雪風大戦(前編)
薄暗い中、幾つかの光り玉が蛍のように宙を舞っていた。
「おい、ゴルド卿、何故お主がそっち側にいるのだ?」
金髪の派手な服着た貴族…僕が殴り飛ばした若者が、訝しげに言い放ち、僕の左側を指差した。
若者は、左の頬が腫れているが、この程度で済むとは存外しぶとい…みくびってました。
貴族だから、当然物理防御の魔法は必須で掛かっているだろうけど、他にも何かしらの方法で力を削がれた感じを、殴りつけた瞬間、感じました。
きっと派手なエフェクトほどに、ダメージはそれ程ないだろう。
…
もしかして、手加減しなくとも大丈夫だったかもしれない。
彼が指差した先をつられて見ると、つまり僕の左並びの最前列の鎧武者さん達に混じって、先程の恰幅の良い騎士の白礼服を着たおじさんが、腕を組んで当然のように立っていた。
… …
ああれ?…?…?
あなた、アッチ側ですよネ?
貴族の指摘に、おじさんは応えようとしない。
ガン無視です。
まるで、自分に関係ないかの如く佇んでいる。
「…いや、だから、何故お主が、そっち側に並んでいる?」
貴族の若者が、質問に、まるで答えぬおじさんに、業を煮やしたのか、指差して苛立たしげに声を荒げた。
僕を含めた皆の視線がおじさんに向く。
ここで漸くおじさんは反応を示した…僕に対して丁寧にお辞儀をしている。
…
いえ、そんなことはいいですから答えてあげて。
敵ながら、若者の怒る気持ちも分からないではない。
「あー、コホンッ、ニルギリ様、わしは密約を結ぶに当たって、あらかじめ争いが起こらぬように約束事を決めていたはずです。ここで密約一項の2号をご覧くださいませ。」
おじさんは、平然と、やれやれ何故分からんのか、しょうがない、説明してやるか…と、まるで理解しない若者が悪いような態度で、懐からおもむろに用紙を取り出した。
いやいや、…きっとあなた以外全く分からないと思う。
そんなエルサイズな態度を取ってたら、今まで、きっと周りを不愉快にさせてきてないですか?
僕はおじさんの為人が何となく分かった気がした。
前世今世を通じて、こんなに面の皮が厚い、太い神経の持ち主は初めてです。
ふー、世界って広いなぁ。
「ニルギリ様、よく其処を見て下さい。[信教の自由は、これを保証する。何事も、これを妨げてはならない。侵してはならない。絶対の保証を約束する。]…いかがですか?わしは、星空を流れる一番星教の信徒で御座いますれば、わが神に従うのは当然の話しであります。」
おじさんの言い分に、左頬を腫らした若者は、目を細めて僕の方をジロジロ見だした。
それも、上から下まで舐め回すように、触りまくるように視線を這い回らせる。
….き、気持ち悪い。
僕は、思わず腕で胸を隠して、半身に構えながら退いてしまった。
今まで、見られたことは度々あるけど、こんなにも遠慮がない、不躾な人は初めてです。
恥ずかしくて、顔が赤らむ。
「…いい。」
え?!
恥ずかしさに若者をキッと睨みつければ、若者は惚けた表情をして独り言を呟いたかと思うと、わざとらしくゴホンゴホンと咳をしてから、懐から紙を取り出して、見出した。
「あー、どれどれ、…あ!…ホントだ…書いてあるし…彼女って、女神様級に可愛いし…ならば、仕方無いか。」
若者は、ヤレヤレと溜め息をつきながら証紙と思われる紙を、無造作に懐に仕舞い込む。
え?!え?…いいの?
若者のアッサリと許す態度に今度は、こちらが驚いた。
てっきり僕、許さないと怒り出すと思ったのに。
案外に、度量が深くて広いのかしら?
…少しだけ見直した。
で、でも…真面目に働いているオジサンの家族へのお土産の芋饅頭を踏み潰したのは、僕は赦せないけどね。
若者の言葉に、騎士のおじさんは、さも当然と頷いている。
おじさん…これってかなり希少なパターンだと思うよ。
若者の方は、またも僕のことを、いろいろあちこち見ている。
でも、今度は心なしか優しめです。
何やら、考えながら僕を見つめている。
そして、とんでもないことを言い出した。
「おい、そこのオマエ、…気に入ったぞ!俺の嫁になれ。」
な…なんですと?
「うむ、お主を見てるとな…何だか分からぬが懐かしくも甘くて暖かい気分になるのだ。実に心地良い。おお、そうだ!この俺を傷物にした責任を取ってもらわなければな。本来なら貴族の俺を殴るなど打首ものだが、俺の嫁ならば同格の痴話喧嘩の類いで笑い話にもなろう…素晴らしいアイデア、何て慈悲深い救済措置、今日の俺の頭脳は冴えている。これぞたった一つの冴えたやり方だ。俺グレイト!」
…凄いドヤ顔をしている。
…
一瞬ハッとして、それから僕は慌てた。
ま、待て!それは間違っている。
若者よ、それはウエイトです。
あまりにも、展開が早い。
…だって、これは、おかしいです。
だって…えーと。
そ、そう!…一番肝心な僕の意思を無視しているんですから、ダメです、無効です。
予測外の精神攻撃に混乱してる僕を放置して事態は進んで行く。
「シルバー、俺の花嫁を傷つけてはならんぞ。…他の者は皆殺しだ。貴族に逆らった者どもは生かしておけん。適当にならしておけ。」
若者は、まるで伸び過ぎた雑草でも刈っておけと言うように、執事に言い捨てた。
それを聞いた途端、僕の胃の腑に、重たい塊りが出来たような気がした。
若者が、本気で真面目で、…僕ら庶民を雑草と同価値であると認識していることを理解したから。
…度し難い。
…相入れない。
やるせない気持ちと共に…これは絶対見過ごすことは出来ないと感じた。
執事にとって、主の命令は絶対と同じであろう。
だから僕の仲間は、この恐るべき執事に、これから殺されてしまう。
なんせ、この執事の実力は、此処にいる誰よりも高くて強い。
…まさに最強無比です。
…
しかし、….させません。
カチリと僕の頭の中でスイッチが入ったような気がした。
これは絶対引けない僕の戦い…退けない覚悟が、僕の胸に炎を灯す。
自然と双手が上がり、僕は掌を、歩き始めた執事に向けた。
極端な前傾姿勢…[火手]の双手専攻の構えです。
…身体が震えた。
さあ、来るがよい。
僕は執事を睨みつけた。