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アールグレイの日常  作者: さくら
アールグレイの救出
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デルタフォース

 護衛でサンシャまで来た。

 これは、ダージリンの差し金。

 あの女は聡い。


 アールグレイ少尉を愛おしくみる目付きは気に入らないけど、あの聡明さは利用できる。

 敵にすれば厄介この上ないが、味方にすれば頼もしい。

 少尉の味方であるのは確実なので、だから…見るくらいならば許して上げてもよい。


 寛容な私…これは少尉好みであると思う。


 そんな寛容と優雅さを兼ね備えた私の名は、マリー・アントワネット・ディスティリティ・エペ。

 ディスティリティ・エペ伯爵家の令嬢でありながら冒険者ギルドの西ギルドに所属して、今年、准尉を拝命した、新進気鋭の叩き上げのレッド、それが私です。


 アールグレイ少尉は、割と態度は厳しめなのに、中身は寛容と慈愛で満ちている。

 知れば知るほど、どんな罪でも赦してくれそうに慈悲深い。

 だから、厳しめな態度も、本人の本意ではなく私達の為を思ってのことだったと今では分かっている。

 私が抱き締めれば、すっぽりと埋まってしまうくらいの小さな少女であるのに、何て広くて深い御心をお持ちであるのだろう。

 そんな彼女と私は、勝負の保留中であるのだ。

 即ち永遠のライバル。

 だが、これも少尉が言い出したことで、私への救済措置であろうことは分かっている。

 しかも、いまでは私が裏切ることなどないような全幅の信頼を置かれているような気がする。

 …

 たまに会った時に見せるあの向日葵のような笑顔は反則です。


 甘い。

 あまりにも甘すぎますよ。

 私達はライバル、いつ私が、貴女を裏切るか分かりませんことよ。

 油断をしてはいけませんわ。

 いつ足元をすくわれるか念頭において行動しなければと、あまりに無防備な姿に、一度、注意したことがあります。

 「…アンネは、僕を裏切るの?」

 そんなことは信じられないと、哀しそうに私を見上げる少尉のお顔を間近に見て、私の精神の軸がクラッと来た。


 「そ、そんなわけないでしょ。正々堂々と勝負して私が勝つわ。今に見てなさい!」

 だから私は、若干引き気味な腰に手を当てて、少尉に人差し指を突き付けて言い放った。


 「…良かった。」

 そうしたら、少尉は本当に安心したような嬉しそうな笑顔でそう言うの。これには、私は卒倒しそうになった。

 危ない…その気の全くない私でも、この子の魅力には抗いきれない。

 …妙な気分になってしまう。

 少尉は、本当に女の子なのよね…。

 マジマジと上から下まで見ても、超絶可愛い女の子なのは変わらない…間違いない事実です。

 だとしたら、この精神がグラつく異性の魅力のような惹き込まれるような万有引力は、少尉の精神性の何かが為してるのだろうか…?

 警戒心旺盛なのに、一旦でも身内と認識すれば無防備な為人といい、少尉は二重の意味で危ない。

 …危なすぎて、放っておけない。

 「仕方がないから、私が守ってあげるわ。」

 私は、そう少尉と約束した。





 そんなやり取りを思い出したのは、サンシャで、避難警報のような光りが壁を彩り、光り玉が浮遊し始めてた直後、大地震があり、庶民の労働者階級が好んでよく着る格好をした年配の男が倒れ、その頭上を崩落した壁の欠片が降り注ごうとしてるのを見たときだ。



 私は不殺の極意なるものがある事を少尉から教えられた。

 貴族の私には、思考外の概念であるが、これによって私の気持ちは救われた。


 やわな私の心は、どうやら、自分で自覚するよりも、この殺伐とした世間の荒波に馴染まないらしい。

 それを少尉に見抜かれたのでしょう。


 むろん、こんな御伽話のような極意など普段ならば荒唐無稽と一笑にふす。

 だが無視できぬ存在があった…其れこそがアールグレイ少尉で彼女の口から紡ぎ出された話しは、存在の重みが違う。

 何故ならば、彼女は殺さなかった。

 勝負を持ち掛けて負けた私を、殺さなかったのだ。

 信じられない…貴族の常識から言わせれば、本来ならば今頃、私は墓の中です。


 けれど、私は今も生きている。

 彼女は、アレコレ難癖のような理屈で、無理くり理由を創り出し、私を生かす方を選んだのだ。


 …彼女は人を殺さない。


 信じられないことに、彼女は不殺の極意を実践している。

 それは殺されなかった私が一番良く分かっている。

 それは…気まぐれか偶然であるのかもしれない。

 超古代ならともかく、この実力主義を至上とする戦いが日常茶飯事の世の中で、不殺の極意を実践し会得するは至難の技だと、世間知らずな私でさえ分かります。


 それでも、少なくとも努力は出来るはず…彼女のように。

 自分を殺さず、敵対した相手も殺さない。

 …

 …それだけでも、難しい。

 …でも、それだけで良いの?

