蛍舞う中で…
「待ってくれ!」
僕が、気が抜けたように呆然としていると、そんな声が聴こえてきた。
目前の10m位先には黒服銀髪の年配の執事がいた。
…だが声は彼ではない。
僕は虚ろな目で、声の主を見た。
彼は…白の礼服に銀の刺繍が入った恰幅の良い30代の年齢の男の人であった。
初めて見る顔だ…見覚えがない。
とても焦っているように思えた。
彼は、執事より前に立つと、僕に向かって礼服が汚れるのも構わず、膝を着いた。
「お初にお眼に掛かります。わし…いや、わたくしは、貴女様の信者であり、僕でありまするゴルド・ホップで御座います。この度の現世への顕現、大変おめでとう御座います、星空を流れる一番星様。」
…?
この人は、何を言っているのだろうか?
言っていることが、まるで理解出来ない。
「あのう、人違いでは御座いませんか?」
僕が疑問を呈すると、その人は垂れていた頭をガバッと上げて、力強く言い返す。
「いいえ、間違いでは御座いません。…その美しき身姿を形どった偶像を、私めがお預かりしております。いつも毎日拝礼し、時には頬ずりし、拝見して愛でておりますれば間違いごさいません。至極大切な宝なので持ってきてはいませんが…ここに写しとったお写真が御座いますです…はい。」
彼は、少年のように瞳を輝かせて、興奮気味に膝でにじり寄り、手に持った端末画面を見せつけて来た。
あまりにも、唐突な彼の登場の仕方に、銀髪の執事の歩みが止まっている。
…
真剣な人には真剣に対応しなければ、礼儀を逸すると思う。
僕は、跪いている彼が差し出す端末の画面を覗きこんだ。
そこには、女性を模した木像が映し出されていた。
うん…木目のまま塗色されていない木造だが、服の皺にまで掘り込んである細部にまでディテールにこだわった木像で、僕よりも幼き容姿で絵空事の妖精ような美しさなのに妙に現実味がある…確かに人を惹きつけるような魅力がある少女の像である。
それに、ニスが塗られて保存され、保管者が綺麗に大切にしているのが分かる。
どうにも、懐かしいような見たことのある顔立ちだけど、今は頭が虚ろで、ボゥッとして思い出せない。
彼の必死な表情に、首を傾げて画面を見ていると…僕の目の端に、滝の裏手から出て来た4人組が映った。
クワッと瞳孔が拡大するかのように注視する。
ああ…!
途端に、この中央広場内の全ての光景が脳裏に入った。
同時に木像の事さえ時空を越えて思い出された。
…生きていた。
…生きていたんだ。
先程に会ったおじさんが疲れた状態のままに歩いている、
おじさんを含むその4人は、ボロボロで、まるで砂の雨に被ったように疲れくたびれ切っていた。
あの憮然とした面持ちでヤレヤレ感を醸し出してるのがルフナ…澄ました顔のアンネ…疲れた表情で上向きで歩いてるアリ中尉であると直ぐに分かった。
きっと僕が見知った彼らがダージリンさんが言っていた増援だと思う。
彼らが、まさに瓦礫の下敷きになる運命の、待っている家族がいる、あのおじさんの生命を、その人生を救ってくれたのを理解できた。
おそらく自らの生命をかけて…小さな幸せの灯火を守ってくれたのだ。
僕は、身体が震えるように感動した。
涙が溢れそうになるのを堪える。
ああ…凄い。
まるでヒーローです。
彼らは、この世界で暮らしている、おじさんとその家族の幸せを護り、僕の沈んでいた心まで救ってくれた。
僕は、深い崇敬の念を抱き、その彼らと友達である事が誇らしく思う。
僕は感動に震えながらも、明瞭になった知覚で現在の状況を丸分かりで、瞬時に把握する。
金髪の偉そうな態度の見知らぬお兄さんが、中央でうるさく騒いでいる。
さっき僕が殴った人です。
うんうん…いまではやり過ぎた感があるけど、アレは、その派手派手な服に相応しい派手な演出と看做して、コレでヨシとしよう。
だって僕…悪くないし。
無表情で佇んでいる銀髪の執事は、冷房の元の人です。
夏には、きっと重宝する…力がダダ漏れの時点で制御力が甘いのかな?…または全く気にしていないかのどちらかです。
…少しは周りを気にした方が良いと思いますよ。
良く観ると、執事さんには覚えがある。
前に一度、会いましたね。
チンピラに絡まれてた綺麗な貴族のお嬢様を助けた時の、お付きの執事さんです。
この人は、僕よりも強いと感じる。
通常ならば、戦ってはいけない相手だ。
…
うーーーん。
僕は、トコトコとルーシー君の手を引き歩いて、呆然としているキャンブリック殿下の近くにまで歩み寄り挨拶した。
手に取り確かめる。
よし、殿下確保です。
因みに、跪いた彼が所持していた端末画面に映し出されていたのは、学生の頃の僕をモデルにした木像であると思い出しました。
その頃、美術部に頼まれてモデルのバイトをしていたのです。
苦学生にはその時の報酬は助かりましたが、色々あってその一回こっきりでしたが、その時たしかにある部員が木像を彫ってました。
それが廻り巡って彼の手元へ渡ったのでしょう。
ですが、先程、彼から訳の分からぬ名前を付けられ呼ばれていたので、何やら面倒くさい予感がするから、ここは潔く否認しましょう。
「…知りません。分かりません。覚えがありません。」
そう僕がアッサリめに返答すると、彼は衝撃を受けた表情で凍りついた。
ルフナ達に救けられたおじさんは、片方の革靴を見つけ履き直し、潰れた芋饅頭には悲しみに暮れ、溜め息をついて諦めてルフナ達に頭を下げると、よろけた光り玉の誘導に付いていくように、この場から立ち去った。
よし!キャン殿下を確保したから、後はこの場から救出するだけです。
さっきから余震の間隔が短くなって来てる気がする。
…多分、ここはそんなに持たない。
先程から僕の周りをワラワラと鎧武者さん達が集まって来ている。
周囲から、我も我も!如何に如何に?何処や?などと声が頻繁に聞こえて来ている。
ルフナ達も、いつの間にか僕らの方の陣営に並んでいた。
すると55対3ですね。
一見して圧倒的な数的有利だが、あの執事の前では、まるで安心できない。
そして、僕から戦う気はない。
だが、降り掛かる火の粉を振り払うに躊躇はしないと日頃から決めている。
だから、執事の出方次第…周囲の状況を鑑み、決着は早めに付けた方が良いと思う。
サンシャの中は、照明が先程の地震で消えて、天窓から明かりが差し込んでではいるが、総じて薄暗くなってしまった。
その中を、幾つかの光り玉が、蛍のように舞っていた。