嘘
護衛4日目。
情報公開法により、[蜂]に依頼した者を照会した回答がきた。
回答書を殿下に見せる…首を横に振る。
クラッシュさん、ギャルさん、も以下同文。
誰も知らない名前だ。
[蜂]は、表の始末屋組織なので、照会すれば回答がくる。
今世の世界でも、無差別殺人は公共危険罪として罪とされるけど、それも正当な理由が判明し手続きを踏めば、免罪となる。
個別の殺人でも正当な理由があれば罪として罰しない。
つまり、ルール内であるならば、殺人も可である。
職業として為すには、許可証を得る手続きが必要である。
しかし、返り討ちの危険があるので、手っ取り早く解決するには、殺人代行業である始末屋に依頼することだ。
但し、手続きに嘘を記載してはならない。
嘘は大罪になる。
又嘘によって発行された許可証も無効である。
今世は、嘘、詐欺に厳しい。
概念変質につながるからだ。
特に同じ都市民に対して騙す行為等をして利益を得た者は、通称、食人罪として第一級の大罪になる。
また指示、教唆は更に罪を重ねたとして特級の大罪、またこの法を悪用した者も同罪である。
だいたい都市政府は、都市民間のトラブルに関知しない。
小さい政府であるから、余分な人員はなく。サービスはない。
都市民に基本権利なるものは無い。
文明崩壊時に権利なる概念は生き残れなかったのだ。
政府は、都市民個々にその実力に見合った働きを期待し、個々はその実力に見合った権限と義務を持つだけ。
都市民は、都市政府に対し陳情の自由はあるが、裁量権限は都市政府の対応した個の一役人が持ち、無条件での切捨御免の権限を行使できるとされているので、陳情、要望の具申も命懸けだ。
だから、余程の事が無ければまともな人なら陳情はしない。
個々間の有形力の行使を含む対立は、相対で済ます。
やれれたらやり返すことも可。倍返しも可。
つまり、やることも出来るが、倍返しを覚悟しとけ。ということらしい。
しかし、あまりに実力が離れた場合、代行を立てることも可。
また、過度な行使は、個々が所属する親(分)が出て調整する。
団体での対立は、公共の危険性があるとして、政府が調停、又は権限を行使する。
常設の裁判所は存在しないので、自分を守るのは、基本自分だけで、あと血族か、師事する親(分)、所属する団体である。
だから、だいたいの都民は、ちからある団体に所属している。
しかし、まったく誰も知らないとは、どういうことだろうか?
殿下の知らないところで、恨みを持たれか…?
「クラッシュ叔父さん、この者と話してみようと思う。調べてアポを取ってもらえないか。」
殿下の言葉に、クラッシュさんが眉をひそめる。
「殿下、殿下の御命を狙う相手、危のうございます。まず私めが、行って話を付けてきましょう。プチっと。」
クラッシュさんが、辺りに置いてあった煉瓦を片手でプチっと握り締めた。
赤茶色の砂が手からサラサラと溢れ落ちる。
煉瓦って握っただけで砂になるのかしら。
これは表情変わらずとも、かなり怒っている。
むむ…するとこれで万事解決か。
依頼者の存在が無くなれば、代行も無効であるとされるからだ。
よし、クラッシュさん、是非にお願いします。プチっと。
「クラッシュ、それはならん!」
そう思った時、殿下が珍しく声を荒げた。
「人の命とは、尊く儚いものだ。これは過度に命を尊重しての他者への押し付けではない。私も人一人の命が都市よりも重いとか阿呆な事を言うつもりはない。私が個人的に命を大事にしたいだけなのだ。だからこの者と私が直接話しをつけたい。それで相手の命の生き末を決めたいのだ。その時は手を貸して欲しい。」
殿下のお言葉に辺りが静まりかえる。
僕の胸がジーンと感動に震える。
殿下…立派だ…。
まだ、10歳の子供なのに、責任を取ろうとする姿勢が素晴らしい。
グレイトです。
そこらへんの馬鹿な大人に見せてあげたい。
ちょっと、感動です。
きっと、クラッシュさんもギャルさんも、僕と同じ気持ちだろうに。
分かりました。
僕も、及ばすながら本気で手を貸しましょう。
…まあ、一週間限定ですが。