キャンブリック観劇を終え、休憩する
お姉様の身姿を、小窓から観劇して、その顛末をハラハラドキドキしながら見終わった私達、私ことキャンブリック・アッサムと冒険者ギルドのルフナ准尉は、お姉様達が朝食を食べられているのを期に、休憩することにした。
気分は、スッカリ映画を見た後のようです。
私達も少し早い朝食を取る。
腰のバッグから、メイベルの作ってくれたクッキーを取り出してルフナさんにも、宜しければとお裾分けする。
ああ、やはりメイベルが作ってくれたお菓子は絶品です。
これは、もはや個人の趣味の域を出ている。
お店で売っていたとしても、私ならば買う。
伯爵家御用達です。
どうやらルフナさんも、気に入ってくれたようでボリボリ食べている。
….全く男の人は、寡黙なのだから。
少しは、褒めても宜しいのですよ。
分かってはいるけど、口に出して言ってくれないと寂しくはある。
そう言えば、お姉様も割と口に出して言わない。
でもお姉様の場合は、口ほどに表情と態度で分かる。
本人は無表情、ノーリアクションにしてると思い込んでいる節がある。
でも観察してると、見えない尻尾が振られているくらい、美味しすぎて僕幸せなどと思っている気持ちが顕著に分かるので、私も、お姉様超可愛いー!とテンション爆上がりで、こちらも幸せな気分になってしまうのだ。
食べてるルフナさんを観察すると、僅かに口角が上がっているのが分かった。
…そうですか。
あなたもお姉様系なのですね。
少なくとも美味しいとは思ってくれていると思う。
でもギャルならば、「殿下、これ超美味しーです。」とか言って、デレっとした幸せな笑顔で、手足をバタづかせたり、好みにあったときなどはクルクル回ったり踊ったりして美味しさを表現してくれるから、楽しくて…毎回お裾分けしている。
メイベルも、満更でもないらしく最近ではギャルの分まで増量している感がある。
女の子相手には、この様に細かな気配りが上手くいくコツなのですよ、ルフナさん。
でも、これはご自分で察するしかないので、教えてはさしあげません。
…精進しなさい。
私は、ニッコリとルフナさんに笑いかけた。
それはそれとして、ルフナさんには私の護衛として気持ち良く仕事をしてもらいたい。
臨時なれど、今の私は、ルフナ准尉の主です。
責任は果たさなければならない。
朝食をいただきながら、ルフナさんとはお姉様の話しで盛り上がった。
私も、お姉様の新しき情報を得て、大変満足です。
お互いに有意義な時間を過ごすことが出来ました。
これだけでも、サンシャに来た甲斐があっと言える程の成果ですわ。
しかし、これからは、公的な次期領主としての務めを果たさなければ…。
即ち、ロンフェルト家の遺児と接触し、敵討ちを果たさせて、ドラゴンバスターの家柄を復興させる。
真偽を解明し、誤った筋を元に戻すのです。
…ロンフェルト家に関する一連の事案は、取り返しのつく事ではない。
だが、アッサム辺境伯爵家の足元で、この様な不義を正さぬまま、放置するわけにはいかない。
これは貴族の矜持に反する。
そのために、まずは遺児に接触して、意志を確認する必要があります。
…遺児にドラゴンバスターの系譜たる矜持はあるや否や?
・ー・ー・ー・
休憩を終えた私達は、エレベーターなる昇降機で下に降る。
だが、ここで機材に不調が起こった。
次の階に止まらないまま、乗り込んだ箱が降りていく。
止まらない…止まらない…。
「ルフナさん、止まりません!」
私達は、顔を見合わせた。
妙案は、急には浮かばない。
箱は、降りていくより、落ちていく。
…急降下です!
…
…
…
扉横に表示されている階数表示が目視できぬほどに数字が変化している。
フワッと身体が浮く感覚が気持ち悪い。
…制御から離れて、落ちている?!
血の気が引くような感覚に心が騒ついた。
ま、まさか、こんな処で、人生が終わりになるなんて…けど、思えば、これまでに…微振動があったり、スイッチの接触が悪かったり、ガタンと音がしたりと、前兆はありました。
…
危ないと思ったならば、面倒でも階段を使うべきだったのです。
労を惜しんだばかりに、この様な事に。
…
し、しくじりました。
不覚を取ったと後悔した後に、私が思ったのはルフナさんへの申し訳無い思いです。
私が、判断を誤ったばかりに道連れにしてしまいました。
ああ、終わりが、こんな突然にくるなんて…なんたる理不尽か。
だが、せめて、ルフナさんでも何とか救かる算段を…
…
この時、焦る私を抱きしめる人がいました。
ドヒャん?!な、な、なにしてるのこの人、こんな時に?
まさか、死ぬ前に女の子ならば、誰でも良くなったとか?
驚きから、腹立ちて、ルフナさんを見上げれば、真剣な顔立ちが、其処にありました。
…
私は、自分がとんでもない誤解をしている事に気がつくました。
ルフナさんは、…彼は、自分自身を犠牲にしてクッション代わりになりて私を救けようとしているのです。
落雷が落ちるほどの衝撃でした。
…死ぬのは怖い。
でも…最後に彼に逢えて、本当に良かった。
自然と涙が伝いました。
神様、ありがとう。
怖いものは、怖い。
でも、もう大丈夫。
私からも、ルフナさんの大きな身体を抱き締めて、私は其の時を待った…
…待った。
衝撃は、まだ来ない。
抱き締めて、其の時を待つ。
香の良い、本当に微かな香りがする。
ルフナさんたら、香を薫きしめてるんだ…粗野な感じなのに意外とお洒落…?!
…
…あれ?まだかしら?
死とは、意外と早くは来ないのね。
私は、閉じていた眼を開いた。
身体に重力の妙な感覚がしたと思ったら、昇降機からチーンと間抜けな音がして、ドアが開いた。
階数表示は、B1となっている。
これは、地下一階との意味である。
あれ…?
もしかして…私達、生き残った?
昇降機は、確かに途中不調になったが、…底にぶつかる直前で持ち直したのだ。
途端に恥ずかしくあり、抱き締めていた腕を解く。
「あの…ルフナさん、少し、恥ずかしいのですが…?」
彼に邪念はないのは、分かっている。
その自らを省みず私を救けようとした行為には、身分の差を越えて、崇敬の念すら覚える。
感動で、涙が出てきそうですが、グッと堪える。
それはそれとして、彼の暖かい体温が伝わるのと、私の首筋に息が掛かり、こそばゆいのが、赤面するほどに恥ずかしいのです。
ですが、男の人の力は強くて振り解けないから、彼から腕を解いてくれなくては、私は身動きできません。
身長差から、私の足は床に届いてませんし…。
つまり、今の私は、持ち上げられて力強くルフナさんに抱き締められているのですよ。
何だかとっても幸せ感はあるものの、伯爵令嬢たる者、この様な姿は、家臣はおろか他の者達にも見せられない。
見られたら、きっとルフナさんにも咎が及んでしまう。
…それはダメ!
私は、意を決して足を振り上げて、ルフナさんの膝を蹴った。
…
無事であると気づいたルフナさんが、私から突然パッと手を離す。
…
スタッと降り立った私は、扉が自動的に閉じる前に、開のボタンを押し、ルフナさんに振り向いた。
「…緊急の避難救護措置、大義でありました。…さあ、行きましょう。」
私には、次期領主として、やるべき事があるのです。
今でも私の心臓はドキドキしている。
でもこれは、誰にも言わない、内緒の気持ちなのです。