暴風とペンドラゴン(後編)
青色の鎧武者さんの言動には生理的に引きましたが、悪い人では無いはず。
ただ人柄がチャラくて軽くて、いわゆる軟派なだけ。
おそらく僕とは対極の位置にいる人だから相性は悪いと思うけど、人として…容認はしたい。
だって僕、大人だからね。
ただ多分にしつこいので、相性の悪さを匂わせたら、やれやれ、君、分かってないね的な顔つきとポーズをされた。
少しムカつく。
「ふぅ、[暴風]ちゃん、分かってないね。男と女ってさぁ、互いに無いものに惹かれあうんだぜ。その点、俺と[暴風]ちゃんは相性抜群さ。後は君が勇気を出して俺の胸に飛び込んでいくだけさー。」
ニカッと笑って僕にウインクして来る青鎧の人。
… … …。
もう開いた口が塞がらない。
あまりの気持ち悪さに黙ってしまった。
俯いて思考する…僕は今、彼から鳥肌が立つくらいの精神攻撃を受けているのだろうか?!
よく、分からない。
このような心理的攻撃は、隠形の術を身に付ける前の学生の頃もあった気がする。
…
まさか…今の僕のこの態度も、もしかして、恥ずかしがっていると思われてるとか?
不測の彼の思惑の可能性を、今、思いついて俯いていた面を上げてチラッと様子をみると、またもウインクされた。
ヒャア…。
俯いていた間も、ずっと僕の方を見つめていたんだ。
こ、これに純粋なルーシー君が感化されてはいけないし。
思わずルーシー君の肩を掴み、引き寄せて頭を抱き締めるようにして彼から再度遠ざける。
「ちょっと、アンタ、気持ち悪い事言うの止めなさいよ。この子引いてるじゃない。分かんないの?」
赤色鎧のお姉さんが、箸を青鎧武者さんに突きつけて、オメーイイカゲンニシロヨばりの語気を荒げて注意してくれた。
よ、良かった、まともな人がいたよ。
青色鎧武者さんは、分かってないなぁ的な顔つきをしてから、麺を食べるに戻った。
いや、いや、分かってないのはアナタだよ!
凄い、これだけダイレクトに言われても認識を改めないとは、彼の精神構造の強さに感嘆する。
右隣りで、右腕の内に抱えたルーシー君がモゾモゾ動くのがこそばゆいので、しっかりと引き寄せる。
まかり間違っても、あのような大人になって欲しくないと願う。
「坊主、なんて羨ま…俺と代わってくれ、頼む。」
青鎧の人が、椀を置いて、こちらに近づきながら、とんでもない事を言い出したので、ルーシー君の代わりに、生理的に無理な旨答えようとした所で、僕の左側から、いきなり足がニョキッと伸びてきて、青鎧の人の胸当辺りを足裏で直線的に蹴飛ばした。
え!え?
「ぐふぇー!」
珍妙な声を張り上げながら、後方へ吹っ飛ぶ青鎧の人。
後方に居た鎧武者達が、予想していかのように椀を持ちながらササッと避けたことで、青鎧の人は抵抗を受ける事なく、かなり先まで吹っ飛び、倒れた。
倒れ込んだ処で、無様にもがいている。
「あんた、気持ち悪いのよ!…客人の優しさにつけ込み、あの図々しい物言い…失礼にも程がある。切腹して詫びなさい!」
ブリザードの如く怒気をあらわにして、神鳴りの如く言い放ったのは、赤色鎧武者のお姉さんだ。
もちろん神速怒涛のヤクザキックもこの人です。
お姉さんの、あまりの瞬足さと果断な決断の早さに慄いて、青鎧の人の悪い印象さえ吹っ飛びました。
…切腹ですか?!いや、いくら何でもそこまで…。
「うむ、…そうだな、致し方なし。タロウ、切腹せよ。僭越ながら介錯は、ワシが務めよう。国元の両親に言い残す事はあるか?」
黒色鎧武者さんが、鷹揚に頷き賛意を示す。
ええ!?…黒鎧武者さん、と、止めないのですか?
