仔蜘蛛
斬られた手を見る。
斬られた箇所から血が流れている。
ジッと見てると血は腕を伝って、床に流れ落ちた。
ハッとして斬られた箇所を止血する。
痛いことに初めて気づく。
…信じられない。
空間を超えて、私の因果律の糸を斬られた!?
これは、もう人間技ではない…神や悪魔の御技に近い。
私は、信じ難い事実と正体不明の不気味さに恐怖した。
あの、[暴風]と呼ばれている女はいったい何者なのか?
斬られた腕がズキンと疼く。
今まで私は、空間の向こう側まで伸ばした情報の糸を、更に伸ばし、又は手繰り、引き寄せ、向こう側の人間を人形のように操ってみせてきた。
私にとってそれは、おもちゃの人形を糸で操るような簡単な手妻で、今まで失敗したことは無かった。
今では、最強の護衛[女王蜂]を表に立てて、私の好きなように世界を操ることも出来ると信じていた。
今、この時までは。
だが築いて来た自信が全て崩れ落ち、自分の血を見て私は[暴風]に戦慄した。
…何て怖しい奴だ。
私が出した見えない糸を辿って根元をザックリ斬られたのだ。
だが、良く見ると傷口は浅いことから、死なないよう手加減されたのが分かった。
なんてことだ。
身体が恐怖と屈辱で震える。
これは[暴風]からの警告だ。
お前などは直ぐにでもやれる、生命が惜しくば手を出すなと奴の声が聞こえた気がした。
屈辱でカァッと顔が火照る…許さない、赦さない、許さない。
ああ…あまりの感情の高ぶりに自己紹介を忘れていた。
私の名はアズ。
名字は無く[女王蜂]から[仔蜘蛛]と命名された。
奇しくもこの異名は、[女王蜂]に倒された[黒後家蜘蛛]から呼ばれていた名と一緒であった。
今では[女王蜂]の懐に秘書として寄生して生きている。
私達[蜘蛛]と呼ばれる者達は、人類の歴史と共に存在した。
人々を操り、人類という種を一定の方向へ舵を切らせる。
私達は一定の割合で生まれて来るのだ。
いったい何の為に産まれて来るのか理由は分からないが、私達にはある特別な能力があった。
それが[人形使い]の能力…手足を操るように因果律の糸を使って人々を操る。
楽しい…皆んな自分の意思で動いていると思い込んでいるが本当は違うのだ…笑ってしまう。
[女王蜂]に[黒後家蜘蛛]を殺させたのも私だ。
全ては私の手の内の中、思い通りだ。
だが、ことここに至って、私に天敵が現れた。
[暴風]、奴は危険だ。
安全地帯からリスク無しで、相手に悟られず共倒れを狙うのが私の素敵で最強な戦い方。
私に狙われた者は、私の存在すら知らずに消えていく。
それなのに奴は察知して、空間を飛び越えて、私本体を斬ってみせたのだ。
右手の親指の爪を噛む。
私本体は弱い。
相対したら一撃でやられてしまう。
考えねばならない。
直接では今回の二の舞になってしまう。
…
よし…より範囲を広げるのだ。
…
悟られずに、包囲してから縦横無尽に奴を嬲り殺して、この世から奴を殲滅してやる。