キャンブリック、ゴルド卿に問う
これは、まだ私がサンシャに来る前の話しです。
メイベルから聞いたロンフェルト卿の話しに衝撃を受けた私は、密かに情報収集を、影に命じた。
影とは、私付きの予算から情報収集ギルドに依頼した専属のギルド員です。
超古代時代には、スパイとか忍者とか呼ばれていた人達です。
依頼した当日に、誰にも気づかれずに城に入り込み、私と接触してきたのには驚きました。
あのメイベルでさえ気づかぬほどの秘匿活動の徹底ぶりで有能ぶりが伺えて気に入り、こちらから専属契約を持ち掛けて、契約にこぎつけました。
その日から、影とは何度か交流していましたが、ある日、影が定時報告に来てる途中に、ギャルがお花摘みから戻って来たのです。
するとギャルは首を振ると、何もない宙をジーと見つめたのです。
その方向は、まさしく今まで影の声が聴こえて来た方向…。
…
本人に聞いたら、よく分からないけど妙な感じを受けたからジーと見つめていたと言っていた。
これには影も肝を冷やしたみたいで、以来ギャルが護衛番で私の近くにいる間には、接触してくることは無くなった。
影に言わせると、今までの経験上、偶に霊感なみに直感力の優れた人間がいるらしく、これにはどんなに痕跡を消しても、どうにもならないらしい。
結局、そんな時は諦めて近づかないようにしてるみたい。
超貴重な人材だから手離さないようにとのアドバイスを受けた。
依頼主にさえ姿を現さない影だが、ではどうやって連絡してるかというと、念話です。
これは、偶然にも私は影と、意識の波長なるものが近似であるそうで、専用無言電話のようで重宝している。
しかし、これさえもギャルには察知される。
聞こえてはいないのに、耳障りな気配がするらしいので、ギャルがいる間は、緊急時以外念話は控えている。
恐るべし、ギャルの野生の感!
影は、情報の遣り取り以外は、現実には関与しない。
これは契約時に約束していて、たとえ私が危機に瀕していても、姿を現して救けることはない。
どうやら影自身には、高度の秘匿能力はあっても戦闘能力は皆無らしく、生存確率を上げるために自分自身は現実には介入しないと取り決めてるそうだ。
言わば、自分との約束である。
影であるのに、意外とお喋りな彼女の意思は尊重したい。
性別は不明だけど、このお喋り具合は絶対に女性であると確信している。
彼女は、お姉様の事も知っていて、気に入ってるらしく話題に良くのぼるけど、当のお姉様本人には近づかないと言っていた。
お姉様自身が光り輝いて眩しくて、近づくと消えちゃいそうで近づけないそうだ。
うん、それって本当に影みたいねって言ったら、そうなんですと何の照れもなく答えた。
そんな影に、私はロンフェルト卿を暗殺した犯人の探索を命じたら、その場で名前から家族構成まで即答で返ってきた。
そこで、私はメイベルを立会人にして、その彼を呼び出したのだ。
会った時、彼は憔悴しきっていた。
若いと聞いていたのに、…年寄りのようだ。
げっそりと痩せこけて、眼窩が窪み、頬がこけて、まるで病人のよう。
そして、話しを向けると、あっさりと事の真相を話し始めたのです。
…彼は、自らの死を望んでいる。
これは、仮にも騎士を志した者が為した最悪の裏切り行為です。
彼も良心の呵責に耐えられず、自分を責め続けたのでありましょう。
彼の手首には、ためらい傷が幾つも付いていました。
彼は、全部話すと土下座するように泣き崩れ、自分が死ぬのは構わないが、どうか家族には咎が及ばぬようにと、懇願した…。
大の男が主筋とはいえ、私のような子供に対して、泣き崩れるように土下座して、どうか自分を殺して下さいと懇願している。
正直…見ているのがツラい。
だが私には腑に落ちない点があった。
確かに彼には、幾つもの理由はあった。
だが、どれもが圧倒的に殺す理由にはなりえない。
たしかに経理部長には唆されたのかもしれない。
しかし、そんなものは無視すれはいいだけのこと。
彼には、決定的な動機がないのだ。
妙な坐りの悪さを覚えた。
全てが、経理部長が教唆犯で、彼が実行犯であることを指し示している。
何より殺した当人が自供しているのだ。
こんな確かなことはない。
だが、私は、あえて彼に動機を追及した。
どうにも納得がいかなかったからだ。
…おかしいのである。
驚くべきことに彼は殺意の原因を覚えていないのだ。
記憶が霞のように朧げであり、何故自分が殺したのかが理由を分かっていない。
そこら辺を考え始めると、頭痛を覚え、記憶がリセットされてしまう。
それからはまた、経理部長に唆された話しに戻ってしまう。
傍で、立ち会っていたメイベルも奇異を感じたのであろう…彼を見て、そして私の方を交互に見ていた。
メイベルから、私はどのように評価されたのであろうか?
