時は刻む
鎧武者さん達には、サンシャ内を手分けしてキャンブリック殿下を探してもらう為に散ってもらった。
僕は、クゥクゥ寝ているルーシー君をおんぶして、サンシャを移動中である。
クニャリと肩の力が抜けていて、元々軽いのが更に軽く感じる。
幸せそうな寝顔なのに、起こすのが偲びなく背負ってる次第であります。
子供の体温は高いので、とても背中が暖かい。
寝息が耳元を吹き抜け、多少くすぐったくもある。
ああ…これは、幸せの重みだ。
現世の僕らを継いでくれる未来への重みです。
大切に育み…幸せになって欲しいと願う。
…仇名す者どもは許さない。
其に相応しい懲罰をくれてやる。
僕は、…怒っているのかもしれない。
ただ、怒りよりも哀しみが先行している。
何故、いつの世も、小さい子供らが大人の身勝手な欲望の犠牲にならなければならないのか…?
…
考えるだけで、哀しくて…それが悲しくて、涙が出て来そうになる。
だけど、僕が泣くのも違うと思うのだ。
泣いたら、其処で終わってしまう。
本当に泣きたいのは、犠牲になった子供達の方だ…ルーシー君のように。
だから、僕が泣くのは今ではない。
ルーシー君が幸せになったら、嬉し涙を流せばよいのだ。
…
サンシャ内は、偶に小妖精がフラフラ飛んでて、ピリピリした緊張感と比例して若干の花の香りはあるものの…暫しの余裕はある感じです。
でも、この場にはいたくない感…サイレンが鳴り続け、赤色の危険色が辺りを照らしている感じはあるので、あと数時間くらいで何かが起きるのは確実。
僕の危険察知力には定評があります。
うんうん…僕の弱さを舐めるなよ。
この手の危険察知を、今まで外したことがない。
弱いと、この手の能力が高くないと今世の世界では生き残れないのだ。
うーーん…この嫌な感じは説明し難いが、噴火間近の噴火口近くに未だいる切迫感に似ていると説明すれば、分かってもらえるだろうか?
そもそも勘だから何の根拠もない。
だが、…理屈ではないのだ。
世の中、理屈で説明できるのは易き出来事で、ほんの一部分に過ぎない。
誰か何と言おうと、僕は自分の経験と勘を信じる。
これは、正しいとか正しくないとか、悪いとか悪く無いとかの正不正、善悪、差別、あらゆる概念は関係なく、僕の意志と決断が第一に優先する。
何故なら賭かっているのは、僕自身の生命だからだ。
そして僕の命の行き先を決めるのは、他人ではなく僕だから。
僕の行動決定は根拠の有無に関わらない。
もし、それで難癖つけて、僕の行動を決めようとする他人がいたら、…ぶっ飛ばす!
今世では、そう決めている。
何故なら僕の意思の主人は、僕自身だからだ。
それは譲ることは出来ない…何よりも第一優先の僕の中の掟。
もし、それを譲るとしたら、僕が奴隷に落ちると言うことで…それは最早生きているとは言えず…まさにアールグレイが死ぬときだ。
概念や他人の思惑に縛られて生きるのは、前世で十分過ぎるくらい堪能した。
…もう嫌なのだ。
浅はかで見え透いた他人の思惑に踊るのは。
だからこれは、僕なりの控えめな奴隷解放宣言かもしれない。
自己の思惑を他人に強制してはならない。
当たり前だ。
その事自体、人に対する尊重や配慮が欠けている。
いったい自分のことを何様だと思っているのか?…傲慢に過ぎる。
そもそもルールを作るのも従うのも、自分自身が決めるべき事柄…他人の領分を侵してはならない。
それは、知らなかったでは済まされない罪。
罪禍を積むに似たる行為。
相応の報いを受けよ。
…ルール無用と主張してるわけではないよ。
それでは、唯の無法者の犯罪者です。
…そうではない。
自分で世のルールを作れるならば、畢竟それでも良いが、前世では、実情ままならなかった。
ならば、承認するか、関わらない状況にするか、利用するか…とにかく自分で吟味して、決めるしかない。
理不尽なルールには従わない…そのための不利益は享受はしないが理解はする努力はできる。
それは公共の福祉のためのルールを、自分が破ってしまったから、理不尽と決めつけて従わないこととは根本的に違う。
それでは唯の浅はかな自分よがりの我儘です。
真剣に公正に考えれば、恥を知っていれば、そんな発想は出て来ないはず。
もっとも前世は一般人をして、理解し難いようなルールが複雑化してたけど…朝三暮四の複雑適応系です。
もはや思惑が入り混じり過ぎて迷走してる感すらありました。
どの様な主張でも、反対の主張だとしても理屈は如何様にでもつけられる。
遥かに昔、明かりの点滅を、点滅と看做さない解釈を読んだことがあるが、アキレスと亀を彷彿させる屁理屈ぶりでした。
屁理屈を持ってすれば、全く逆の解釈も成り立つことを知りました。
そしてそれが横行している情け無い事実。
因みに屁理屈はあくまでも屁理屈で、理屈とは真逆のもの別ものです。漢字の一部に理屈の文字が付いてるからと言って、似てるものと勘違いして混同してはならない。
屁理屈は理屈ではない。
強弁や欺罔に近い概念です。
現世では、世の中に実力至上主義が浸透してるので、ルールや概念で縛られるのは稀です。
ここらへんは、概念のせいで超古代に人類がほぼ滅亡しかけたので、トラウマになっているのか政府でも危険Wordを指定して、概念による思考誘導を横行させないよう超厳しい。
その代わりに実力で妨げが入りますが、それは勝負して決めるしかない。
戦うのも逃げるのも自由ですから。
厳しい世界だけど、嘘誤魔化しが横行している前世よりかは遥かにマシな世界であると思う。
これを成長していると見れば、一回滅び掛けた甲斐もあったのだろうか…?
