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アールグレイの日常  作者: さくら
アールグレイの救出
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ムーンサルト

 やはり、アールグレイ少尉殿は、素晴らしい。

 実にグッドだ…。

 

 暗がりの小窓から、少尉殿の活躍を観覧する。

 凄い、あの技の冴えと威力は、驚きだ。

 あの小さな細い可愛らしい身体で、全身兜鎧を身に付けた完全武装の男を、この高い位置までぶっ飛ばした。

 あの金属性の兜鎧は軽く見積もっても30kg以上はある。

 あの男だってそう小柄ではない、もし俺と同じ筋肉量ならば、おそらく90kgは越えている。

 合わせれば、軽く見積もって120kg。

 実際には、刀、衣服、垂れ、具足まで全部含めれば、合計150kg近くあるとみた。


 それが床上から約20mの吹き抜けの天井付近まで、武者鎧の男を吹き飛ばした。

 考えられない膂力だ…少なくとも俺には出来ない。

 単純に凄いと感心し、眼を見張る。


 だが、浮いている鎧武者の方は、どうでもよい。

 浮いたら、後は落ちるだけだ。

 もし、それ以外ならば注視するが。


 それよりも、少尉殿の御姿が見たい。


 暗がりの中の、其処だけ明るい切り取られている小窓の窓枠にがぶりつく。

 ああ…残身を示しているギルドの野戦服に包んだ身体つきが、眩しいほどに美しい…。


 思えば、初めて会ったシナガ防衛戦の際は、可愛らしいことは間違いないが、未だ小さな少女の身体つきであった。

 少尉殿の成人した直後の小さい頃を知っている俺からしてみれば、美しく強く成長した今の身姿は、…感慨一入である。

 

 少尉殿は、ここ数年で、引き締まった身体つきながらも、女性らしい丸みを帯びた身体に徐々に変化してきている。

 さながら、可愛いらしかった小さな蝶が、より美しく可憐で清楚、かつ凛々しくて頼りになる大人の蝶へと変化していくようだ。

 それが歳を取ってしまった俺からしてみたら、とても眩しく思える。


 若い女性の身体をジロジロ見るのは不躾であるのは分かっている。 

 自分でも恥ずかしいが、どうしても目線がいってしまうのだ…これは、あまりにも少尉殿の魅力が過ぎるのが悪い。

 …

 少尉殿の胸は、大きすぎずに野戦服の胸元を押し上げて柔らかそうで、お尻は桃のように丸みを帯びた曲線美の極みと言ってもよい。

 全体的に小さいながらも均整のとれた曲線の美しいフォルムを保っている。

 そのシルエットの美しさは、本体の美しさを反映している。

 美人とは、その影でさえ美しいものだ…。



 久しぶりに会った少尉殿の麗しい身姿にジンッと感動していた俺は、ここで下からの視線に気がついた。

 急遽、現場で護衛契約した北の辺境伯の姫様が、俺の方を見て心配そうな顔付きをしていたのだ。


 おっと、…いかん、いかん、仕事中であった。

 あまりの少尉殿の美しい身姿に夢中になって、現在進行形で仕事中であるのを、すっかり忘れていた。

 だが、言っちゃなんだが、任務の達成率を上げるには、緊張を適時に緩和してやるのも必要なのだ。

 特に長期間の任務ならば、尚更の話。


 つまり、俺が少尉殿を、愛でていたこともOKであるに違いない!


