戦いの後先
僕の名前はアールグレイ。
悪の巣窟と噂されるサンシャにキャンブリック殿下の救出に来ています。
あれから、青色鎧武者のお兄さんから平謝りされたり、同じく赤色鎧武者のお姉さんから、「馬鹿な弟の生命を救けてくれてありがとう。」と言われたりで、困惑してる次第であります。
他の武者さん達とも、すっかり意気投合し仲良くなりました。
さっきまでの殺伐とした敵対関係がまるで嘘のよう。
…でも、まあ戦った後は、今までも結構仲良くなる経験あります。
逆に、仲悪くなった例もあります。
いったい何が違うのか?
ふむふむ…考えるに、これは戦った相手を尊重出来るかどうかだと思う。
戦いほど、相手を理解できる方法はないと思う。
生死を懸けた戦いであるならば、そこにその人の為人が全て反映されてしまう。
嫌でも理解してしまう。
つまり、そこで尊重できるものがあるならば、敵なれど一定の信用を得て仲良くなれるし、逆に自分が軽蔑するような戦い方をするならば、仲良くなれようはずもない。
要は、相手を認めるか認めないかだ。
もし相手が自分よりも強ければ認めざるを得ない。
その点で、強さとは相手に対し最大限に有効な手段には違いない。
しかし、強さとは、単に力が強いだけとは限らない…。
表面的な強さではなくとも、相手に認めざるを得ない何かがあれば、少なくとも交渉の余地はあるものだと考えられる。
…そこまで、膝の上のルーシー君の頭を撫でながら、つらつら考えこんでいたら、鎧武者の皆んなが僕を注目してることに気がついた。
そう言えば、鎧武者さん達は、仕事で僕を襲って来たんですよね?なのに、こんな和やかに談笑していて良いものなのだろうか?…既に、僕への討伐は諦めていると思いたいが、そこら辺どうなのだろうか?聞いてみた。
「いやいや、暴風殿、ご案じ召されるな。わしらは既に負けを認めておる。今回の作戦は失敗よ。…だがこれはワシらのせいではない。暴風殿の実力を見誤った執行部の判断ミスよのう。過信と怠慢…自業自得よ。だいたいが強さの象徴の[騎士級]に対して、たかだか一個中隊規模では甘い…甘過ぎるわ。漫然と受注した受付の怠慢じゃ。更にそれを見逃した上司の弛みきった希薄な責任感、それに見もしないで了承を与えた執行部のポカじゃわい。毎度毎度そのツケを支払う現場の身になってみろ。なんでもかんでも面倒事はスルーで現場に流しおってからに。受注から現場までチェック機能が全く働いておらんし…ここまで酷いとワザとしか思えん。これで給料は、内勤とあまり変わらず、早朝から出勤してるにも関わらず、その分の手当も承認しない。勤務時間内でやれと来たものだ。勤務時間内で出来ないから早くきてるんじゃい。そのくせ自分は勤務時間の定時でキッチリ帰る。巫山戯るんじゃねえ。お前の早くしろという指示で、部下が夜勤明けで夜まで残って頑張ってるというのに、労いの言葉もなく、残業代まで承認しないなんて、こんな理不尽な話があるかぁー!」
黒色鎧武者さんが、激昂したように吐き捨てると、武者達の随所から、賛意を表す声が上がった。
「そうだ、そうだ!」「くたばれ、執行部!」「給料上げろ、休みくれ!」「[暴風]ちゃん、超可愛い!」
うんうん…そうだよねって、え?何やら妙な賛意があったけど空耳?
うーーん、それは酷いなぁ。
前世では、それって全然当たり前のことだったけど。
しかも、体調不良になると根性が足りないなどどドヤされたけども。
…今は無き懐かしい世界の思い出です。
もう、滅びてしまったからねぇ。
だがしかし、今世ではこの手の理不尽は根絶したものと思ってましたが、まだ、あるとこにはあるのですね。
…そんな奴ら人として許せないデスね。
(YOU、やっちゃいなよ!…クスクス。)
突如、無責任な唆しの声が聞こえてきた。
むむ…この小さな鈴のようなクスクスの笑い声は、小妖精ですね。
周りを見渡せば、小さな光りが舞うように幾つも飛んでいる。
そう言えば、新鮮な花の香りが鼻につくことに気がついた。
鎧武者さん達は、気がついていない。
もしかしたら、香りぐらいには気づいてるかもしれないけど、小妖精は見えてないだろう。
[精霊の眼]を身に付けてなければ、人外の彼女らを見ることは叶わない。
…かなりの数が乱舞している。
これって…異なる世界が擦り合わせるように重なっている?
もしかしたら、この場所は、ちょっと危険かもしれない。
妖精が住まう…仮に精霊世界と名付けるが、その世界と現世とがたまに星の運行上、重なり近しくなる時があるのだ。
前世でも、もしかしたらあったのかもしれないけど、経験したことはない。
だが、今世では割と頻繁にある。
実は、僕、昔に経験済みです。
異なる世界がぶつかり合わないまでも擦り合うほどに重なるのだ…これは絶対何かしらリスクがあるに違いない。
そして、まず慣れてない者は、異世界の空気に酔う。
普段冷静沈着な黒色鎧武者さんが、激昂してるのも多分これのせい…でも言ってる内容は嘘ではなく本当だろうから、酷い話しには違いない。
そんな組織など潰れた方が世の為人の為だと思う。
(だ・か・ら、YOU、やっちゃいなよ!)