 不殺の極意を会得するには、まだ先があるような気がします…何かまだまだ足りません。

 …足りないのです。

 だから、今の私では、少尉の足元にも及ばない。


 ああ…実力も格も少尉のライバルになり得ない自分が口惜しい…彼女に、私が彼女から受けた気持ちを幾らかでも、お返ししたい気持ちが切なくて、たまに苦しくなる。


 その端緒は突然訪れました。

 その男の窮地を見た時、私はピンと来たのです。

 今までの私ならば、見殺しにしていました。

 だって見知らぬ庶民の男が、たとえ目前で、どうなろうと私には関係無いですから。

 そうですよね?


 けれども、アールグレイ少尉ならば、どうなのだろう?

 彼女ならば、きっと救ける、そう…絶対動くはずです!

 つまり不殺とは、自分の周りをも対象であると、私は、悟ったのです。

 そんなことを思うより先に、私の身体は先に動いていたけども、私の身体、超優秀です。

 よくやりましたと自分で、思わず誉めてしまう。


 私は、親友のジャンヌに次いで[精霊の脚]を修得しました。

 その技を遺憾なく発揮して、サンシャの床面を滑るようにして走り抜ける。

 まるで氷の上を(すべ)るかのような(なめ)らかさで走る事が可能。

 これって超便利で超最高です。

 …私ってば凄いかも。


 私は、アールグレイ少尉に出会って生まれ変わった。

 泣き言は、この世を去ってからでよい。

 私は、明日に向かって今を走っている。

 愚痴や泣き言を言ってる(いとま)などあったら、前へ進むと決めているのです。

 それが私の信条であり、贖罪。

 私は、もう二度と怯まない。

 …

 いえ、言い過ぎました…これからも怯むかもしれません。

 でも、怯む自分を認めながら、前へ進むことを止めたくはないのです。

 

 しかし、盤上に出たは良いけれど、それから妙案が浮かばないわ。


 男の元へは辿りつくは可能でしょう。

 けれど其処から瓦礫の土砂降りを潜り抜けて、男を背負っての脱出は不可能であると分かる。


 気合いで何とかしちゃう?

 気合いで何とかなるものなの?


 そう決断する前に、スローモーションで動く周りの景色の中に、危険地帯にわざわざ入り込んでいる馬鹿な(おとこ)どもを発見した!


 むむ…直ぐに誰か分かりました。

 一人はルフナ・セイロン准尉。

 チンピラみたいな格好してるけど、内から滲みでる威風堂々した雰囲気は隠せてない。

 見るからに一筋縄ではいかないような、ふてぶてしさは健在です。

 しかしあれで、結構人が良く面倒見の良い常識人だと聞き及びます。

 実際、お人好しで利益にならない庶民の人助けばかりしているらしいですし。

 ついた二つ名は、[無名(ななし)の英雄]。

 今まで実力がありながら、ブラックの地位に自ら選んで止まっていた無欲の人。

 そして、ショコラ様、ジャンヌと共に受験した、集団によるレッド昇格試験合格者第一期生…私達は同期であり仲間です。

 ツラく苦しい試験に共に合格した絆は、貴族の血族意識並に強固であるから、忘れるはずもない。

 

