雪風大戦・裏(中編)
ドリューの護衛にて、散々サンシャの商業区域を連れ回された。
…黙り込み周りを警戒しながらも、考えこむ。
ニルギリにも、この様に新しいものにはしゃぐ側面があった。
良くも悪くもこの子もニルギリの血統を受け継いでいるのは間違いないから、これも悪くはない。
だが私も…もう歳である。
年齢的に次の代までは持ちそうにはないだろう。
元々ニルギリ血統は南の一地方の伯爵に過ぎなかった。
それが私の雇い主であるニルギリの代の才覚で進捗し、武力と金と伝手を、最大限に清濁使い果たして、政敵を倒し、南の梟雄と呼ばれながらも貴族の最高位である公爵にまで登りつめた。
これより上の階級は、臨時位である大公と都市王しかない。
だが無理をし過ぎたためか性急過ぎたが、敵を作り過ぎ、その無理が内部をギスギスと瓦解するやもしれぬ可能性を秘めている。
ニルギリの息子も、よくはやってはいるが勝負処は、孫の代に掛かってくるだろう。
即ちドリューとフラウだ。
明晰さと外交重視ならばフラウを立てた方が良い。
だがドリューは、ニルギリの性格を色濃く受け継いでいる…今はまだ悪い側面しか出て来てないが。
せめて、フラウ並の聡さとニルギリ並の度量の広さを併せ持つ妃が嫁いで補助してくれればと思う。
だがドリューはニルギリに似て面食いだ…十人並みの器量では納得しないであろう。
そんな女性などいるだろうか?
実に困った話しだ。
…
現公爵の執事である息子と何度か話し合い、候補を探してはいるが芳しくなかった。
何人か候補は上がったが、どれも優秀で器の大きい女性は性格が強くてドリューを立てて補助してくれそうにはない。
わりと理想に近いのはエぺ侯爵の息女だったが出奔して行方知らずであるとして侯爵と夫人に微笑みながら断られた。
…
エぺ家にしては杜撰な言い訳に、疑問をもったがどっちにしろ大事な掌中の珠を譲る気はないことが分かった。
だがせめて私が存命する間は、ニルギリの一族が没落する姿は見たくはないのだ。
世界は、今でも灰色であるが…ごくたまにカラーに見える時がある。
ニルギリの家族が集って幸せそうにしてる姿とか…若き日のニルギリとの思いでとか…。
今さらだとは思う。
だが、そんな普通が今の私にとっては何よりも大事になりつつあるのだ。
・ー・ー・ー・
アールグレイ少尉と二度目の邂逅を果たした時、ある可能性に思い至った。
あれから調査を続けた結果、アールグレイ少尉がかの[暴風]であることが分かっている。
最近、[表最強十本指]入りを果たした無敗の新人武芸者である。
私程度がランクインはしてるので強さの基準にはならないかもしれない。
だが私が毎年、悪魔の左手側にランクインしているのだけが解せぬ。
最近では、若い頃のように、笑いながら理不尽で酷薄な処分はせず、ほぼ顔色を変えずに、何なら会話をフレンドリーに交わしてから、アッサリと処分していると言うのに評価は変わっていない。
やはり…この顔か…若しくはイメージが悪いのかもしれない。
それに対して[暴風]は、神の右手側に属している…あれほどに噂が傍若無人な暴れようなのに解せぬが、天使のように愛らしい姿を見て、この見た目が多いにイメージに作用してるに違いないと思い至った。
もっとも私でも、一目見てしまった後ならば神の右手側に入れるだろうから、こと[暴風]に限って言えば他人に文句は言えない。
つまり[暴風]は、誰が評価しても、強く美しく、イメージも良い。
んん…もしかして、これは合致してるのではないか?
