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アールグレイの日常  作者: さくら
アールグレイの救出
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鎧武者・裏(前編)

 刀を振り上げ、振り下げた時にワシは躊躇した。

 人を斬る覚悟はしていた。

 だが、この50人もの人数で一人の婦女子に襲い掛かり、騙し討ちをするのは、依頼人からの条件とはいえ、最初から気に入らなかった。


 武士道に反するのではないか…?


 戦いの最中、刹那の時の狭間に、そんな悠長な思いを浮かび上がらせてるワシは戦闘集団[百足]に所属する傭兵、黒鎧武者のクロベイラン・ポンパドールと言う者じゃ。


 ワシだって手段が卑怯でも、勝てば良かろうとは思う。

 世の中は、綺麗事が通用するほど甘くはないからだ。

 負けたら、そこで終わりだ。

 味方が蹂躙されても何も言えず理不尽を甘受するしかない。

 …ならば、どんな手を使っても勝つしかない。


 超古代では、正義とか人権などと(まぼろし)のお題目が流行っていたらしいが、そんな糞の役にも立たない嘘を現代に生きるワシらが信じ込むわけにはいかない。

 

 …ふと思う。

 超古代人は何をしたかったのだろうか?

 実の無いものを信じるのは、宗教に似ている。

 宗教を信心すれば、救われるのであればワシだって幾らでも信じよう。

 だが現実は無情で儚い。

 そんな実の無い概念に依存して生きることは出来ない。

 人として未熟であった超古代人とワシらは違うのだ。

 

 他責に長けても救いは無い。

 拙い欺瞞の概念を駆使しても見抜かれ通用はしない。

 甘えと他責、欺瞞に満ちた未熟な人々によって、この世界は一旦滅びた。

 いくらテクノロジーが発展しようと、精神が未熟な子供のままでは世界は支えられないから滅びは当然であったのだろう。


 精神が子供だから、アッサリと[蜘蛛]に思考誘導され自滅したのだ。

 賢いと思い込んでる子供を騙すなど、精神操作に長けた百戦錬磨の[蜘蛛]からすれば容易いことだったろう。


 だが、現代人のワシらは未成熟な超古代人とは違う。

 歴史に学んだのだ。

 いや…生き延びる為には、学ばなければならなかった。

 自分を騙すのを良しとする弱い精神性では、元の木阿弥。

 また、滅ぶであろうから。


 現実を見据える目を持つ。

 自分の実力を許容する心を持つ。

 自分の有り様は、自分で責任を取る。

 それが大人と言うものだ。


 高尚なお題目も、実力があって初めて現実味を持つ。

 …負けたら終わりなのだ。

 だから、どんな卑怯な手を使ってもワシらは勝たねばならない。

 無論、こんな事は宣伝しないし、敢えて口にすることもない。

 ただ黙って行動して結果を出せば良いのだと思う。

 敵対する者は皆殺し、目撃者も皆殺しにすれば、口さがない連中も知らなければ何も言うことはない。

 

 つまり、勝てば良かろうなのだ。



 だが、そんな事は重々承知の上だが、婦女子に対する50対1での騙し討ちは、流石に気が引けた。

 依頼人は、相手はあの[暴風(テンペスト)]だから遠慮は無用だと言う。

 噂は聴いている…常勝無敗の権力者にへつらわないへそ曲がりの天邪鬼、通った跡は何物をも薙ぎ倒し立っている者は無し…気まぐれな姿無き風のよう…。

 噂は枚挙に(いとま)がないほど…男女の別、姿形さえ分からぬ新進気鋭の[表十本指]入りした謎の実力者。

 望むところよ…格上の実力者だと言えども、積年磨いてきたワシの技能は通用すると自負している。


 だが若年の婦女子であると言う点が気になった。

 娘と似た歳の子が相手ではイマイチ気が乗らない。

 しかも大人数による騙し討ちだ。


 だから…いくらなんでも武士道に反する気がするのだ。

 …

 いや、これはワシの個人的な好き嫌いを武士道のせいにしてるだけだ…と思う。

 組織は依頼を受諾した。

 今回の依頼の成功確率が高いと踏んだのだ。

 しかも相手は[表の十本指]の一指である。

 勝てば、ワシが所属する[百足]も、[蜂]のように一流処の仲間入りと周囲から目されるだろう。

 仕事である…果たされなければいけない。

 任務は是が非でも達成する。


 じゃが、そんなワシの思いとは裏腹にワシの心は揺れた。

 若年の時からワシが師事して来た武士道は超古代の平和な時代に端を発するだけあって正々堂々と戦うを信条としている。

 甘い…甘すぎるがそんな甘さをワシは嫌いではない。

 一種の浪漫であるから甘くても良いのだと思う。

 これは現実を理解しながら、敢えて浪漫を選んでいるのだから…これで良いのだ。

 

 小さい頃、武士道と出会い感銘を受け、15歳で独り立ちしてからは数十年諸外国を漫遊し、武士道の本懐である我が主に相応しい主君を探す旅に出たが、一向に見つかりはしなかった。

 …

 トビラ都市に戻り、しばらくしてヒョンな縁で家庭を持つ事になり、生活の為、[百足]に就職するも、その旅は今でもワシの心の中では継続中である。

 …

 だが今日(こんにち)では叶わぬ夢と諦めモードで、理想とは追うもので叶えるものではないと最近では思っている。


 そんな少年の浪漫の志を内に秘めた現実主義者のアダルティなワシだが、今日は度肝を抜かれた。


 先ずは、登場した[暴風(テンペスト)]の見目形じゃ。



 扉が開き、その者が現れた。


 …?!


 依頼人から、[暴風(テンペスト)]は婦女子であるとは聴いておったが、これほどの美麗な御人とは想像もしなかった。

 暴風と呼ばれるほとの戦人にも関わらず、壮麗な匂い際立つほどの眉目秀麗な姿形をされているのも仰天したが、敵対する完全武装の傭兵50人を前にして臆せず余裕すら伺える心胆に、逆にワシの心身が震えた。

 まるで朧げな眼鏡ガラスが、その衝撃でパリンッと割れ落ちたビジョンが見えたほどである。


 な、なんじゃ…これは?!


 現実とは思えぬ美の化身から輝く陽の光りが風のように吹き付けて来た圧力で、身体がグラリと揺れ動き、慌てて踏ん張る。

 

 よくよく現実の目で観れば、可愛すぎるほどの小娘にすぎない。

 小柄な黒髪の16,7歳ほどの娘がギルドの野戦服に身を包んでいる。階級は少尉…?!


 だが更なる第三の目…ワシが数十年修練を積んだ結果開眼した感覚を向けて知覚すれば…太陽を直接見たほどの眩しさを覚えたのだ。

 …

 いや、これは太陽のような激しさではない…眩しいことに変わりないが、光りに穏やかさと優しさを感じる。

 …まるで慈愛の月の光りのようだ。


 これは…いったい人であるのか?!

 地上に顕現した神仏の類いであるまいか?


 目を細め見てるだけで、全身の汗腺の穴が開き、汗がブワッと出てる気がした。




 それが、ワシが今まで一生を掛けて探し求めた我が主君、冒険者ギルドのアールグレイ少尉[暴風(テンペスト)]様との初邂逅じゃった。






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