愚かなるもの、汝の名は、人類。
霊長類か…よくもまあ恥ずかしげもなく名付けたものだ。
…
話しを元に戻します。
至急ではないが、急いだ方が良いという結論です。
ならば、サンシャの管理者にも一言あるべきだろう…と考える。
知っているのに、聞かれないから管理者に教えないのは不実です。
少なくとも公正ではない気がする。
サンシャって、頭は誰だっけ?
脳味噌を捻り、記憶を掘り出す。
むむ…だが、たしか…サンシャは多頭制をとっていたはず。
ああ…そうだ。9人の実力者による合議制だ。
…思い出しました。
悪の巣窟と言われているのに、意外と民主的だと覚えていました。
しかも、実力制度を採用してるから、かなり流動的です。
これは如何したものか?
でもしかし頭9人を探して話している暇は無い。
一人だ…話すならば一人で、出来ればキャン殿下の捜索の手伝い、又は許可、若しくは最低限、黙認はしてほしい。
…
僕が、今向かっているのは、地下1階中央広場です。
サンシャのど真ん中で、捜索に散った皆の連絡を待つのです。
キャン殿下を発見したら、現場に直ぐに駆けつけられるようにと、黒色鎧武者さんから説得されました。
早歩きしながら、端末からダージリンさんを呼び出して、状況を報告する。
ホログラムに映し出されているダージリンさんのいつもと変わらぬ笑顔を見てホッとする。
よし!…相談しよう。
僕は、不得手な分野は、構わず他人に頼る。
目的達成の為ならば、余計なプライドは捨てる。
誇りや矜持は役に立ってこそ。
役に立たなければ躊躇なく棄ててよい。
…
…答えは直ぐにでた。
流石、ダージリンさん。
サンシャの実質的な施設管理者は、昔から決まっていると言う。
それは、現在第三席の[橙の精霊]ハロウィン・ティンカー・ベル伯爵だという。
しかも、既にギルド員が接触中であるという。
ええ?!…いつの間に?
この打てば響くような…まるで未来を予知してるような対応には流石にビックリしました。
偶然にも、ティンカー・ベル氏から今現在、依頼を受けてるというのだ。
ぐ、偶然ですか?
うん、まあ、そんなことも有り得るかも…でも凄いのは、それを把握しているダージリンさんです。
どれほど有能なのですか?
でも、価千金の情報です。
しかも、今、地下1階の中央広場付近にいるらしい。
…重畳です。
ツイているのか?…果たしてダージリンさんの掌の上で転がされているのか分からないけど、僕のために未明から働いてくれているダージリンさんには、もう頭が上がりません。
しかも、応援も手配中で既に何人かサンシャに入りこんでいるとか。
僕は、早歩きしながら[百足]から脱退した鎧武者部隊50人が捜索に協力してる旨を話した。
…アピールです。でも事実だし。即時に動いてくれた彼らの行動は評価できる。
ダージリンさんに話しとけば、何とかしてくれる感がある。頼りになるからね。
しかし、僕にはもう既に過剰戦力な気がしますが?
だが、ダージリンさんによると、まだまだ戦力が足りないとか思案顔をしている…いったい彼女はこの先に何を想定しているのか不安になるが、…なる様にしかならないと腹を括る。
この感覚は、前世から飽きるくらい経験してるので慣れてしまっている。
最早超ベテランです。
むむ…嫌な慣れ方だなぁ。