ニルギリの後継を名乗る男(続編)
サンシャには車ごと入り、駐車場で止めて階段で上階に上がった。
…
執事のシルバーが俺の後ろに付いて来るのが分かる。
奴は、オーラを漏らさぬようにしてるのだろうが、逆に圧縮された浸透圧みたいなモノの雰囲気が後ろから感じられて、寒気さえ覚える。
超古代に存在した世界を滅ぼす核弾頭が、俺の直ぐ後ろを歩いて付いて来るような感覚…正直言って恐ろしい。
こいつが味方で、本当に良かった。
我が妹は、いつもこんなのと一緒にいて、精神的に大丈夫なのだろうか?
…心配で不安になる。
…いや、女はか弱そうに見えて案外図太い。
小さい頃は、可愛いかった妹も成長して、大人に近づきつつある。
あと数年もすれば立派なレディへと変貌し、他家へ嫁いでいくに違いない。
兄としては些か寂しくはある。
むむ…すると俺の後を、足音もせず付き従っているこの男の去就は、その時どうなるのだろうか?
「…………。」
この男は、無駄口をたたかない。
だが今でも、なにもしないのに後ろから冷気が吹きつけくるような威迫に寒気がしてくる。
寒々しいブリザードの幻聴が聴こえるようだ。
階上に上がり、商店街区に差し掛かると、その効果を感じられるのは俺だけではないのが分かった。
…その威力は絶大。
チンピラ如きは、遠巻きにみて近寄りもしない。
これは、生き物の生存本能に直結したものだから、奴らも馬鹿なりに危険を感じられるのだろう。
…
サンシャは、流石に悪の巣窟と言われるだけあって高レベルの悪人との遭遇率は高い。
しかし、そんな彼らも俺の後ろの存在を認知すると、ギョッとした顔をして、ソソクサと逃げていく。
!…わははは…凄いぞ。
まるで俺が圧倒的な強者の雰囲気を纏っているようで気持ちがよいわ!
わははははは。
その原因は俺ではないが、今のシルバーの主人は俺だから、この状態は、俺の力と同一視してもよいのだ。
これぞニルギリ家の力よ。
ふふん、サンシャの愚民どもよ、未来の王者の御幸であるぞ。俺の威光にひれ伏すがよいわ。
…
待ち合わせの時間には、まだまだ余裕。
調子に乗って、シルバーを連れて地下から地上三階部分の店舗を練り歩く。
悪人面の者どもや、その集団さえも、畏れ慄き逃げていく様が、自分が偉くなったようで超気持ち良い。
自然と胸を張り、顎先が上向きになる。
…いや、偉くなったようではなく、実際に俺は偉いのだ。
何故ならば、俺こそはニルギリ家の次代の公爵。
そして、ゆくゆくは都市王となる男だからだ。
むろん、驕ることなく、謙虚であることを忘れない。
だが実際の話し、有能な俺には、諫言は無用であるかもしれんな。
…
サンシャ内を、見て回って気づいたが、他では売っていない物や物量の多さに内心驚く。
建物内は外と変わらぬくらいか、それ以上に明るく、空調が効いていて、快適だった。
ムゥ…正直俺は、来て見るまではサンシャを侮っていた。
てっきり古臭い壊れかけた廃墟で、不衛生で貧困な住人しか住んでいないものと思い込んでいた。
だが実際には、小さな城よりも豪勢で、通常の街より快適で環境が良い。
その証拠に、途中すれ違う余所者は皆、護衛や案内人がついたトビラ都市でも裕福な上位の者達だ。
それは服装だけで判断できる。
…
自分の姿が気になり、壁に備え付いている鏡で、通り過ぎ様にチラリと見る。
…わるくない。
やはり、今日は特に見栄えが良い服を選んで正解だった。
上品かつエレガントで、動き易い服を選んで着てきた。
他人は、外見で判断する。
初めての会談ならば、尚更だ。
初見で、内心の善し悪しなど分かろうはずがない。
もしできたら、そいつは御伽の国にいる超能力者だ。
極稀に「人を外見で判断するな!それは差別だ。」と言う滅びた超古代に存在しそうな馬鹿者がいるが、いったい外見を見なければ何処を見るというのだ?
