鎧武者・裏(中編)
苦境に陥ったら、美意識を取るか、何をしても現実に生き延びるを取るか…そこに正解は無い。
己れの魂の究極の選択じゃ。
死ねば終わりよ。
だが己れの信条に反した選択を取るのであれば魂は死んだも同然、ワシの人生はそこで終わるのだ。
日常生活で、この様な究極の選択に迫られることは、まず無い。
だが似た様な選択ならばある。
任務を取るか、己れの信条を取るか…?
ワシが刀を振るう理由…それは女子供のような弱き者達を護るために、正々堂々と強者と戦い打ち勝つことじゃ。
だからワシは自分に問う。
今回の任務は、己れの信条に反するだろうか?
ワシの娘は、[暴風]ほどの器量良しでは無いが、歳を取ってからの娘は無性に可愛い。
もし娘を手に掛ける者がいたら、ワシは鬼と化し身命を賭してそいつを斬殺するじゃろう。
[暴風]にも、きっと親がいるはず。
…
最近若い娘を見ると、その様な心持ちになって覚悟が揺らぐ様になってしまった。
家族を持ち、歳を取って、些かワシは気が弱くなった…かもしれん。
いろいろと思うところはある…だが[暴風]は、見目麗しい女の子だが、誰か何と言おうとも強者の区分に入るのは間違いない。
そしてワシは仲間を護るために一騎駆けして、正々堂々と戦う所存でもある。
つまり、今回は仲間を護り正々堂々と強き者と戦う任務であるから…信条にも反しないはずだ。
よし、結論はでた。
今日ワシは[暴風]を斬り、強い己れを取り戻し、更なる高みを目指すのだ。
今回の任務は試練であり機会でもあると心得る。
改めて、[暴風]をみる。
…ワシの前に強き者がいる。
見た目からは信じられないが。
既にワシは…刀を抜きて上段に構えた状態から、重心を前に置き、右足半歩前の猫足立ちの構えを取り、奇声を発し、気力を振り絞っている。
部隊が半包囲する前に一対一の勝負をかける。
武人の矜持でもなんでもない、意地みたいなもんじゃが無いよりマシだろうと思っちょる。
仲間もワシの境地を感じているのだろう。
心なし出足が遅れがちである。
…クク。
良い仲間を得たわい。
元々[百足]の完全武装形態である鎧武者部隊は、ワシが発足させた。
組織に参入した折、組織内で燻っている窓際に追いやられた者や逸れ者、外部から能力のある者らをスカウトして来て、ここまで育てて来た。
言わばワシが部署の創業者じゃ。
採算が取れるようになり組織の売上げの半分以上の収益を上げる黒字部署になると、執行部が人事に色々と口出しし始めた。
執行部の言う事に易々諾々と従わぬワシを煙たがってか最近では部隊が再編され、ワシは事実上の降格、ワシが動かせる部隊は、今所属しているこの一部隊だけになってしまった。
今いる仲間達は、執行部に靡かぬ頑固者だけを集めて小部隊に封じ込めたワシに縁のある一癖も二癖もあるかけがえのない友である。
思えば若き頃、将来に期待を馳せて、諸国を渡り歩いた武者修行の旅の最中は、いつも一人であった。
一人で厳しく自己鍛錬しなければ強くならないと思い込んでいた…何の根拠もないのに。
故郷であるトビラ都市に戻りて、自己の実力が頭打ちであるに気落ちし、生活の為だけに気まぐれで傭兵家業に入り込み[百足]に入社した頃には、すっかり人生を諦めきっていた。
少年の頃、神から啓示を受け、我が主君を捜す旅に出たが、ついぞ見つかりはしなかった…ワシももう歳だ。
答えの無い旅は…少々疲れたのだ。
ああ…少年の夏の日、神からの神々しい声を、ワシは確かに聴いた…だがあれもワシが聴いた幻聴だったかもしれん。
己れの使命の相手が見つからぬなど、とんだお笑いぐさだ。
…使命など知らぬ方が良かった。
肩の力が抜けたときに、コイツらと次々と出会った。
ワシが今まで培った技能・知識を分け隔てなく与えた。
結果的にはワシが育てたようなもんじゃが、ワシは弟子ではなく仲間だとおもっちょるよ。
何故なら、驚くべきことに人に教えているうちに、頭打ちであったワシの武力も上がったのじゃ。
コイツらと出会う前のワシは、広く世界を旅しても心が狭かと得心した、…腑に落ちた。
ああ…ワシはなんて小さか心の持ち主であったのか。
人の心と触れ合って、この歳になって、それが初めて分かった。
人は他人をおもうと広く大きな心を得ることが出来る。
自分だけの強さを追い求め汲々としてた今までの自分は、なんて小さか男であったのだろう。
だが、青天に飛ぶ大鵬のような心を得た今のワシは格段に強くなったと分かる。
[暴風]よ、今のワシをごろうじろ。
全ての筋肉に気力が迸っているのが分かる。
頭の天辺から足の爪先まで、血液、筋肉、骨を把握し、知覚からの身体の動きが実にスムーズに廻っている。
全てを網羅したような全知全能感…今のワシの武力は絶好調であるからに、[暴風]とも良い勝負が出来よう。
仲間に感謝したい。
今のワシがあるのは、お前らのお陰じゃよ。
きっとワシ一人ならば、いつまでも狭い場所で愚痴を言って足踏みしてるだけだった。
関わらなかったら、同じ世界にいても、それは別の小さいワシじゃ。
この景色は、見れなかったじゃろ。
お前らがワシを、此処までの境地に連れて来てくれた。
…ありがとう。
瞬足で、一気に[暴風]に近づく。
それにしても、見れば見るほど美しい娘じゃ。
見る者を魅了する美しさを持っている。
身に纏うオーラからして違う。
…光り輝いているわい。驚いた。
老齢のワシでなかったならば魅了されていたかもしれん。
それでも何やら心の奥底が騒つく。
だが、此処まで近づいても、[暴風]からは戦う気配を見せない。
体型や筋肉、仕草、目配せからワシと同じ刀剣使いの様相を成しているとみた。
ワハハ、嬉しい…同じタイプであるか。
さあ、構えろ。
ワシと勝負しろ。
天命を成し得なかったらワシの生命などは惜しまないわい。
だが、[暴風]は未だ刀を抜かない。
もしや…居合技か?
超古代の神速抜刀術…?
しかしその期待は外れた。
[暴風]は、漸く構えたが、妙に前傾姿勢で縮こまり身体を捻っている。
少なくとも居合技にあの様な妙な構えはない。
だが…あ、あれは確か…?!
昔見た記憶が思い浮かんだ途端に、そのあまりの情報に全身が神鳴りに撃たれたように衝撃が走った。
全身にアラートが鳴り響く…危険だ、あれは危険だ。
前に見た事がある…あの構えから出ずる技は居合ではない。
大陸から来た拳法使いが使っていた…それこそ門外不出の秘密技と聴いた。
その正体は、体当たりの構えだ。
だが、もちろん唯の体当たりではない。




