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アールグレイの日常  作者: さくら
アールグレイの救出
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紅玉のマルグリッド(前編)

 ああ、…終わってみれば殊の外うまくいきました。



 眠ってしまったルーシー君に膝枕を提供しながら、僕はホッと一息つきました。

 思い返してみれば、かなり危ない橋を渡りました。


 完全装備の鎧武者50対儚くもか弱い女の子の僕。


 これは、あらかじめ分かっていたならば通常逃げの一手です。

 でも、もしかしたら奥にキャンブリック殿下がいるかもしれません。


 ならば、逃げる事は能わず。


 なんとしても殿下を救出しなければならない。

 殿下は、最近健気にも鍛錬を始めたとはいえ、小さくか弱いお子に変わりないです…きっと今頃、心細くて泣いているかもしれません。

 想像するだに、僕も悲しくなってきます。


 ああ…どうやら、この者達の目的は僕だったみたい。

 そしてどうやら、僕は罠にはまったようですね。

 完全武装形態の武者50人は、流石にマズく感じる。

 しかもバラバラではなく連携して動いていることから、個々の練度が高い練達の傭兵であると分かる。


 冗談のような会話を交え、惚けようとするもバレてしまいました。

 ぐぬぬ…まさかマイナーな僕の姿を見知っている者がいるとは。

 だがしかし、絶体絶命の窮地で汗が滴り落ちる気分ながらも僕は至って冷静でした。

 何故なら、約7年前の学生時代にシュミレーションを既に済ましているからです。

 

 うん…ここまで話したからには、僕の学生時代の思い出を語りましょう。

 聞きたいですよね?

 どうせ、ルーシー君が寝ているから僕は動けず、…実は暇なのです。

 乙女の思い出、姿勢を正し、かくありがたく拝聴して下さい。



 ・ー・ー・ー



 これは僕がまだ12歳、全武術教官から武術のセンス無しの烙印を押され、それでも武術の各担当教師に無理を言い、習い覚えて努力して、ようやく人並みな形になろうとする頃、さる[火手]の担当教官から、一手、指南を受けたのです。


 この教官が、相当変わった人で褐色の肌の色をした赤毛の長髪を無造作に流した色気ある年齢20代前半の女性でした。

 黙っていれば美人なのに、喋ると内実が即バレで実に残念な美人さんでした。

 外見だけ見れば、引くて数多のプロポーション抜群な美女です。

 けど、とにもかくにも真面目に働かないし、直ぐにサボろうとするし、酒瓶片手に日陰で気持ち良さげに寝ている姿を一番多く見かけている。

 ヨダレを垂らして無防備にも豊満な身体を投げ出している。

 うむ…人として最低だな。

 正にだらしない大人の典型。


 …まったくもって、けしからんです。

 そう思いながらも、このまま放置していて大丈夫か心配になる。


 しかし、…彼女は強かった。

 寝てるときは、あんなに無防備でだらしないのに、不埒な輩が近づくと即座にセンサーに反応するらしい。

 そして、いざ闘うとなると大型肉食獣なみの恐ろしさのオーラを自然と醸し、容赦なく成敗するらしい。

 僕の親友が、その時の闘いを偶々見かけたそうだ。

 戦いにすら、ならなかったほどの圧倒的な強さだったらしい。

 実際、僕は彼女が負けたところを見たことがない。

 戦う姿は、まるで優美かつ獰猛な虎のような人でした。


 おそらく彼女は僕の想像の枠外に強いと思う。

 だって、今までにあれほど強い人を僕は見た事がない。

 学校の教官も仮の姿だったらしい…今ではもう学校に行っても会うことはない。

 当時も非常勤の講師扱いで、お酒を飲む金はあるが、いつも金が無い無い言っていた。

 教官業も気紛れで一時の間だけの勤めであったらしい…。


 そんな、気まぐれな武術教官に僕は声を掛けられたのだ。

 「おい!そこのお前、一手授けてやろう。給料分だ、遠慮はしなくてよいぞ。」

 僕は、当番で教官宿舎内を掃除中で終わって、ちょうどゴミを捨てに行くところでした。


 …その声に反射的に振り返ると、赤毛の美女がニマニマしながら僕を見ている。

 妙に機嫌が良い。

 この人には、今までこんな風に親しく声を掛けられた試しがない。

 教官から見れば、…強さが微塵子な僕では人認識されているかどうかも怪しい。


 でも僕、今、もしかして呼ばれた?

 訝しげに振り向くと残念美人さんと目が合った。 

 ん?…いやいや、違うだろう。


 僕以外にも、この宿舎内に人はいた。

 実際、各クラスから来た清掃当番が何人かチラホラいる。

 僕は残念ながら武術教官達とは縁がない。

 きっと僕以外の誰かだ。

 

 呼びかけで反射的に一瞬立ち止まってしまったが、呼ばれたのは僕以外だ。

 …うんうん…きっとそう。

 僕は無言で、そのまま立ち去ろうとした。


 「おいおい、こら待て待て!お前だ!お前!そこの無愛想な(つら)で面倒事を避けようと、関係無いふりをして立ち去ろうとしている金髪碧眼の弱っちい美少女のお前だ…名は確か、…アールグレイ?」

 特徴は金髪碧眼と弱い以外合っていないが、この学校にアールグレイは僕一人だけだ。

 う!…僕なの?嫌な予感しかしない。


 …渋々立ち止まる。


 僕はダメな大人に構っている暇なぞない。

 この厳しい世界を生き残る(すべ)を身につけるために僕は必死だというのに。

 

 ここは学校の一隅にあつらえた武術教官宿舎。

 他の教官方の視線も感じる。

 僕は殊更に敬礼し、感情を(おもて)に出さないようにして受け答えた。

 「マルグリット武術教官殿、僕に何か御用でしょうか?」

 見目だけは麗しい武術教官は、僕の目の前直近まで、おもむろに近寄ると、僕をジロジロと上から下まで無遠慮に眺め始めた。


 な、な、な、なに?