(やっちゃえ!やっちゃえ!)
あいも変わらず無責任な唆しの可愛らしい声が聞こえてくる。
…
少しうるさい…そして、もしかしたら鎧武者さん達に悪影響があるかもしれない。
僕は、右手を天に突き刺すように掲げた。
「白掌!」
白い神気が、僕の右手を中心にして渦を巻く様に拡散していく。
小妖精達の小さな悲鳴が聞こえ、花の香りが消えていった。
これは小虫に殺虫剤のスプレーを掛けたに似ている。
因みに小妖精は案外しぶといので、これくらいではダメージは負わない。
清浄すぎる神気を嫌がって逃げ出しただけだ。
風にあおられ、香りが散乱するも、鎧武者さん達も「これは如何に?」「如何に?」「あれ!如何に?」と少し騒がしい。…惑わされて混乱してたみたい。
しばらくして風が収まり、周囲が静かになった。
しかし、これはマズイなぁと感じた。
世界の重なりは、変動の兆しである。
互いの世界に影響を与え合うのだ。
…
…よし!触らぬ神に祟り無し。
早急に、キャンブリック殿下を見つけて、この場から避難しなくては!
でも、searchで効果無ければ、もはや人海戦術しかない。
ああ、誰か手伝ってくれないかしら…?
せめて、僕に一個中くらいの人員があればなぁ。
こんな時に、ソロは本当に困る。
僕に分身の術が使えればと思うが、無いものねだりは先には進めない。
ギルドから応援を呼び寄せていたのでは、多分…間に合わない。
ああ、今、此処に僕が使える一個中隊50人位の人員があれば良いのに。
だが、世の中、そんな都合の良い話しはない。
そんなことを考えながら、ついぞブツブツと声に出してしまって居たらしい。
気がつくと、鎧武者達の皆さんが僕をジッと観ている。
ん?…その真剣な面持ちが、ちょっと怖いです。
「[暴風]殿、…何やらお困りのご様子、我らが役に立つのなら、是非、その任務、我らにお手伝いさせてくだされ。」
黒色鎧武者さんが、膝をズイッと近づけて、声を掛けてくれた。
え!…いやいや流石に悪いよ。
さっきまで敵対してたのに…僕が勝ったのを良いことに無理強いしてる感じがする。
それに傭兵を、タダで使うわけにもいかないし、そこら辺の料金、契約関連もナアナアにすべきことではない。
でも、今回結構、時間が切迫してる感がある。
この切迫感は予感だが、直感を蔑ろにするべきではない。
だから鎧武者さん達のお手伝いは意識外だったが正直言って申し出はありがたい。
どうしよう…?
僕が、そこら辺を正直に言うと、黒色鎧武者さんが更に正直に事情を話し出した。
「いやいや、[暴風]殿、実は正直言うと我らにも思惑がありましてな。所属してる[百足]を、我らたった今脱退したのじゃ!…現場の我らを蔑ろにする今までのあまりの仕打ちに、とうとう堪忍袋の緒が切れ申した。…まあ、実は前々から考えていて話し合っていたのじゃがな。先程、何やら良い香りがした時に憤りが突然湧いてな。それで決心して、たった今、退職届を全員端末から出してしまったのじゃ。…わはははは。もう後戻りはできん。じゃから今の我らは無職じゃ。だが我らも生活していかなければならん。そこでな…[暴風]殿のようなお方が所属する冒険者ギルドだったら、次の職場として信頼できるに違いないと考えたのじゃ。もし運良く就職できたら、[暴風]殿は、我らの先輩、故にいろいろとご指導ご鞭撻をお願いしたい。宜しくお願いします。」
黒色鎧武者さんは、そう言うと僕に向かって土下座した。
後ろの約50人皆共が、復唱してそれに倣う。
ああ…実に壮観な景色です。
この様に頭を下げられたら…是非もないです。
職に困っているのは本当だし、溺れるものは藁をも掴むと言うから、今回その藁がたまたま目の前にいた僕だったのかもしれない。
…正直に心情を話してくれた…悪い人達ではない。
つまり、今回お手伝いしてくれるのは、職場の斡旋の御礼の先払いと言うわけですね。
僕からしてみれば、切迫した気持ちなので是非手伝いは欲しい。
…
色々考えたけど互いの思惑は合致している。
今日初めて会ったけども、黒色鎧武者さんらの為人は、信頼できると思う。
要は職場を紹介すれば良いのだろう。
それほど負担にはならないし、何より僕は職場の先輩で、彼らは、もし入ったならば後輩に当たるのだ。
ならば僕がお世話するのは当然であろう、仲間になるのだし…。
「いいでしょう。お手伝いお願いします。」
うんうん、ならば未来の後輩らに遠慮しないでお願いしちゃいましょう。
僕も、皆に倣ってペコリとお辞儀を返して、僕がサンシャに来た目的を話し始めた。