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アールグレイの日常  作者: さくら
アールグレイの救出
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雪風大戦・裏(後編)

 数歩歩いた処で、何やらピンと来た…。

 足元にラインが見えた。

 これは…?

 ーーーーー

 私は武芸を習ったことがない。

 最初から身体の最適な動かし方を知っていたから、不完全な武芸などは、私には無用の長物であったのだ。

 最初から強くて当たり前であった。


 疑問に思うなかれ、百獣の王が武芸を習うか?


 私は最初から強く負けたことはない。

 武力において私は常に遥かな上を歩くことが定められた存在であり負けることは、ありえないと思った。

 そう…これは運命であり宿命なのだ。


 実力では[暴風(テンペスト)]より私の方が遥かに上だとは分かっている。

 小細工を施す必要はなく、前へ進み蹂躙するのみ。


 ーーーーー


 だが、前の線がどうしても目につく。

 [暴風(テンペスト)]を、見ると、彼女も私を見返していた…互いに見つめ合う。


 …妙な緊張感が漂っている。

 何故にこの娘は、そんなにも緊張しているのだ…?


 目前の線を見ているうちに、これより前へは進んではいけない…そんな気がした。

 直感だ。だが理性が打ち消した。あり得ない。

 そう…気のせいにすぎる。

 この線は実際に床面に描いてあるわけではない…私の脳にだけ見えてるだけ…だが、今まで、こんなことはなかった。

 …

 これは、まさか、まさか…私がこの線を越えたら、負けるというサインであるというのか?

 あり得ない。

 [暴風(テンペスト)]までは、あと数歩、歩けば辿り着く僅かな距離だ。

 それなのに…私は迷った。

 この私が迷う…?

 

  ーーー


 ただ、前に歩くのが、この線を越えるのが、これほどに恐ろしく感じたことはない。

 何も対策せず、このまま前へ進んだら私は…?


 この時、[暴風(テンペスト)]の戦歴を調べた時に聞いた20m級の赤龍の脚を転ばして倒した話しが思い浮かんだ。

 …危うく踏みとどまる。

 この時、[暴風(テンペスト)]の顔の表情が一瞬だが変わるのを、私は見逃さなかった。


 正解だ…ここで止まったのは正解だった。

 知らぬ間に汗が首筋を一筋流れた。

 

 …認めよう。

 こと歩法において、[暴風(テンペスト)]は私の上を行くのだと…だからこそ私の武のセンスが危険をこんなふうに見せたに違いない。

 言わば、この線はデッドラインだったのだ。

 越えれば倒されていた。

 産まれて50年目にして危険を感じた、私には初めての経験である。


 ふん、面白い…ならば、ならば…転がり倒れるならば、絶対転ばぬようにすれば良い。


 私は、冷気を更に凝縮して、足元に這わせた。

 足が靴ごと凍りつくが構わない。

 どうだ?[暴風(テンペスト)]よ!これがおまえのために考案した私の初めての技だ。

 前を見ると[暴風(テンペスト)]が驚きの表情で凍りついていた。


 心が躍る。フフフッ、これは存外気分が良いものだ。


 産まれて初めての感情に心が震え、それが心地良い。

 氷をパリパリ割りながら、足を上げ前へ着地する前から氷の蔦が足へと伸びて床面へと接着させる。

 私自身は、氷のエレメンタルを内包してるから凍ることはない。

 [暴風(テンペスト)]よ!この勝負、私の勝ちだぞ!


 …

 

 ところが[暴風(テンペスト)]の瞳が紅く染まったと思ったら胸元が紅く輝き、空気が震えるほどの熱波が吹き上がった。

 髪が朱色に染まり風にはためいていた。

 空気の暖流と寒流が、私と[暴風(テンペスト)]との間でぶつかり合いながら、その余波がサンシャ内を駆け巡っている。

 足元の氷が溶かされようとしている。

 もし溶かされたら、倒されてしまう。

 氷の精霊力を、ふんだんに押し込むようにして力を込めた。

 …負けられぬ。

 この私が、ただの人間に負けるなど許されない。

 もし負けたら、今までの人として欠損していた私は何だと言うのか?

 死力を尽くした…苦しい…負けられぬ、負けられぬ。

 いつまで続くと言うのか、これが。

 とうに精霊力は尽きかけ、魔力を転換して補充している。

 [暴風(テンペスト)]だって、力は尽きているはずだ…なのに何故にまだ力を振るえると言うのか?

 力の欠乏に苦しみながら[暴風(テンペスト)]の顔を見ると、余裕の表情でニヤリと笑っていた。


 ば、ば、馬鹿なー!

 奴の精霊力は無尽蔵だとでも言うのか?!


 驚きと力のタンクがエンプティになる感覚で足元がフラリとしたが幸いまだ凍って座り込むことはなかった。

 だが頭上から、年若い娘の声が叫び声が降って来た。

 「アールちゃんの敵は私の敵!喰らえー!ギャルちゃんキックー!」

 胃の腑から込み上げる驚きに、咄嗟に右手を払ったら足首を掴むことができ、人間大の質量を放り投げた。

 「キャー。」

 頭上から降ってきた小娘は、悲鳴を上げたが身体を回転させると綺麗に床面に着地した。


 な、な、な、なんなんただだー?!

 吹き抜けの頭上から落ちてくるなんて普通あり得ん!

 こいつ、馬鹿かー!


 驚きに注意が逸れた途端、熱風に身体が晒されて、足元の氷が溶け出していく。

 通りの向こうからは、メイドと騎士を先頭にした新たな集団が到着しようとしていた。

 …周りを見渡す。

 戦力の均衡は、先程頭上から降ってきた訳のわからぬ登場の仕方をした小娘を足すことで、完全に瓦解した。

 それでも私が死力を尽くせば、[暴風(テンペスト)]以外は皆殺しは可能だ。

 だが、そんな気は…とうに失せていた。

 それに確か[暴風(テンペスト)]には、フラウお嬢様を救けてもらった借りがあることを思い出した。


 …借りたものは、当然返すべきだな。


 それに防御回復特化の[百足]を50匹潰すのも、正直面倒くさい。

 …

 ふん…私は負けたわけではない。

 だが此処は、総合的に考えて退くべきだと判断した。

 こうして私は、ドリューを回収して、サンシャから速やかに立ち去ったのだ。


 だって、危ないであろう?

 そう…このサンシャは、まもなく崩れるのだから。

 この大質量が崩れたら、誰一人として救からぬだろう。










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