キャンブリック覗き見る(後編)
私は二人の勝負に注視する。
黒色鎧武者の実力は未知数なれど、私のsearchでは既に武力が100を越えている。
それ以上は分からない。
私という短い物差しでは、彼を測り切ることは出来ない。
通常の頑健な大人の男性で、ある程度武術等の嗜みがあるならば、バラツキはあるものの50程度です。
今の私の実力を50と設定したら、ちょうど同じ位でした。
今、この場で100を越えているのは、お姉様、ルフナさん、黒色鎧武者、青色鎧武者、赤色鎧武者などなど…雑兵と思われた他の鎧武者達にも結構いて、10人は軽く越えている。
流石に戦いを生業とする者達は、強さの数値が高い。
数少ない最弱の鎧武者さんが50ですから他の人は推して知るべし。
でもこの中で段違いに強いと分かる人がいる。
もちろん、それはアールグレイお姉様に他ならない。
前は全然感じもしなかった。
でも多少でも武術を嗜み、壁を乗り越えた今の私だから感じてしまう。
通常時は、日向ぼっこする猫のようにだらけ…いや、リラックスされた朗らかな雰囲気を醸し出しているのに、戦闘体勢を取ったお姉様からは、観ているだけでヤバイと感じる質量圧が漏れ出ている。
それは質量を超圧縮した歪みが、人の視線まで引き寄せるのか、凝視してしまう。
これはお姉様に惹かれてしまう可愛いさの魅力とは違う別の何かだ。
私でさえ影響を受けてるのだから、私以上の実力がある鎧武者達には、果たしてどの様に見えてるのだろうか…?
現実にさえ影響を与えるお姉様の武力の波動が、上から俯瞰して観ている私には見えた。
前衛から鎧武者が波に揺られるようになびいたのだ。
…風だ!
室内なのに、お姉様の方から、まるで風が吹いている幻覚が見える。
そして、光が見える。
お姉様から光りが風に乗り室内に広がっていく。
…こ、これはお姉様から漏れでた何らかの力が幻覚を魅せているのか。
私は目を細めた。
眩しい。
まるで光と風の妖精が、室内を自由気ままに飛び回っているようだ。
…
視線を下に戻せば、黒色鎧武者が突進していた。
速い!速すぎる。
完全武装は、かなりの重量のはずなのに、予想外の速さに驚く。
既に刃は抜かれていて、刃先が煌めいた。
お姉様が斬られる!
そう思った瞬間に構えを取っていたアールグレイお姉様の姿が消えた…
…と思ったら、次の瞬間、黒色鎧武者が吹っ飛び、私が覗いている小窓の高さまで鎧の欠片を撒き散らしながら浮いていたのだ。
…なにこれ?
続いて遅れてきた異音が辺りに鳴り響く。
…神鳴りだ。
私には稲光が床を走ったら、腹の底を震わすような大音量が響いたのを聴いたように思えた。
いや、違う、…私はお姉様の姿さえ目に捉えていない。
稲光を見たのは、後付けの私の脳の錯覚…。
まるで雷です。
…え、え、コレって人間に可能なのですか?
人間の限界速度を超えてるような気がするのですけど??
黒色鎧武者が、ゆっくりと落ちていく。
翔んだものは地に落ちる。
当たり前な自然現象なのに、呆然としながら私はその姿を目で追った。
…
後続の鎧武者達のど真ん中に、彼は落ちた。
其処だけが潮が引くように武者達が避けて円状になり誰もいない。
…
私の目は、落ちた黒色鎧武者に注視している。
痙攣は…していない。
人は衝突して死ぬと、身体は神経が反射して痙攣して動きまだ生きているように見えると聞いたことがあります。
…
少しして、痛さを堪えて呻いている声が聞こえた。
…大丈夫だ。
お姉様の敵なのに、生きてることにホッとする。
てっきり死んだかと思いました。
いえ、死ななければオカシイことに気づく。
何故、彼は死ななかったのか…?
…決まっている。
死なないように、手加減したからです。
誰が?何故?
私は、思わずお姉様の居るほうに振り向いた。
したらば当然の様に其処に立っていると思ったら、空中を飛んでいました…いえ、魔力の揺らぎを感じません。
あれは跳んでいるだけ…なのに宙を自由自在に飛んでいる印象を受ける…なんて優美な身姿でありましょう。
そしてお姉様は、指示を出していたロンフェルト卿の遺児の前に天女が降り立つように現れました。
子供は、震えて膝を着きお姉様を見上げています。
しまった!
ここで初めて私は、自分が致命的なミスをしてしまったことに気がつきました。
敵対し負けたら生殺与奪の権を相手に握られるのは世の常です。
いくらお姉様がお優しいとはいえ、自分の生命を狙った首謀者を生かしておく道理はありません。
子供とはいえロンフェルト卿の子息ならば分かっていたはず…なんて馬鹿な事を。
せっかく探し当てたというに当の子供は絶対絶命の窮地に陥っています。
それも私が敬愛するお姉様の手によって…。
ど、ど、どうしましょう?