びっくりして、怒りの赤鎧のお姉さんから、黒鎧武者さんに思わず顔を向ける。
先程まで、皆でカップ麺を食べながらの和やかな雰囲気は既に無く、辺りはシンッと静まり返っている。
ジタバタしていた青鎧の人は起き上がると、助けを求めるように周りを見渡したが、誰もが眼を逸らした。
「う、嘘だろう…冗談だよな。黒の旦那、姉貴も嘘だろ?ちょっとした冗談じゃないか、なあ、許してくれよ。なあ…。」
青鎧の人は、ヨロヨロと進むと黒鎧武者さんまで近づき、膝を着いて土下座した。
「どうか許してくれよ。この通りだ。だいたい何でそんなに怒ってるんだよ?可愛い子がいたから、言い寄っただけじゃあないか。誰だってすることだろう?そりゃちょっとやり過ぎだったかもしれないけど、あんな可愛い子とお近づきなれるチャンスなんて、そうそうないじゃないか。黒さんだって分かるだろ?」
黒鎧武者さんは、何も言わず、代わりに赤鎧のお姉さんが、先程と違い諭すように青鎧の人に言う。
「お前、そんな事も分からないの?黒の隊長が降参したほどの方に対し、…懸想するなどと100年早い。本来なら尊重して、上げ奉るべきなのに、[暴風]殿は、我らの位置まで降りて来て、罠に掛け敵対した我らと手打ちにして下さった。なのに、それを台無しにする愚行な振る舞い。アンタ一回死んで出直して来なさい。…安心しなさい。姉の私も責任を取って一緒に死んであげる。本当に馬鹿な子…父上や母上に申し訳が立たない。」
赤鎧のお姉さんは、それっきり目元に手を沿えると押し黙ってしまった。
…
…なんてことでしょう。
嗚呼、僕、武者達の沈痛な面持ちと葬式の様な雰囲気に、重圧感で胸が潰れそうです。
青鎧の人の名前がタロウだとか、赤鎧のお姉さんが本当にお姉さんだったとか、国元に御両親が健在だとか、このままでは、僕の為に姉弟の二人の生命が散ってしまうとか。
…非常に居た堪れないです。
「あ、あのー、僕、全然気にしてませんから…。」
「まことでありますか?」
「ほんとで御座いますか?」
僕が小さく呟くと、黒鎧武者さんと赤鎧のお姉さんが即座に反応して、僕の方を向いて食い付くように聞いて来た。
二人共、そのまま喰い入るように凝視して来て、形相が恐いです。
「うんうん…ホントホント。大丈夫だから。気にしてないから平気です。」
「…かたじけない。」
「ほら、アンタも謝んなさい。」
「…申し訳ありませんでした。」
三人で土下座してきたので、再度気にしてないからと両手を振る。
嗚呼、ビックリしました。
…だいたい僕の為に、人死ぬなんていけません。
青鎧のタロウさんが寄って来た時は、生理的に無理な気持ちになって少々イラッとしましたが、今では大人げなかったと思います。
そっか…タロウさんから見たら、僕、可愛いんだ…?
なら、声を掛けるくらいなら普通なのかもしれない。
ちょっと、僕、潔癖過ぎたかな?
…謝ってくれたし。
鎧武者さん達の、僕を尊重してくれる気持ちと過ちを即座に反省する対応に僕の気持ちも落ち着きましたし、何より彼らの仲間思いと、一緒に責任を取ろうとするその覚悟に尊敬すら覚えます。
こんな良い仲間を持てるなんて、青鎧のお兄さんは幸せ者ですよー。
まっこと羨ましい限りです。
僕の中で、わだかまりは消えたように存じます。
さて、あとの問題は、ルーシー君です。
僕とルーシー君は赤の他人で、本来ならば無関係です。
しかしながら縁が出来、ルーシー君の事情を知ってしまった…もはや捨ておけない。
なにより許せないと思う。
ルーシー君をこんな境遇に追いやった者達が。
これは、明らかに人災、しかも自浄作用さえも働いていない。
僕だって、全ての不幸な子供を助けられるとは思っていない。
だが、目の前で幼い子が助けを求めていたら、大人ならば誰でも助けるはず。
そして僕は大人だ。
つまり、そういう事です。
お分かりか?
前世ではアーダコーダと理由を付けては動こうとはしなかった。
…後悔?いや、違う、そうではない。
おそらくは、出来なかったのだ。
僕の前世は、そんな卑怯者ではない…その魂の系譜を受け継いた僕には分かる。
僕は、僕の前世を誇りに思う。
彼は、しがらみに縛られながら精一杯自分の出来ることをして生きたのだ。
だから、僕も自分に出来ることはしたいと思う。