見上げれば空(後編)
その男の人の第一印象は、とにかく派手な服でした。
その印象があまりにも強すぎて強すぎて…実は顔は、あまり覚えていません。
…たしか金髪の若い男の人だったと思います。
その尊大な口の利き方は貴族…ニルギリを名乗っていたから、そうなのでしょう。
被災前ならばともかく、壁が剥がれ落ちたモノクロ感の強い被災現場において、そのカラフルな極彩色の服装は、ひどく場違いでした。
その男は、心打ちのめされているテンペスト様に向かって、こう言ったのです。
「やあ、美しいお嬢さん、其処は危ないよ。良ければ僕が側に付いて一緒に避難しようじゃないか。俺の名前はギア・ドリュー・ニルギリ。ニルギリ公爵家の次代の当主さ。」
しかも彼は、被災者の持ち物であった紙袋を足で踏み躙っていたのです。
酷い…あまりにも、空気が読めないにも程があります。
…それはまるでゴミでも踏み潰したかのように全く気にしていないのが分かりました。
だって奴は、テンペスト様だけを上気した頬をして見ていましたから。
僕には、その時のテンペスト様の表情は、見上げてみることは出来ませんでした。
…何やら怖くて見れなかったのです。
しかし、この時、何かがキレるような心象音を聞いた気がしました。
瞬間、流れ星が、弧を描くように輝きの轍を残し滑って行きました。
後で知ったのですが、この時テンペスト様が放ったのは、クラッシュ導師から直伝された[星砕き]なるパンチだそうで…全質量、全気力を、打ち出した拳に乗せてハンマーを振り回すように、対戦者の視覚外からの意識の外から弧を描く軌跡を滑らせて突き刺す…その威力は馬に乗って突貫する騎士のランスに匹敵するほどの恐るべき威力を発揮するとか…。
だだ初動が遅く、弧を描く軌道からも届くに遅く、気力が高密度になるせいか白銀色に爆ぜるように輝き悪目立ち過ぎることから、避けやすくて当たりにくく、非常に使い勝手が悪いとかで、使い所が限られたパンチだそうです。
このとき、僕が認識したことを言葉にするならば、テンペスト様から、流れ星が輝きながら発出され、それが綺麗な弧を描きながらも、いやらしくニヤけてる若い男の左頬にぶつかり、そしてニヤけたまま男の顔は歪み、ここで不思議なことに一拍置き、その一瞬後に、男は華麗にゆっくりと宙へと吹っ飛びました。
…
…その男が床へと落ちるまで誰も動くことはありませんでした…思わず目線で追っていって床に着いた時、グシャっと間抜けな音がサンシャに響き渡りました。
それほどに皆の虚をついたのです。
そう…テンペスト様の打ち出した[星砕き]は、見え見えのしかも遅いテレフォンパンチにかかわらず皆の意識の一瞬の継ぎ目を千載一遇のタイミングで突くことに成功したのです。
しかも、これは計算ではない…。
もし、テンペスト様が計算で打っていたならば、成功しなかったはず…。
見上げれば、テンペスト様は打ち出した胸元に右手を引っ込めて、その顔は酷く傷つき泣きそうな表情をなさっていたました。
それは、およそ攻撃を成功させた百戦錬磨の武芸者の表情とはかけ離れている。
まるで、武術とは縁の無い、過酷な状況に傷つき打ちのめされたごく普通の少女のようです。
その気弱そうな様子を見ていて僕は思ったのです。
ああ…もしかして、僕らはテンペスト様のことを大きく誤解しているのではないか…?
驚くべきごとに、その男は生きていました。
しかも意識があり、腫れ上がった左頬を涙目で抑えてジタバタしながら喚き散らしていました。
「こ、殺せ!シルバー!この未来の王たる玉体に傷を付けた不敬者を始末せよ!…ニルギリに逆らう者は皆ごろしだ!…いや、…待て!…その女は捕えよ。あとで俺みずから拷問し俺様に逆らった罪を反省させてやる。連れの子供や目撃者は始末してよいぞ。」
僕の意識は、ここで現実に戻りました。
血の気が引く様に現場を認識する。
貴族は面子にこだわります。
侮辱されたり侮る言動、それらに準じることをされたら決して赦しません。
ましてや傷つけられたりしたら、生命が幾つあっても根こそぎ殲滅されます。
特にニルギリ貴族は、キームンと並んて苛烈で有名な貴族と聞き及んでいます。
…まずいですよ、テンペスト様。
救いは、あの殴られて華麗に宙を舞った若い貴族が、それでもテンペスト様にご執心なことです。
どんだけ惚れているんだよ。
テンペスト様が、土下座して、一生涯を奴隷として尽くすと約束してくれれば、僕ら救かるかもしれない。
チラリとテンペスト様の表情を仰ぎ見る。
…!
ダ、ダメだー!絶対許さないお顔をなさっている。
…終わった、僕の人生終わってしまった。
ニルギリ貴族をいきなり殴ったならば、宣戦布告したのと同じだよ。
僕は、絶望感で目前が真っ暗になった。
そう思ったとき、誰もいなかった横から声がした。
「どうした坊主?もう死んだような顔して…男ならば顔を上げろ。たかがニルギリの若僧に土下座する為に、今まで生きてきた訳じゃあるめえ?ワシら鎧武者部隊50騎が助太刀致す所存よ。胸を張れ!戦じゃ。者ども陣形につけ!」
そう、横を見ると黒色鎧武者さんがいた。
黒色面を付けた奥の目が燃えているように力を漲らせている。
周りを見渡せば、他に続々と後から後から武者達がゾロゾロと集結しつつある。
…コレって、もしかして救かったのか?
希望の火が灯ったかのようだったが、前方から冷気の風が吹き込んできて、又も、僕は認識を絶望に変える。
前を見ると、そこには銀髪の執事が、こちらに歩んで来るのが見えたからだ。




