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アールグレイの日常  作者: さくら
アールグレイの救出
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暴風とペンドラゴン(前編)

 (ひざまず)き、僕を見上げている子供の前にシュタッと降り立つ。


 …


 この子は鎧武者達を壇上から指揮していた。

 対集団戦の場合、先ずは敵の中枢を速やかに刈ることにしている。又は即時撤退です。

 突攻を選択したからには、速やかに頭を潰し、後は烏合の衆と成り果てた集団を各個撃破する。

 …殺意は全てお返し申す。


 子供を見下ろす。

 …

 僕の生命を狙ったからには、失敗したらそれを返されるのは自然の理。

 子供の生命を刈るのは、本当に凄く凄く嫌だけど…今世は自分の生命を第一優先と決めている。

 だから、致し方無し。


 …仕方無いのだ。

 …迷う理由はない。


 でも、僕は刈ろうと反射的に上げ掛けた片脚を、降ろした。


 …逡巡した。

 …戸惑うとも言う。

 決めるべき時に迷うのは前世からの悪い癖だ…分かっている。

 それでも僕は迷った。


 何故なら見下ろした子供にはまるで敵意がないから。

 そればかりか逆に好意のような眼差しさえ感じる。

 尚更に気分がのらない。

 しかも良くみると、前に何処かで見た覚えすらある。

 もしかして知っている子?

 searchと小さく呟くとパターンは青と出た。

 何それー?ならば何故にぃ?どうして僕に敵対するの?


 この時点で僕は、この子を刈るのを止めた。

 何故なら、逡巡してる間に、自分が怒っていると気づいたから。

 この怒りは僕を実に不快な気分にさせる。

 その理由は、子供を殺さなければならない僕自身に激しい怒りを感じていたから。


 自分の生命優先の信条を翻し…自分の気持ちを尊重して、嫌な事はしないと、今決める。

 気分がスーッと落ち着ついた。

 …よし。

 やはり、どんな理由であれ子供の未来を奪うのは僕の性に合わないのだと判る。

 良かった…逡巡して、迷って本当に良かった。

 この悩み迷う癖は、前世からの悪癖だと思っていたけども今だけは感謝する。

 危うく取り返しの付かない事をしてしまうところでした。

 ホッと胸を撫で下ろす。

 

 海よりも深く反省です。


 子供は両膝を床に着き、両拳を胸元で握り、泣きながら最初の言葉を口にした。

 「…死にたくないです。」


 ああ、御免なさい。御免なさい。幼い子を泣かしてしまいました。

 僕、怖かったですか?

 怖がらせて御免なさい。

 悔恨の情が瞬時に湧き、胸がズキズキと痛いです。

 僕が全部悪うございました。


 僕の現在の心情など伝わるはずもなく、子供は涙をポロポロと流し、話し始めた。

「お赦しください。悔い改めます。僕は…」

 子供の話しは、それはそれは、長い告解だった。

 何しろ幸せであった家庭生活から始まり、尊敬する父親の不審死から、名誉を剥奪され、家族が離散し、放浪生活を生き抜きサンシャで何とか生活基盤を整えて今に至るまで、この子の心情が個別のエピソードと共に綴られていく。

 幸せから急転直下不幸のどん底に落ちるくだりでは、戸惑い涙し、怒り、周りから手の平を返された哀しみと、誰も救けてくれぬ絶望、独りとなる孤独感、生き抜いて行く覚悟と決意、揺らぐ思い、…そしてなんと僕の話しも出て来た。

 シナガでお会いしてから、なんて美しい人だろうと密かに思い続け、僕を希望の光りとして胸に抱き、今まで挫けず生き抜いて来たと言うのだ。

 依頼が来た時、断っても他の強者に依頼が行くならばと、受諾したこと。

 窮地の折、救けを何度も祈ったのに何故お救けくださらなかったたのかと、こんなにも貴女の事が好きで好きでお慕い申し上げているのに何故に?と泣きながら何度も聞かれる。


 子供の言動とは言え、ここまでダイレクトに好意をぶつけられると赤面もので恥ずかしい。

 この子の名前も知る。

 伝説のドラゴンバスターロンフェルト家の末裔。

 ルーシー・ロンフェルト。

 

 ルーシーは泣きながらも朗々と歌い上げるように、狂おしい心の内を語った。

 その姿は、僕を神に見たてて懺悔するかのようだ。


 僕は神様じゃない。

 失敗も後悔もする唯の人です。

 でも今回ルーシーを処断しようとして分かった…僕は自身を含め、幼き子を虐げる存在に、どうしようもなく怒りを覚えるのだ…幼いルーシーを悲しませるのは許せない。

 幼き子の涙は悲しい。

 その救けを呼ぶ声に応えたい。

 僕の胸の奥に、赤々とした怒りの炎が灯った気がした。

 この子は、こんなにも幼くて小さいのに、悲しみや苦しみを乗り越えて、ここまで来たんだ。


 そして、僕に出会った。

 夢の中のお告げを思い出す。

 もしかしたら、この出会いには何かしら意味があるのか…?

 でも、それはまた別の話しだ。

 今は、お告げを考えるよりも僕自身の気持ちを優先させる。

 

 「…よく頑張りましたね。」

 僕は胸の奥がキュンと切なくなり、思わず彼の頭を撫でてしまいました。

 キョトンとしたルーシーの顔をハンカチで拭いてお手入れしてあげる。

 うんうん…君、せっかくの色男が台無しだぞ。

 ほら、キレイになった。


 それから僕は、ルーシーを頭から胸に抱き締め背中をさすってあげた。

 かわいそうに…本来ならば、まだまだ母親に甘えたい年頃だろうに。

 ルーシーは、まだ小さい子供なのに、大人にならなければ生き抜いていけなかったのだ。

 良い子良い子とギュッと抱き締めていたら、ルーシーが身体を揺すり、僕から離れていった。

 ああ、まだ悔悛の意味も込めて抱き締めてあげたかったのに。

 見ると、ルーシーは涙目で、お顔全体的が真っ赤になっている。

 あらら、苦しかったのかしら?


 ならば一旦中断です。

 照れ隠しに、鎧武者達の方に向き直り、まだ戦うか問うてみる。

 すると、黒鎧武者が出て来て降参した。

 …

 あれ?彼は手加減したとは言え、再起不能の状態にしたはず。

 …

 …なるほど。

 防御、耐久、回復特化ですね。

 少し彼らを侮ってました。…反省。

 これでは敵対すると全滅させるのに時間が掛かりそうです。

 それに、罠に掛けたとは言え、彼らの態度はそう悪く無い。

 悪びれない正々堂々とした態度は嫌いではない。


 「…許す。」

 では、和解しましょう。

 幸いこちらにも被害は無い…仲直りです。


 僕は友好の証しに、ニッコリと笑った。


 

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