差別という危険言葉を安易に使っているあたりに教養の無さが伺える。
人は外見が10割であるし、内心は外見に必ず現れる。
これは、俺の持論である。
だからこそ俺は自分自身の外見を疎かにしない。
第一に、会う相手に対し失礼ではないか。
相手や状況に相応しい装いをするのは、貴族の嗜みである。
俺が外見を着飾るのは、俺の義務でもあるのだ。
ビル上部の住居部分や事務所を除いた下部、地下の商業施設を周り、点検確認してから、良い頃合いの時間になったので中央広場に戻って、広場に設置されたカフェに陣取る。
…
中央広場は、上階まで天井がぶち抜かれて、滝が流れていた。
むむ…これは、なかなかインパクトがある。
建物の中に滝を設置するとは、派手な発想が良い。
これは、きっと父上好みだ。
建物内にワザワザ何故に滝を造るのかなどど聞くのは無粋である。
また将来の王者として見聞を広げることも大切である。
この一事を持ってしても、来て良かった。
やはり…俺という男は前線向きに違いない。
現場で能力を発揮する男なのだ。
…なあ、そう思うだろう?
…
そうこうしてるうちに、アカハネ領の騎士団員らしき男が近づいて来た。
仕立ての良い白を基調とした衣装を身に纏っている。
…
あれは、たしかに銀狼騎士団の装束であるな。
…式典で見た覚えがある。
だとすると、この男が今日の待ち合わせの相手の騎士団の経理部長であるか?
身体付きは大きく恰幅が良い。
だらし無くはなく、良く鍛えていることが一見して分かる。
だが、それでも…騎士としての威迫はない。
俺は、生まれや職業柄、騎士や騎士格の者達を見る事が多い…彼らにはシルバーには及ばぬまでも独特の武威を纏っている。
この男からは、それが感じられない。
銀狼騎士団は、北を護る要、実戦派の騎士団であると聞いていたが…?
だが仕立てた服の生地は良く、本物の一流と分かる仕立てである。
遠間から観察を続ける。
…ふと、経理部長が連れている若い女に目がいった。
…
…冒険者ギルドの制服を身にまとっていた。
しかも、これは…レッドの制服だ。
ギョッとするが、俺の後ろには最強の執事が控えていることを思い出して、安心する。
ギルドのレッド…護民の騎士…その強さは一騎当千。
最強の強さを誇る騎士団の騎士の強さをも凌駕する。
化け物なみの強さで個として最強、アンタッチャブル…様々な噂話から分かるのは、敵対してはいけない存在と言う事だ。
…
唾を飲み込み戦々恐々とそのレッドの女を観察する。
…
女にしては、大柄だが逆にそれが豪華で上品華麗な雰囲気を醸し出している…この女は貴族だ…間違いない。
それも美人でプロポーションも抜群、顔つきも派手でキツいのに、所作が柔らかで物静かな印象を与えるのが魅力的である。
豪華で輝くような金髪を、腰まで垂らしているのが女らしく感じるのに武張った制服とのコントラストが印象に残る。
貴族として一流の教養を受けながら、騎士なみに強くて、更に華麗な女らしい魅力的な外見を為している…まさに貴重な値千金の女を、この平凡な男が引き連れているのだ。
…溜め息をついた。
いかんな、俺もまだまだだ。
外見で判断すると言いながら、まだ見抜けていなかったのだ。
言わば、この男は、執事のシルバーを引き連れている俺みたいなものだ。
もっとも、俺自身はこの男と比べられないくらい生まれも能力も見目形も遥かにゴー☆ジャスだがな!
俺は、この男とは違う。
だが、超一流の女を引き連れてるほどの力があることは、認めようじゃないか。
俺は寛容で謙虚だからな。
有能さは人の数ほどの種別がある。
他人の有能さを認めぬほど俺は狭量ではない。
俺こそは、あのニルギリ公爵の血筋を受け継ぐ者だからだ。
近づいて来た経理部長と目が合う。
一流は一流を知るものだ。
まあ、俺は更にその上をいく超一流だがな。
…この会談は、お互いに益のある会談になりそうだ。