 なんだが視線に圧を感じる。


 これは、中まで見透かされてる…裸で見られている感じがして、とっても恥ずかしい。

 身体が妙に力入りギクシャクしてしまう。

 すると、この武術教官は観るだけに飽き足らず、実際に僕の身体のアチコチを触ってきた。


 キャ…。


 突然の予想外の行動に声さえ出なくて固まってしまった。

 教官は、僕が抵抗しないことをいい事に、アチラコチラ、身体を揉むように散々触ると、つまらなそうに呟いた。

 「なんだよ、弱っちいなぁ、全然ダメダメじゃん。」

 ぬぬ、勝手に触っといて、自分勝手な物言い…あなた失礼千万ですよ。


 …自分が弱いのは、僕が一番知っている。


 でも、改めて専門である武術教官から言われると、気にしないと思っても、心のダメージが大きい。


 言い返そうにも、高位貴族の子弟すら厳しく教え導く権限のある武術教官には、一時的な子爵相応の特例貴族位が受位されている。


 …敵対するのは賢明ではない。


 僕が黙って身体を振るわせて我慢していると、その教官は好き勝手なことをほざき始めた。

 「まあ…いっか。こんだけ弱ければ検証もあきらかか。…よし!今からお前に教えるのは、私が超古代の技を復活させ、現代の最新理論と私の斬新な発想を融合させ昇華させた新技よ。これさえ修得すれば、弱っちーお前でも、どんな大人数に囲まれても大丈夫な必殺技だぁ。おまえのような儚い美少女系は、将来的にきっと狙われるぞ。…私も、そうだった。もっとも私は小さな時から強かったから全員返り討ちだけどな。わはははは!」

 教官殿は、そう宣うと豪快に笑い出した。


 なんて自由気儘な肉食獣だ…だが不思議と嫌な気持ちはしない。

 きっと、それは…

 僕が憧れてやまない、自由に正直に人生を謳歌しているから。

 彼女には、そう生きることができる裏打ちされた実力が備わっている。

 七光ではない…その実力は全部自分自身の意志と努力で培ってきたものだから。

 僕から見たら、彼女は僕が目指す道のりの遥か先にいる眩しいほどの高みにある存在だ。


 無敵で最強の[火手]使いの美女…格好良い!憧れます。

 でもそれが…あんなふうに動物園で寝ている怠惰なナマケモノと化している。


 …実に残念無念でならない。


 だが、彼女だけの話では無く、この学校の武術教官自体が何故か概していい加減で、手を抜いている印象を拭えない。

 彼らは、その実力を10分の1ほども使っていない。


 …手抜きです。

 それは、不実です。

 まるで、休暇中の片手間に武術教官をアルバイト感覚で勤めているかのよう…。


 …


 それにしても武術センス無しお墨付きの微塵子な僕が何故に最強の彼女に目を付けられたのだろう?

 …

 …ああ、アレだ!

 呼びかけられた日の先日、身体の強い貴族が、小さくて弱き平民の下級生を武術試合の名の下、叩きのめしていたのを見ました。


 苦々しい…あ奴らは腐っている。


 僕は、それを見ても何もせず放置している武術教官らに憤慨しました。

 或いはその憤りは何も出来ない自分に対する八つ当たりだったかもしれません。

 僕はその試合が終わった後、揚々と帰った武術教官らの宿舎に乗り込み、大声で彼らを非難しました。

 …僕には、そんな資格も実力も無いのに?


「教官殿達にお尋ね申す。僕は、武術とは…弱き者が強き者らの横暴に対抗するために辛苦の上、編み出されたと、遥か昔に聞きました。それは嘘でありますか?!今日の試合は、強き者らがよってたかって武術を悪用し、弱き者を虐げてました。あんなのは、だんじて武術ではない!それなのに何故あなた達は、何もしなかったのだ?!」


 この時、僕の怒鳴り声に、誰も何も動かず応えませんでした。


 …ガッカリだよ。

 何故、出来るのに助けない?

 力があるのに助けようとしないのは怠慢であるし。


 当時は、そう思ってた。


 今思えば、感情昂らせた子供が訳わからぬ正義じみた物言いでいきなり絡んできたのですから無視されても仕方ありまはせん。

 まったく感情に任せると碌な事がない…きっと当時の僕は教官らに生意気な生徒であると不興をかったに違いない。

 戦略的に意味の無い一手だ。

 悪手には違いない。

 …

 だがあの時、僕は怒っていたのだ…怒るべき大人が誰も怒らないから、僕が代わりに怒ったのだ。

 幼い…あまりにも幼い。

 だが当時は、まだ肉体年齢の影響が大だった。


 しかしどうやら僕に非難された武術教官らは、非難されたとは思ってなかったらしい節がある。

 後からの僕の想像だけど、マルグリッド教官に至っては、弱っちいのに懸命によく吠える犬程度には認識度…好感度が上がったようだ。何故に?


 とにもかくにも、これが縁で僕に師匠が出来た。

 もっとも向こうからは弟子と思われてないけれど。


 彼女こそは、その一年後に名を馳せる、黄昏の六英雄の一人、[火手]の超攻撃派閥の旗頭、その名は、マルグリッド・ダンマイヤーその人だ。






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