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アールグレイの日常  作者: さくら
アールグレイの救出
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キャンブリック、バスに乗る

 深夜の長距離バスに乗った。


 バスの車窓から夜空を見上げる。

 窓ガラスの照り返しで、よく見えないと思っていたら、車内の灯りが消えた。

 

 途端に夜空の星々がハッキリと眼に見えた。

 とても綺麗だ。

 星々は、寒いほど輝きを増すという。

 理由は前に科学的根拠を一度聞いた事があるけど、よく覚えていない。

 それよりもロンフェルト卿から聞いた、寒空の下で頑張って歩いてる旅人の足元を照らす為に、星々もまた頑張って輝いているのだという話しの方が好きで、よく覚えている。

 だって、こちらの方が素敵だもの。


 旅人を応援する星々の輝き。


 今、一際大きな星がキラリと輝いて見えた。

 ロンフェルト卿の話しは私を勇気づける。

 もしかしたら、将来私が、独り旅立つのを想定してお話しをしてくれたのかしら?

 彼の事を思うだけで、胸の奥がチクリと痛む。

 遠い日の幼い私の心の中の約束。


 (あなたの窮地には、私が助けに行く…。)


 …でも私は守れなかったのだ。


 主従とは、一方通行の間柄ではない。

 騎士が主の身命を命懸けで護るのならば、主も又騎士の立場を命懸けで護るのだ。

 命懸けで使命を全うする騎士を、独りにはさせない。

 ロンフェルト卿は、私から任務で離れはしたが、最後まで私の騎士であった。

 私がまだ物心つくか付かない幼い頃、父母に会えず寂しくて泣いていた私に、身命を捧げ私の騎士になると誓ってくれた最初の人だ。

 絶対の私の味方…私だけの騎士…幼い私がどんなに心強かったか、どんなに嬉しかったことか…小さな頃の記憶は曖昧なれど、その気持ちだけはハッキリと覚えている。

 ならば、私はロンフェルト卿の立場を護ります。

 それが騎士の(あるじ)たる務めでありましょう。



 ロンフェルト卿は後ろからの刺し傷が致命傷であったとか。


 …あり得ない。


 幾重にも敵に囲まれていたとしてもロンフェルト卿は負けはしない。

 ロンフェルト卿の強さは、完全装備ならばクラッシュ叔父様の攻撃にも耐えうる程、防御力には秀でていた。

 すると、答えは一つしかない。

 

 …後ろから心許した味方に刺されたのだ。


 考え得る高確率の最悪の想定に、沈痛な面持ちになる。

 家中に裏切り者がいる。

 今、私が感じている感情…これは悲しみと怒りだ。


 なんたる卑怯者か。

 守る味方を後ろから刺すとは…。


 悲しみで泣きたいのに、沸騰するような赤い憤怒が突き上げて泣く事が出来ない。

 このような…ドス黒い醜い感情が私にあるなんて初めて知りました。


 ロンフェルト卿は、幼なかった私の父母代わりであった。

 父母を卑怯な手段で殺され、怒りを覚えない子がいるだろうか?

 

 到底赦すことなどできはしない。


 …恥を知れ!


 誰かが灯りを付けたのか一瞬だけ車内を明かりが照らす。

 窓ガラスに反射して映った私の顔は、見るに堪えない有り様を晒していた。


 …いけない。

 君主は内心を晒してはいけない。

 深呼吸を一回して、気持ちをリセットする。

 表情をも真っさらに戻した。


 …だが、その様な恥知らずが、我が領の騎士団にいるとは背中に悪寒が這い上るような気持ち悪ささえ覚える。

 人としても最低の行為…犯人の心持ちなど想像の埒外だけども、…それでも隣り都市の間者ならば、まだ得心がいく。

 …同じ都市民とは考えたくはない。



 考えに集中していたおり、ドシンッと音と振動が同時に起こり、バスが揺れて自分がブレたような感触がした。

 車内で悲鳴が聴こえる。


 何かしら?!


