非戦闘③
尚も件の美少女の口上は続く。
「…ゴルド卿よ。ロンフェルト卿は、お主の幼馴染ではなかったのではないか?聞けば、お主の悪名を否定し庇ってくれていたのが彼だったはず。数少ないお主の理解者であり味方だったはずなのに、何故裏切ったのだ?…何故だ?お主は彼に山ほどの恩誼があるはず。生命を助けられたこともあると聞くぞ。それ程の恩人を何故に殺したのだ?答えよ!ゴルド経理部長。」
焔が舞うかの如く追及の言葉の端々に、傍目から見ていても自分が追及されたかのように感じ、居た堪れなくなる。
言われた方を、思わずガン見してしまう。
40歳くらいの恰幅のよい、白い騎士の礼服に身を包んだ男だった。
こんなにも追及されても表情を崩さず、みじろぎもしていない。…まじか?
本当に何も感じていないのか?
どう見ても特別なところが何もない普通のオッサンなのに。
だが、美少女が言うのが本当ならば、こいつは、とんだ悪人に間違いない。
「…何のことだか分かりませんなぁ。…それよりも誰だが知りませんが…キャンブリック姫殿下に似たお嬢さん、ご自分の身の危険の安全を考慮した方が良いのではないかな?ご両親は何処に?此処は悪の巣窟サンシャですぞ。お一人のようだが…危ないですぞ。此処では何があってもおかしくはない…そう、何があったとしても。」
まるで普通のオッサンが、勘違いして非難してきた少女を諭すような言動である。
それに後半脅し入ってないかい?
ワシは遠目に見ていたが、元々少女へ先に声を掛けていたのは、この男である。
それに知らぬ存ぜぬと言いながらナンタラ姫殿下と名前出しとるし…絶対知ってるだろう。
だが自分が不利となると、アッサリ堂々とシラを切っている。
…こいつ、スゲェ。
なんて、ふてぶてしい面の皮の厚い男だ。
ワシの直感だが、少女の方は、その見た目、挙動、雰囲気、聡明そうな言動から、勘違いなどしそうにはない。
聞く者に…緻密な調べに基づいた言動ではないかとの印象さえ与える。
すると、こちらの一見して普通な見た目の、少女を心配そうな物言いをしてる騎士の言動や表情が限りなく嘘臭い。
だとしたら…
この普通で平凡な処が、ワシにはとても怖ろしく感じる。
男の韜晦した言動に、流石にイラっとしたのか、少女は名乗りを上げた。
「私の名はキャンブリック・アッサム。アカハネ辺境伯爵の次子である。お主とは何度も会っているはず…しらばっくれるのもいい加減にするがよい。」
少女が怒り声で宣言しながら無い胸を張り、右手の人差し指を男に突きつけた。
ゲゲ…アカハネ領のアッサム辺境伯爵と言えば、北の護りの要、銀狼騎士団を有するアッサム都市王に連なる武辺寄りの五公に準じる高位貴族である。
…正直、あまりお近付きになりたくない。
それよりも烈火の追及にオッサン騎士の方が全く動じていない。
まるで、本当に関係無いかのように泰然としている。
な、なんなんだ、この男は?
そこに空間が歪むかのような気持ち悪さを感じた。
「…知りませんなぁ。それより、こんな場所にアッサム辺境伯爵様の姫様が一人でいるわけがございません。そして我が領の姫様の身分を騙る不敬者を…発見してしまいました。これは伯爵様に仕える騎士団の一員として捨ておけませんなぁ。…ニルギリ様も、そうお思いでしょう?貴族騙りの罪は、断罪か絞首が通例…よろしい、幸い此処に貴族格の者が三人います。私、銀狼騎士団役付騎士ゴルド・ホップの名により簡易裁判を提起し、この少女の貴族騙りの罪を起訴致します。幼きとはいえ主君の次子様の名を騙る不届き者には、断首か絞首の罰が相応しい。求刑通りの罰に賛意の者は?」
白色の礼服の騎士は、そう言うと当然のように自分から片手を上げた。
え?え!…騙り?絞首?…この男は、いつの間にかサクサクと目前の少女を亡き者にしようと話しを進めている。
「ふむ…良かろう。ゴルド殿とは同盟を結んだ間柄だ。味方しようではないか。」
若い貴族の男が、しばらくしてから右手を挙手した。
騎士の男は、自分の護衛のアントワネット准尉を見て、彼女が全く動きを示さない事を、しばらく見て確認すると…少女に振り返り、判決を言い渡した。
「賛成2、棄権1、よって被告人は死刑。アントワネット・エぺ准尉殿、処刑の執行をお願いできますかな?」
「…それは私の仕事ではない。お断りする。」
間髪入れずの断りを予想していたのか、男は、困った風を装い、若い貴族の男を見た。
…それにしても酷い。
この若い貴族の男の服装センスは最悪だ。
見れば見るほど派手過ぎて、目がチカチカしてくる。