もはや映画を見てる気分処ではありません。
私がどうしようかと逡巡してしまった時、子供は突然懺悔をし始めました。
彼の声は部屋中に朗々と響き渡り、彼のこれまでの人生が綴られていて、私もつい感情の波に揺られてしまいます。
お姉様も聞き入ってる様子です。
だとしても彼の死は免れません。
いけない…彼は、これから殺される。
鎧武者達は、遠巻きにして見てるだけて既に戦意は無い。
あまりの武力の強さに圧倒されてしまったのだ。
ロンフェルト卿との約束は守る。
これは絶対だ…彼をこのまま死なせるわけにはいかない。
なんとかしなければ…お姉様と敵対しても天地がひっくり返っても勝てない自信がある。
今、目前で、お姉様の技を見せられて、勝てる発想は浮かびはしない。
でも、何とかしなければ…彼の懺悔が終わった時が彼の死ぬ時です。
ここで私はハタと気づいた。
ルフナさんもロンフェルト卿の遺児を探していた。
この展開は彼にも都合が悪いはずです。
思わず上を見上げる。
え?…凄い苦悩して頭を抱えていると思ったら彼は平然としていた。
まるで、映画を楽しんでいるかのよう…マズイです。
おーい、これは現実ですよ。
私の必死の視線に気がついたのか、ルフナさんはニヤリと笑い、まあ、見とれやとジェスチャーして来る始末。
えー?!わ、分かってるんですか?
この後、お姉様に彼やられちゃいますよ。
そうこうするうちに彼の懺悔が途切れた…終わってしまったのだ。
先程とは別の意味で小窓の窓枠を掴み、齧り付くように展開を覗き込む。
ルフナさんの余裕の源が分からないけど、今は信じて見るしかない。
ここからならば、身体を張って止められはしないが、声を出せば届くはず…さすればお姉様と交渉です。
しかし、その心配は杞憂に終わった。
アールグレイお姉様が、泣いている子供を抱き締めたのだ。
…ゆ、許してくれた?
固唾を飲んでいた息を吐き出して腰を落とす。
どっと今までの疲れが出ました。
私か溜め息をつき、座り込んでいるとルフナさんから声を掛けられました。
「少尉殿は泣いている子供を手に掛けることはしない。…少尉殿は敵には容赦無いが、子供には優しい。」
ルフナさん…その自慢そうな顔が気に触ります。
言われてみれば、お姉様ならば当然だと思える事実です。
しかし、お姉様の決断は世の非常識なのですよ。
お姉様を知っている私でも、現代に生きてるのですからそうそう非常識を受け入れられません。
超古代ではいざ知らず、現代では理念より現実に重きを置きます。
敵対者は根絶やしの殲滅が常識です。
報復されないよう禍根を絶っておくのです。
多くて全部処刑では現実的では無い場合、それでも首謀者は死刑です…世の中は夢の国のように甘くはないのだ。
私達は現実に生きているのだから。
だからこそ今回のお姉様の措置は信じられない。
もちろん私には都合の良い措置だから異論はない。
だがしかし…
これは、今回の措置は…波紋を呼ぶかもしれない。
敵を赦すあまりにも甘い措置に、お姉様を侮るものも出てくるだろう。
だが、しかしだ…
私は憂いる気持ちとは裏腹に、なにやら胸が熱くなった。
現代に生きる我々からみたら、あまりにも甘い、甘過ぎる非常識な異例の決断。
アールグレイお姉様は、殺せるにもかかわらず、敵対者の生命を救けたのだ。
…本来死ぬであろう生命が、死ななかった。
ブルッと身体が震える。
これってもしかして、死んだものを生き返らせるくらい凄いことなのかもしれない。
私は、今回の件につきアールグレイお姉様の武の真髄を見た気がした。
…感動に目頭が熱くなる。
今回が特別なわけではない。
おそらくお姉様は一事が万事あの調子なのだ。
だとしたらルフナさんのあの余裕な態度も頷ける。
小窓の隙間から、復活した黒鎧武者が、お姉様に対して、主に対するかの如く一礼しているのが見えた。
心酔するかのような潔い掌返しが面白い…思わず微笑んだ。
下の広い部屋が、武者達の多数の血に染まるほどの大量虐殺の光景を見るよりか、よっぽど、この方が良い。
さすれば今回は好結果をうんだのだろう。
超古代の書物で読んだ…活人剣と言う言葉が思い浮かんだ。読んだ当時は、まるで理解出来なかったが。
現実と乖離した夢物語の理念であると思ったものだ。
だが、しかし…
本当にあったのですね…信じられませんが…。
そんなことを頭の中でボゥッと考えていた。
信じられないことに直面すると一時的に頭が混乱してしまうのであろうと思った。
そして、困りました。
愛しきアールグレイお姉様は、私の武術の師匠筋に当たる。
ならば、私も活人剣の極意を会得しなければならないのだろうか…?
この理念は、現実的には、かなり無理のある考え方です。
どう育てば、あの様な甘い考えに至るのか…実践するには私には難しく…胸に灯る感動とは裏腹に、頭が痛い。
…それに、ここまで関わらず見学していて、今更どのような顔をして出ていこうか…?