 これは、段差に乗り上げた類いの道路事情に起因するものでも、運転手のミスでもない。

 何らかの異常事態です。


 落ち着いて…私。


 これくらいの異常事態は今までに経験済みです。

 今まで何度も生命は狙われて来ました。

 但し、今回は護衛は誰もいない…頼れるのは私一人だけ。


 深呼吸をゆっくり繰り返す。

 今、自分が出来る事をするのです。

 その様に自分の心に言い聞かせる。

 すると心がスーーと静かに落ち着いて、心拍数が正常に戻った。これぞ訓練の賜物です。

 「search…。」

 周りを見渡す…暗がりに、乗客の影が3人…窓から見た車外を、緑色の人魂の様な形の光りがゆったりと不規則に揺れて流れていた。

 中央部に人の顔、大きな口を開けている。

 おどろしい暗がりの眼窩がこちらを睨んだ。


 パターン赤、こちらに敵意を持っているのは間違いない…あれは怪異です…怪異種別、緑01、通称名キャベツ…。

 次いで、怪異の口から甲高い悲鳴が響き渡る。

 超音波のような高音の振動破がバスを襲った。


 物理的振動によりガタガタと揺れるバスに乗客からも悲鳴が上がる。


 …いけない。

 

 怪異が何故このバスを襲ったのかは不明なれど、実際今襲われているのは事実です。

 今、一番まずいのは、味方がパニックになること。


 「皆々様、落ち着きなさいませ。私の名はキャンブリック・アッサム。アッサム辺境伯爵家に縁の者です。怪異の正体は種別緑01です。この怪異は声の振動がうるさいだけで力はありません。怪異の言動には心惑わされないように!バスの中に居て無視してれば大丈夫です。窓は開けないように。両側の窓がしっかりと閉まっているか各自でチェックを願います。」

 私は暗がりの車内で後方から指示を出す。

 窓は一見して閉まっているけど、人間は何かやる事があると落ち着く。

 それに万が一の事があるから確認は大事です。

 

 私の指示に、三人の人型の影達が、窓枠に張り付く様にして確認をしだした。

 さて、このままでは多分に終わらない気がする。


 次は何?


 窓から、大きな丸い月が見えた。

 満月です。フルムーンだ。

 しかし、良く見ると中央部に黒点のような影が見える。

 

 注視してると、その影は段々と大きくなっていく。

 翼だ…人型に翼が付いている…。

 「search!」

 魔力線を伸ばすと、反射して回答が返ってきた。

 パターン赤、敵対生物です。


 バスの中は暖房で寒くないのに、身体が震える。

 一瞬後悔したけど、…頭を振るう。

 これは、武者震いと言うものです。


 敵ならば、戦わなければならない。

 当然でしょう。

 臆することなかれ、キャンブリック、とうに覚悟は決めて来たでしょう?

 自分で自分に問いかける。

 

 翼を付けた人影は、段々と大きくなって近づいて来る。

 今では大型の人型蝙蝠のようなモノだと分かった。

 息を大きく吸い込み、ゆっくりと細く長く息を吐く。

 これは調息と言う。

 そして身体中の感覚を開いていく。


 「…刮目!」


 自分で自分の身体に告げる。

 宣言すると身体中に雷が走った。

 身体の中の駆動輪が唸りをあげて急速回転する。

 …歯を喰いしばる。

 お姉様の十八番、身体覚醒言語です。


 お姉様の真似です。けれども真似だけではない。

 これはお姉様直伝の、但し私なりのアレンジを施した短縮版モードなのです。

 足りない力不足分は、ポーズを決めて補強する。

 …このポーズには意味がある。

 後ほど説明するが、意味が無ければ、このような恥ずかしい決めポーズなど出来はしない!

 なんだか何処ぞのヒーローを真似してるようで、周りに人が居ると思うと、顔から火が出る程に恥ずかしい。

 

 誰ですか、考えた人は?… … …私です。

 ああ、もっと目立たない、さり気無い技が良かった。 


 でもこれで、私は、この技で、護られてばかりではない皆を護れる君主となるのだ。






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