奴隷契約
あいつがいなければ、全てが上手くいっていただろうに…。
あいつが指摘しなければ、今も…上手くいってたんだ。
あのときのあいつの、子供の言葉が浮かびあがる。
「若輩の身なれど、私見を申し上げます。これは概念変質ではないでしょうか。公共の為と大義名分を掲げ、契約と呼称しながら、事実上、他者に強制をして契約の名で縛りつけて利益を吸い取る。しかもその対象は自らの都市民でありますれば人喰い罪に相当するのでは?」
奴の声は、おれが呼び出された都市議会場に、響き渡った。
僅か9歳の子供が、この俺の行いを糾弾したのだ。
俺は、都市政府の命を受け公共団体の会長として長らく君臨し、都市民を事実上無理矢理に契約させ金を徴収していた。
誰が考えても、明らかに違法で不当な行為であるのに今まで認められたのは都市政府がオレを支持していたからだ。
だから、これは公共の為、必要なことだったのだ。
オレは、皆んなの為、幸せの為、だったのに議会から、今日呼ばれたのだ、まったく意味がわからない。
衛星都市代表代理たる子供の明朗な声に、百人いる都市議員が座っている議会場が一斉にざわついた。
(これまでか…正論だ…明白だ…子供でも分かること…これ以上は誤魔化せまい…誰でも分かること…当たり前…事実だ…巻き込まれまい…切るか…。)
この子供の意見によって、均衡していた議会の趨勢がきまってしまった。
おい、ふざけんな、おれは、いままで、おまえたちのために貢献したのに。いまさらおれを切るというのか。
なんてことだ、おまえらだっていっしょだろうが、
顔から脂汗がダラダラと落ちる。
上級都市民たるおれが、おれより下の奴から搾取して何が悪い、契約という名の税金だ、おれに税金をおさめさせてるだけだ、文句言うんじゃねぇ、げろげろ
きもちわるい、こんなはずではなかった、あとすこしできぞくにもなれたのに、げろ
おまえら下級民はおれさまのために、グタグタ言わずにに金を上納すればいいんだげろ
あつめた金をおれがすこしくらいつかってももんくいうな、おまえらだってもらってるじゃないか、わかっててもらってるじゃないか、おれだけがわるいのか、おれがわるのなら、わかっていて高い給料をもらっていたあいつらも、かねをおさめた先のおまえらも、同罪じゃねーか、ふざけるな、こんなの契約じゃねえのは子供でも分かることなのに、見て見ぬフリしてたやつらはわるくないのか、下級民を縛りつけて、働かせて、稼いだ金をぶんどることをみとめたのは、おまえらじゃねーか、げろげーろ…ゲロゲロ
ゆるさない、オレをハメたヤツらユルサナイゲロゲロ
オレヒトリだけジャナイ、イヤダ、イヤダ、ズルイゲロゲロ
オレヒトリダケジャイヤダ、ゲロゲロゲロゲロー
議会場では、70歳以上の小太りの老人が、脂汗をダラダラと流しながら、だだ一人釈明していた。
誰も助けるものはいなかった。
老人の釈明は、声がくぐもって誰にも理解できなかった。
ただ蛙の声のようなゲロゲロ鳴いてる声が議場に響いた。
この日、老人に言い渡された刑罰は、死刑以上だった。
後に、奴隷契約事案と議事録に明記されたこの事案は、ただ一人の老人が独断で為したこととされ、その責任はただ一人が負い、その老人ただ一人が処断され、終わりを迎えた。
…かのようにみえた。