…
それがハッキリと分かったのは、ドリューがアールグレイ少尉のことを、嫁として連れ去ることを下命してきた時だ。
なるほど!…これほど相応しい人材は何処にもない。
彼女が冒険者達の密かなアイドルであることもつきとめた…ファンクラブがあるらしい。
彼女をドリューの嫁に出来れば、約1万人の冒険者を味方に付けたと等しい。
しかもドリューの好みにドンピシャでフラウとも上手くやっていけそうである。
更に、その性格は評判とは違い、子供好きで優しく周りとの協調性に富んでいる。
しかも慈愛と責任感が強い。
彼女ほどニルギリ家次代の当主の嫁に相応しい人間はいない!
これぞ天の采配である。
私はニルギリがいつも信奉していた黒山羊様に、心の中で感謝の祈りを捧げた。
…
高揚して、私は、益々無表情に酷薄に温度をズシンと下げていった…。
だが彼女には枷がある。
よろしい、ならば優しい彼女の未練を、私が全て摘み取ろうではないか。
今後は、その優しさをニルギリだけに向けてくれれば良い。
私の心情が、若い頃の無感情、無関心、身勝手な頃に戻ろうとしていた。
彼女には恨まれるであろうし、決して私を許しはしないであろう…だが、それでよい。
ニルギリ家の為に私が一人堕ちれば良い。
彼女は、これからのニルギリ家のために必要なのだ。
先ずは誰からやるべきか?
彼女に引っ付いている小僧かぁ?
「ヒィ…。」
睨むと情け無い悲鳴を上げて、小僧は彼女の腰にしがみついて隠れた。
…なんて情け無い奴であるのか!
或いは、其処にいる鎧武者らの首を何回転か回してやろうか…?
一歩踏み込みと鎧武者らは、一歩退がりおった。
…情けなし。
凍てつく波動を飛ばす。
瞬時に反応したのは、三人だけ…それは[暴風]と、ゴルド卿が連れて来たレッドの女と、正体不明の黒服の若い男だけだった。
天井近い階上にも反応があったが距離があるし、…まさか吹き抜けを落ちて来ることはないから無視して良いだろう。
即ち、気を付けなければならないのは、この3名だけと言う事で、[暴風]以外は、皆殺しで良いであろう。
…
だが…[暴風]が、私の前に一歩出て来た。
私は、凝視した。
今まで、皆殺しモードになった私の前に自分から踏み込んだ者などはいなかった。
己れの実力差も解らぬ愚か者であるか…?
昔の若い頃の私であったならば、即断したかもしれない。
だが…彼女の身体が震えているのが分かった。
この娘は、敵対した私の恐ろしさを理解しながら、周りの仲間を護るために、勇気を出して一歩踏み込んだのだ。
はたして、もし私が娘の立場であったならば、同じ行動が取れたであろうか?
…
…
…
私が何十年戦ってきて、敵手に…これほどの崇高の念を抱いたことがあっただろうか?
今までに大量のクズを屠ってきた虚しさと、これから崇高なる敵手と戦える嬉しさが交差する。
それにしても、なんと美しいのだろう。
彼女が私に取った構えは、[火手]の双手専撃の構えであるのは、知っている。
[火手]使いとは、何度が戦ったことはあるが、私を前にすると構えを変えるか、崩れるかして詰まらぬ最後を遂げた。
だが、真の構えには、その心が反映されると、今、分かった。
(此処にいる誰にも手出しはさせない…身を挺して皆んなを護ってみせる…。)
そんな[暴風]の気概がアリアリと構えから伝わってきた。
なんたる純真で綺麗で清浄なる思いであるのか。
…
初めて、私の黒々とした胸の内が洗われ、穢れが剥がれ落ちると感じられた。
…
…
彼女の考えが手に取るように分かる。
もし彼女以外に私が攻撃を加えようとしたら、必ずその隙を彼女は躊躇なく突いてくるであろう。
なるほど…彼女の構えを見て分かった…[火手]の真髄とは、超攻撃的手段による防御にありと悟ったぞ。
…いいであろう。
ならば、同じ土俵に上がってやろうではないかぁ。
[暴風]よ!
私は、[暴風]に向かって一歩踏み出して行った。