 俺は、心配するなと、指でサインを描き、見てる姫さんに送って、弛んだ顔を一旦引き締めた。

 小さな子を心配させてはいけない。




 ああ、ついでに俺の名前を名乗ろうか。

 ここまでの下りで分かっているだろうが、俺の名はルフナ・セイロン。

 冒険者ギルドに所属する、割と評判の良い一冒険者に過ぎない。…だがなんの因果か、最近何故か出世してしまい今や士官候補生たる准尉を拝命してしまった。

 これは、おそらくダージリン嬢の策謀であると感じている。

 あの腹黒受付嬢は、絶対只者ではないと、俺は邪推している。


 まったく、世の中俺よりも引き上げる奴はいくらでもいるだろうに…。


 階級が上がったメリットは、少尉殿と近い階級であるぐらいで…ここ重要だな。

 あとは基本給が多少上がって金回りが少しだけ良くなったぐらいだ。

 まあ、…金はあって困るものでもなし。

 俺の場合、直ぐに使ってしまうから、あってもなくとも同じ事だがな。



  …



 今、俺は、悪の巣窟と評判のサンシャの31階に、アカハネ辺境伯爵家の姫様と二人きりでいる。

 暗がりに女の子と二人だけと言っても、甘い展開にはならない。

 姫様はガキンチョだし、護衛の仕事だから、全てビジネスライクの付き合いで、何の問題もない。


 さて、悪い噂の絶えないサンシャだが、俺にとっては居心地が良く住む事さえ検討したが、少尉殿のご自宅とは離れ過ぎてるのがネックで諦めた。

 だが、金さえ出せば、ここでは何でも買えるし、悪人と言っても、ぶっ飛ばせば、大抵の奴は友達になれるような気の良い奴らばかりだ。

 知り合いも多くて、俺の第二のホームグラウンドと言っても良い。

 そんなサンシャに土地勘のある俺でも、この部屋は初めて来る場所で、まるで学校の体育館の壇上両脇の階段上にある小部屋をイメージさせる。

 小窓が付いていて、そこを覗けば体育館内全体を見渡せる。


 俺は元々ここには、今は亡きロンフェルトのオッサンの遺児がいるとダージリン嬢から聞き、探し出して頼まれ物を渡す用事で来た。

 それが、悪の巣窟の未明に独りでいる、初対面のアカハネ辺境伯の姫様と邂逅し、急遽護衛を頼まれ、契約し、現在に至っている。


 不思議なことに、この姫さんからは、最初から、やたら俺への好感度が高いと思えた。

 初対面のはずだが、好意とは何も言わずとも感じられるもので、アールグレイ少尉殿の話しをしてからは、以降全幅の信頼を寄せられている感がある。


 なるほど…これは多分、アールグレイ少尉殿絡みで、少尉殿の人徳によるものだと解釈する。

 俺だって、もし少尉殿の御友人は勿論、単に付き合いのある知人程度でも、好感度は爆上がる。

 それが本当の話しであるならばだ。


 見れば、アカハネ辺境伯の姫様は、小さくとも、とても可憐な、妖精のような儚さと可愛らしい姿に加え、高貴な気品ある雰囲気を纏っている。

 凛々しい意志の強さを秘めた瞳がキラキラと星のように輝き印象的である。

 少しだけ、昔の少尉殿に似てるかもしれないと思い、ドキッとした。


 …大丈夫だ、俺にロリコンの気はない。


 しかし、この子の将来は大変なことだろう。

 きっと、少尉殿に匹敵するような内実外見共に美しい女性に育つに違いない。

 こちらを見上げている身姿に、美しい花が開くまえの片鱗が垣間見える。




 思えば、美しい花が蕾の頃のアールグレイ少尉殿に会ってから、俺の人生は変わった。

 それまでは、俺の歩く道は、クズかゴミが捨てられた淀んだドブ川のような景色だったが、少尉殿に邂逅して以来、広大な森や峻険な山々の雄大さに感動する景色や花園のような綺麗な芳しい景色の中を歩いている感じがする。


 …楽しい。


 そう…少尉殿の行動に胸がすく思いをしたり、思うだけで心臓の鼓動が高鳴る。

 悪く無い…こんな俺のクソッタレな人生で、こんな思いをするのなら、悪くない気がするのだ。

 少尉殿は、いつでも真剣なのだろうが、…見ていると、とても微笑ましく、時には胸が震えるほとに感じいることさえある。

 腹黒く汚い俺が、少尉殿の近くにいることで、浄化されるような、ちっとはマシな人間になった気がする。


 だからと言って、程よく利用してるわけでは断じてない。

 それは、不敬であると思う。



 面前では、黒色鎧武者が、重力の作用で自然と落ち、鎧武者達の動きは、完全に止まっていた。

 度肝を抜かれたことだろう。

 だが、少尉殿の真骨頂はこれからだ。




 ああ…少尉殿が、跳躍して月面宙返りをされている。




 照明の明かりが逆光となり、シルエットしか俺の眼には映らぬが、なんて、美しいんだ。

 

 感動してると同時に、現在の護衛依頼者の目的も考えた。

 アカハネの姫さんの心配は、あの壇上にいるロンフェルト卿の遺児の行く末のことだろう。

 …分かってる。

 幽霊のロンフェルトのオッさんの顔と似てるから、見て直ぐに気がついた。


 …姫さん、大丈夫だ。心配するな。


 我が主人は、稀有の強さを持つ武人であるが、無辺大の慈愛を天照す聖女なのだと心得てる。

 その証拠に、床面に落ちた黒鎧武者が未だに生きている。

 足掻いている黒鎧武者は、戦う前より何故か昂ぶる意志力と気力による回復術を発動させていると感じた。


 もし少尉殿が、その気ならば、黒鎧武者は爆散して死滅してるし、今頃、この体育館内は血みどろの池と化して、誰も立っているものなどはいないだろう。

 なのに、未だに全員が無事だ。

 貴族を罠に掛けて、勝負を挑んだならば、まず全員皆殺しが通例で、少尉殿もギルドのレッドならば貴族格には違いなく、通常ならば勝負を挑んで負けたものの運命はない。

 

 だが、現実を見てくれ。

 なんと、誰も死んでいないのだ。

 これは、驚くべき事態だ。


 この現象に気づいたのは、最近のことで、それまでは偶々偶然であると思っていた。

 昔から…何かしら異和感は感じてはいたのだが。

 だが、最近では確信している…少尉殿は、御自分の意志で敵を殺さないのだと。



 少尉殿の敵を殺さない本意は、正直分からない。

 だが最近では、…コレも悪くないと感じている俺もいる。


 だから、アカハネの姫さんの心配は杞憂だ。

 問題はない。

 きっと、少尉殿ならば、敵対した少年をも赦すのだろう。


 …


 だが…それでも、もしあの少年が敵対するのであれば、その時は俺の出番であると思う。

 もちろん、それはロンフェルトのオッさんとの約束を守ってからの話しだが。


 アールグレイ少尉殿の心情は、お美しくも清浄で優しく暖かであるに違いなく、覚悟のほとも実に立派である。

 考えるだけで心が洗われる感じがする。

 …

 だが世の中には心の内が100%ドス黒い死ななければ分からない悪人がいることも、俺は知っている。

 そいつらは、少尉殿が許しても、…この俺が許さない。


 少尉殿の清らかさを穢すもの…慈愛の赦しを裏切る者どもは、この世から、すべからく滅却してやる。


 だから、アカハネの姫さん、あの少年が該当しないことを祈っていてくれ。






 

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