 もう一人は、その試験の時の試験官でかり、且つ表の任務の隊長であったアリ・ロッポ技術中尉である。

 驚いたことに彼も[精霊の脚]を修得し使いこなしていた。

 全くギルドのレッドとは侮れない…普段は使えることなどおくびにも出さなかったのに…いざとなれば当たり前のように使いこなしている。

 …畏れいりますわ。

 もっとも、彼の技術者としての技能には、尊敬の念を持っているし、もう40歳を越えているのにあの頑健さには感服しているから、普段、軽んじているわけではない。

 ただ、その引き出しの多さに驚いただけです。


 そのアリ中尉と眼が合いました。

 …分かりました。

 目的が一緒だと、言いたいことが実に分かりやすいです。

 彼の眼は、力強く笑っていました。

 この作戦の是非は、先着する彼の技能の是非に懸かっています。

 …失敗したら全員死ぬだけの話し…面白い…私は一度は死んで、アールグレイ少尉に生かされた身である。

 少尉の信条に殉じるのも悪くはありません。

 私に嫌やはない。

 その作戦、乗りましたわ。



 走りながら、アールグレイ少尉からプレゼントされた組み立て式棍棒を、腰から取り出し瞬時に組み立てる。

 その作業は、もう何万回も修練してるので、躊躇や失敗などはない。


 アリ中尉が、先着し壁に一撃を入れた…ヒビが人間大に走る。

 次いで、私が救う予定の男の直前で、上空に跳ぶ。

 …

 棍棒を、ヘリの回転の如く瞬時に何百回転も振り回して、小石を弾き飛ばした。

 私の役割りは、足りない時間を稼ぐこと。


 その間に、ルフナ准尉が、男を抱きかかえて、アリ中尉が開けた穴に逃げ込むのです。

 そうしてくれないと私が困るのです。


 アリ中尉が、壁に二撃目を入れた音が聞こえた。

 見てないけど、多分成功。

 お陰で、上空からの崩落した瓦礫はマシマシしましたけども、最早関係nothingです!

 …

 落ちながら、上空に何百回か分身の如く突きを繰り出して、落ちてくる大岩の軌道を変える。

 …

 着地と同時に倒れ込むようにして、壁に開いた穴に転がり込む。

 少しでも遅れれば瓦礫の下敷きでペシャンコです。

 …

 間一髪で私が移動した後の着地場所には、次々と崩落したコンクリート片が積み重なって落ちてきて、勢いあまり、穴の方へも転がってきました。

 私は、一回転してルフナ准尉の広い背中に当たって止まると、すかさず、ルフナ准尉が私の身体を護るようにクルリと位置を入れ替えてくれた。

 …

 何も言わないけれど…自然に私を護ろうとしてくれる優しさに、少しクラリと来ました。

 でも、…勘違いしてはいけない。

 彼に取っては、誰にでもとる当たり前のことなのよと自分に言い聞かせる。

 何となく彼が密かにモテる理由が分かりました。

 「お礼は、いいませんわ。」

 乙女の気持ちをドキリとさせた罪と相殺です。


 彼の腕の中から、照れ隠しに立ち上がると、救けられた年配の男性が展開の早さに理解が追いつかないのでしょう…キョトンとして、「娘への土産がぁ…ないない…ど、どうしよう?」と騒ぎ始めた。


 だが私の内心の方が彼よりも大騒ぎです。

 だって、本来、死ぬべきだった者が、今、生きている…。


 この事実の実感に今更ながら身体にブルッと電流が流れた気がしたのです。

 運命は、変えられるのです…それは人の力次第、人の意志次第で。

 これは、リアルな現実であることに私が理解したことへの震えです。

 そして、その起点こそは、…アールグレイ少尉?!


 …震えが止まりませんわ。


 感動なのか、畏れなのか、酷使した筋肉の痙攣なのか判別がつかない。

 運命さえ、人の行動如何によって変えることが出来る。

 そう…私達で変えてしまった。

 むむ…だが些か無理をし過ぎたらしいです。

 …

 …手脚が強張り動きません。

 瞬時に筋肉を酷使し過ぎたか、…手脚が動きそうにありませんわね。

 でも大丈夫…筋繊維は千切れてはいないし…しばし休養すれば元に戻ります…しかし、今しばらくは、この姿勢のまま動かないことが肝要。


 どうやら、他の二人も同様のようで、同じ姿勢のまま、石のように動かない。

 彼らも分かっているようです。

 おそらくながら、最低5分は復活できそうにはない感じです。

 その間に、状況が変化しなければよいですけど…。


 サンシャの微動は続いている。


 小妖精が光りを放ちながら、周りを心配そうに回っているし、おそらくあまり時間はない…だが、いまはしばし待ちです。

 私は、焦る気持ちを抑えて、精神安定のためにアールグレイ少尉のお顔を思い浮かべた。


 これで、少しは貴女に近づけたかしら?


 道のりは、長い気はしますけど、貴女は万年の白雪を被った峻険な山頂のようで、それを青藍の空に垣間見てるようで、身体の疲労とは裏腹に、私の気分は、今、上々なのです。



 

 

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