結局、私は彼を処分出来なかった。
彼は、今では騎士団を依願退職して、クラッシュ叔父様の在籍している僧房に出家して祈りを捧げている。
事の真相を突き止めなければならない…。
きっとまだ、情報の欠片が足りないのだ。
そのためにも、行かなければならない…ロンフェルトの遺児…ルーシー・ロンフェルトに会って…そして、騎士団経理部長のゴルド卿に面会して、確かめなければならない。
真の裏切り者が誰だかを…!
・ー・ー・ー・
話しは現在のサンシャに戻る。
九死に一生を得た私達は、エレベーターは使わないと決めた。
お姉様達と途中すれ違ってはいけない。
まずは、このフロアの探索に移る。
端末で連絡を取ろうとしたが、電磁波の暴風圏内に入っているらしく現在は使えなかった。
…電子機器は必要な時ほど使えない。
よくある話しで、気持ちを切り替える。
ルフナさんとは、距離を離れて同方向に向かい探索していく。それだけサンシャは広いのだ。
彼には、私に拘らず独自の判断で動いて欲しいと、あらかじめ告げておいた。
もう既にルフナさんとは雇用主ではなく、仲間意識が芽生えている。
任せておいて大丈夫だろう…私は彼を信用している。
…地下一階は閑散としていた。
既に朝日は出て、商店街などは開店していてもおかしくない時間帯…それなのに、店は開いてても人が一人もいない。
何なのだろうか…?
通りを歩いて行くと、先の方から滝の音らしい水が落ちる音が聴こえてきた。
なんだろ…そして何やらヒヤッとした空気が流れてくる。
やがて、中央広場にぶち当たりました。
其処には、地上3階まで吹き抜けの高くて広々とした空間と高台から落ちて来る滝がありました。
ああ…なるほど、冷気の正体はコレですね。
夏にはちょうど良いけど、冬には少し寒いかもしれない。
滝に気が向き、気づくのが遅れましたが、滝から離れた一角のカフェテラスに…あのゴルド卿が座っていたのを見つけてしまった時には、心が動揺しました。
一瞬、時が止まったかのように感じるほとに。
…
彼は、ゴルド卿は私の第一の支援者でした。
騎士団の重責でありながら、アカハネ領の財政にも参事官として勤め、本人自身も財を成した富豪であり、商工会の副会長でもあります。
騎士であり、一介の参事官ながら、これほどに領の財政で重要人物はいません。
影の財務卿と揶揄されるほどの人物です。
金に汚い金貸し屋と、彼を蔑む者もいますが、それは経済の知識に乏しい無理解からくる蔑視に過ぎません。
お金の扱いは領の運営に欠かせない重要事項であり、彼は人が嫌がる汚いとされる仕事を率先してやっていました。
目的のためには、一般には悪事と称されることもしていたと聴いています。
でも、それは人の欲に漬け込んだ金銭に関する事柄で、法に抵触しても、感謝されることは多かった。
彼は、崇高な目的達成の為には、得意な金銭面で手段を選ばなかっただけなのです。
次期領主レースから外れていた私を、何の得もないのに支援してくれました。
常識人でありながら、権威に逆らいダメなものはダメと言える勇気を持っていました。
容貌が女性受けせずに、女性の身体を不躾にジロジロ見てニヤリと笑う癖は、誤解されるから止めた方が良いと忠告した際は、呆気に取られた顔して、結局、「姫様、それは誤解ではないから良いのです。」などと宣い止めませんでしたが、それ以外は小娘の話しにも耳を傾けてくれた私の数少ない味方でした。
彼は、悪人で欠点も多い人でしたが、世の為人の為に働いていたのです。
私は、何もしない御託だけの善人よりも、彼のことを信頼していました。
そして、彼は…ロンフェルト卿の親友だったのです。
彼に対する怒涛の思いが噴き上がり、何も言えず立ちすくんでいると、なんと彼の方から声を掛けてきたのです。
「おや、姫様、この様な処で出逢うとは奇遇ですな。お元気ですか?」
ゴルド卿、何故あなたは、…私を、…親友のロンフェルト卿を裏切ったのですか?




