小雀(後編)
1023手目まで読み切った。私の勝ち。
後は消化試合だ。
決められた予測通り、私は身体を動かす。
1023手目に、私のレイピアの剣先がアイツの喉元を貫く。
これは既に確定未来の約束事項。
アイツは、一つ一つ丁寧に私の剣撃を受けてくれた。
(ああ、美し、可愛い、尊い。)
制御の緩い第8意識から思考がダダ漏れである。
だが、剣を交わす度に、為人が分かるような気がした。
コイツは、おそらく、おそろしく人が良い。
真っ直ぐな正々堂々とした剣筋からわかる。
(ああ、もう直ぐ終わってしまう。)
剣戟の音が鳴り響く。
まるで、私とアイツの会話だ。
挨拶の様に剣を振るう。
剣を交わす度に、親しみがわいていく。
敵として、戦わなければ、コイツとは友達になれた、きっと。
なんて、丁寧で正確な剣筋。
軽やかな華やかな、まるで春風の様な剣だ。
これは、全てを受け入れて祝福する剣だ。
小雀は、剣を振るう中、光の風に包まれるような、心地良さを覚えた。
惜しい…切りたくはない…だが契約は守らなくてはならない。
985手目。
小雀は、何やら、やり難いことに気づいた。
おかしい、なにやら、変だ。
これは、心情的なものではなく、妙にやりづらいのだ。
まるで、剣が引っ張られるような。
998手目。
小雀は、明らかに変と気づいた。
粘りつく、嫌な処に、アイツの剣が伸びてくる。速さは変わらないのに遅く感じる…これは…何だ?
999手目。
こちらが攻めているのに、引きずられていく。
だか、予測は変わっていない。私の勝ち…。
1000手目。
私の剣が、アイツの剣の渦に巻き込まれるように、もぎ取られ、宙に舞った。
アイツの剣先が天を刺し、その目は私を見つめていた。
その瞬間、アイツが光り輝いているように見えたんだ。
可憐で、美しい…その姿に私は見惚れてしまった。
第1から第7までの意識が混乱し、思考が錯綜する。
そんな馬鹿な…予測は完璧だった、私の方が速さに優っていた、読み切ったんだ、何故、手元に剣は無い、私の負け?
分からない、私には分からない…
おそらく私は呆然としていたのだろう。
刃先を突きつけられ、投降を促されてることに初めて気がついた。
負けた理由が分からないまま、私の8つの意識のうちのひとつが囁く。
(ああ、なんて美しい。尊い。)
アイツの後背が輝き、私に光りが降り注ぐように感じられた。
そうか、おそらく私の意識の末端である第8意識は、奴が遥かな高みにあることが分かっていたんだろう。
降参…
ガシャーーン!
その時、壁がいきなり壊された。
漆黒の大キノコが、うねりながら、大音声の胞子を撒き散らしながら、向かってくる。
…よく見ると魔王だ。
なんか…いや。
身体が無意識に動き、引き下がる。
引き時だ。
意識を統合し、逃走する前にアイツに声を掛ける。
すると、アイツはニッコリ笑った。
どはーーっ、な、な、なんだ、この破壊力は?!
真剣な表情も見惚れるほどだけど、笑った顔は、もっと素敵…脳味噌が沸騰してまう、身体中が熱い、心臓がドキドキしてヤバイ。今、私は未知なる攻撃をうけている。
ぐぅー、これ以上受けたらヤバい。
「私を覚えていろー!」と告白して、逃げた。
逃げたあとで、鼻血を出してることに気づいた。