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アールグレイの日常  作者: さくら
アールグレイの救出
374/621

silver

 私は、物心ついた時から孤児であった。

 父母の記憶はない。

 

 子供の頃は、暖かい言葉を掛けられた記憶も、暖かなスープを飲んだ思い出もない。

 いつも腹を空かして灰色の空を眺めていた。

 生き残るのに必死だった。

 だがその一方で、いつ死んでもどうでもよいと思っていた。

 くだらないくだらない何もかもがくだらない。

 この世界は誰かの都合の良い誰かの世界で私には関係無い。

 だからいつ潰れてても消えてもかまわない。

 こんな世界など無くなってしまえばよい。

 この灰色の空が嫌いだ。


 孤児院では、カラーネームで呼ばれた。

 貴族がミドルネームに良く付けることから縁起がよく、考えることなく安易に付けられることから、孤児に付けられることが多い。

 ふん、ナンバーネームよりかはましかもしれない。

 そんな私に付けられた名前は、シルバーだ。

 おそらく髪の色から付けられたに違いない。

 なんて安直な発想なんだろう。

 付けた者の心の貧困さが分かるような名前の付け方だ。

 だが、その名前が私の一生の名前となった。


 おそらくながら私には武の才能があったのだろう。

 誰に習うことなく身体を上手く動かすことで、障害となる者を倒すことが出来た。

 言葉で脅し騙す者も、衆に威を借りる者も、私に縋る者も現れたが、一切関係無かった。

 全てが立ち塞がる枝葉の如く、切り裂いて倒すまでのことで、煩わしいだけの邪魔物を取り除くだけであった。

 しかし、枝葉は取り除いても取り除いても次から次へと、私の前に立ち塞がった。


 …なんて、煩わしく面倒なのだ。


 おそらくは永遠に終わらないのだろうか…ならば全部を無くしてしまえばどうだろうか?

 生きることに執着はなかった。

 

 15歳になり、孤児院を追い出され、灰色の空を見ながら、そう思った。



 …



 そんな時に勧誘を受けた。

 ニルギリと名乗った可笑しな男だったな。

 「どうだい?俺の処に来て、執事の真似事をして、偶に来る蝿を追い払ってくれるだけでいい。あとのことは任せろ!」

 何が可笑しいのかニコニコとよく笑い、人の身の上話しを聞いては泣く感情に起伏のある男だった。

 食べては美味いと喜び、新しいものを見ては感動に打ち震える。

 見てて飽きない、何て忙しい男だ。

 そう言えば、私のつまらない人生話しを聞いて泣いたのはあの男だけだったな。


 …フッ。


 たしか、その返答は、大分経ってからニルギリにした。

 「…世話になる。」

 ある日、戦いの最中に、ニルギリの誘いの言葉に得心がいき、返答したら、大笑いされた。



 以来、数十年、この男の側で執事の真似事をしながら過ごした。

 空は相変わらず灰色だったが、この男の側ならば、この世界があってもよいと思った。

 

 …



 いつしか時は流れ流れて、ニルギリに子供が出来て孫が産まれた。

 私は、常に独り身だったが、ニルギリから長年の貢献の褒賞としてギーツという家名を貰った。

 ギーツはニルギリの故郷の名前だという。

 …

 …

 そうか…ならば、名を継ぐ者が必要か。

 貰った家名を存続させなければな。

 次の日に、孤児院から養子を貰ってきたら、ニルギリが呆れた顔をしていた。

 どうも、ニルギリの思惑とは違っていたらしい。


 

 刻が緩やかに過ぎ去っていく。



 ニルギリの周りは平穏であった。

 たまに慌ただしい時期もあったが、概ね平穏で満足できる生活であった。



 静かに静かに刻が過ぎていく。



 …




 ニルギリは、変わらず笑い泣き喜び悲しみ…人生を謳歌していた。

 なんてせわしない忙しい男だ。

 ニルギリの家族達は皆仲が良く幸せそうであった。

 その中心には、いつもニルギリがいたんだ。


 その光景の一隅に私がいた。

 ニルギリが私の方を見て手招きしている。

 ああ、まただ、…この男は余計な気遣いをする。

 私の位置は、ここで良い…ここが良いのだ。


 私は、おそらくは人として、何かが欠けているのだろう。

 そして、本来ならば、私はこの世界には不必要で要らない因子だったのだ。

 それが何かの間違いで、生まれて生き残ってしまった。

 そんな私が、この歳までこの世界に居続けたのは、この男に出会い、居場所を提供してくれたに他ならない。


 他人には何も感じない私だが、ニルギリには謂わゆる一宿一飯の恩があると、理屈で感じられた。



 …


 


 元気であったニルギリが突然倒れた。

 …心臓の病であるという。もはや余命いくばくもない。

 枕元に呼ばれた。


 ニルギリは今日中にこの世を去るだろうことが顔色から分かった。

 ニルギリの顔に、死の影が見えたのだ。

 この影が見えた者達は、今まで全員が死んでいった…例外はない。


 私が処分して来た者達も、全員この影を宿していた。

 だから躊躇なく処分した。


 「ニルギリ、お前は今日死ぬ。さらばだ。」

 孤児院から養子にした子も、私が育てなくとも勝手に大きくてなり、今ではニルギリの子の執事として仕えている。

 懸案事項は無い。

 ニルギリが死んで、この世界から去ったら、私の居場所もここからなくなる。

 永らくいたこの場所からも終にお別れだ。

 ニルギリが残したものに迷惑が掛からぬよう未踏のタンザニア山嶺にでも行くか…。


 そしたらニルギリは笑ってこう言った。

 「変わらねえな…おまえは。だが、おまえはそれでいい。しかし契約はまだ終わってないぞ。…孫のハーネスの執事になってくれ。あの子は俺の資質を色濃く受け継いでいる。平和な治世ならばまだいいが、これから激動の時代が来る。乗り切る武力があの子には足りない…あの子の側にいてくれ。居てくれるだけでいい。」


 「………。」

 私は、返答をしなかった。

 しばらくしてニルギリは、家族に見守られながらこの世を去った。

 満足そうな死に顔だったという。



 …



 街を一望に見える小高い丘から、灰色の空に昇っていくニルギリの煙りを眺めていた。


 すると、いつの間にかニルギリの孫のハーネスが私の脇に立っていた。


 ああ…この子ともお別れだな。


 既に出発の準備は出来ている。

 旅立ちは早い方が良い。


 「どう?私の処に来て。執事の真似事をして、偶に来る蝿を追い払ってくれるだけでいいわ。あとのことは任せて!」

 ハーネスは、舌足らずな声で、私に生意気そうにこう言ってきたのだ。

 …

 こんな小さな子が自分の意志で言葉を思いつくはずがない。

 おそらくは、生前のニルギリの指示に違いないだろう。

 だが、その顔が、若き日の初めて会ったニルギリの顔と重なった。


 …ハーネスは、さも言い切った感で、自慢そうに満足した顔で、こちらの返答をいまかいまかと待っている。

 だから、私は、こう答えてやった。


 「…世話になる。」


 何故ならニルギリには一宿一飯の恩があることを、今、思い出したからだ。


 だから、…もう少しこの世界にいてもよいのだろう。


 





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