き連れて、現場へと赴く。
[蜂]の女王たる妾が、行くのだ。
乗り物も妾に相応しいものを用意させた。
超古代時代から発掘された高級車の復刻版の黒塗りの広々とした車に颯爽と乗り込む。
もちろんタイヤもパンクはせず、窓ガラスさえ割れない防弾防爆仕様だ。
緊急時には、時速300kmは出るし、わらわに相応しく内装も居住性、機能性を上げ、高級感溢れるよう改造した。
そして、此処が一番重要なのだが、この車は、見た目が美しい。
車の女王と呼ばれるとか、タフで強くて美しい、まさに貴女に相応しい車ですとかのセールストークに惹かれて、即金で購入した。
悪路でも揺れずに、静かに走っていく。
車内は、空調が効いていて実に快適。
横に乗っている秘書子ちゃんから、[暴風]の該当確率6割強の、冒険者ギルドのアールグレイ少尉についての経歴について報告を受ける。
取り立てて目立つ情報はない。
実家は、古代には貴族の一員には列せられたものの、今では没落して見る影もなく、都市外で半下級役人の自作農を営んでいた。
だが既に父親は亡くなり、家族で存命なのは、母親と姉、今では自作農と娘からの仕送りで暮らしているらしいが、居場所については特定されていない。
少尉自身も何処に住んでいるかは不明。
フェイク情報があり過ぎて、特定は不可。
経歴は、学校を優秀な成績で、しかも飛び級で卒業した。
但し、武術系の実技に関してはパッとしていない。
優秀なのは学業と魔法に関してだけ。
卒業後は、冒険者ギルドの南ギルド支部に在籍し、最下級の一兵卒から順調に昇進を重ねるが、シナガ防衛戦役においてニルギリ貴族の不興を買い、降格して、西ギルドに左遷の浮き目を負った。
だがここ最近の活躍で、少尉へと昇任している。
分かるのは、ありきたりの情報だけだわ。
それ以上の具体的な情報となると、まるで特定が出来ない。
明らかに妨害工作が為されている…それも超一流の成せる技を駆使されていて、超重要人物級の扱いを受けているかのよう。
…気にいらないわ。
サンシャがあった場所には何も無かった。
何もない。
瓦礫が残っていて、その割れた面から痕跡が新しい事が分かったけどそれだけ。
サンシャが存在していた場所には、青空が広がっているだけ。
車を止めた前で、秘書子ちゃんと呆然と佇む。
サンシャを散々探し回った結果が、この瓦礫の山の跡だった。
どうやら、秘書子ちゃんも知らなかったみたい。
驚きに顔が強張りまくって唇が震えている。
あらら…こんな秘書子ちゃん、初めてみるわ。
妾は改めてサンシャの跡を眺めた。
風が、遠くの青空にまで吹き抜けていく。
こんなことが個人で出来るのは、紅玉のマルグリットの最終秘技[山崩し]しかない。
だが彼女は、約5年前の人魔大戦の折りに失踪している。
行方不明扱いだ。
魔王と相打ちになったとの専らの噂で、真偽は定かではない。
決戦場所に赴いた全員が帰って来なかったからだ。
そう言えば、マルグリットは短期で学校の武術教官を勤めていたという噂があったな。
計算上は、アールグレイ少尉の在籍期間と重なる。
武技で、山をも砂のように崩壊させた紅玉のマルグリット…妾が認める数少ない武芸者の一人。
話しには聞いていたが、まさか本当にこんなことが個人で出来るとは…とても、信じられない。
だが、サンシャは昨日までは確かに存在していた。
…目前の現実を見た。
信じられん、こんなことは人間技ではない。
だが、あのマルグリットから、あの技を伝授された弟子ならば、或いは…。
妾の敵手は、立体的な一つの街であるサンシャをも一夜で崩せるほどの武技の使い手。
あの紅玉のマルグリット最後の弟子であると確信した。
…ブルッと身体が震えた。
だがこれは悔しいが武者震いではない。
恐怖故の震えだ。
…化け物め。
敵わない…今の妾の実力では、[暴風]には、到底遠く及ばない。
…[暴風]の名は伊達ではなかった。
…畏るべし。
妾は、もう一度サンシャがあった場所を見つめると、呆然としているアズを引きずるようにして車に乗り込むと、その場所を後にした。
アールグレイとは…戦う。
だが、今はまだその時ではない。