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アールグレイの日常  作者: さくら
アールグレイの救出
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ペンドラゴンと暴風(前編)

 鎧武者達の雄叫びや喧騒が静寂と化した。


 僕がいる一際高い壇上で、黒色鎧武者さんが、鞠のように吹っ飛んでいくのが見えた。

 思わず目で行方を追う。

 

 重力を無視したかのように、重い鎧を身に纏った完全武装の黒色鎧武者さんが、軽々と吹っ飛び、天井に向かい綺麗な放物線を描いて…やがてグシャと音を響かせ落ちた。

 

 … 信じられない。

 重鎧の完全武装を身に付けた黒色鎧武者さんは、総重量200kg以上はあるに違いない。

 それなのに…?!


 …


 あまりの信じ難い実力の差から出る惨劇に、驚愕の目を向けてる間に、[暴風(テンペスト)]の姿を見失ってしまった。

 

 し、しまった。

 この広いけれども限定された見通しの良い空間で、敵手の姿を見失うなどあってはならぬ失態。

 慌てて辺りを見渡す。

 …

 何処にもいない…そんな馬鹿な。

 いったい彼女は…ど、…何処に?


 …


 …足元近くの床に影が落ちる。

 ハッとして頭上を見上げた。



 !?


 天井高い付近に、照明を浴びて弧を描く優美なシルエットが垣間見えた。


 あれは!?


 天空を優雅に舞う身姿は[暴風(テンペスト)]に間違いなく、否が応でも目を惹きつけられてしまう魅力に、僕は瞬時、戦っている事を忘れて見惚れた。


 …なんて、美しいんだ。

 静寂に、光りと影が交差し女性の形を成している。


 この世に、こんな美しさが存在するなんて。

 美しさとは…哀しいほどに心が震えるのだと、僕はこの時初めて知った。

 時間がゆっくりと進んだような気がする。

 その時は永遠に続くかと思われた。


 ああ…

 僕は感涙し、嗚咽をあげ、そして自然と膝が床面に落ちた。

 まるで聖画像のような光景に、僕の心が畏れを抱いたのだ。


 …


 その僕の面前に、[暴風(テンペスト)]が舞い降りた。

 そう、まるで、重量などないかの様に静かに、天女の様にフワリと緩やかに降りて来たのだ。


 信じられない…。


 僕は驚愕し、戦慄した。

 手を伸ばせば触れてしまう直近にいるから分かる。

 驚くべきことに、[暴風(テンペスト)]からは魔法の揺らぎが一切感じられなかった。

 つまり、今の天空まで跳びて舞い降りた一連の動きは、魔法力が一片も使われておらず、体技のみの動作ということを示しているのだ。


 あ…あまりにも、レベルが違い過ぎる。


 こんな技能の体術、今まで聞いたこともないし見たこともない。

 静かな中に、畏るべき力と技能の極地が結集された体術であるとしか…想像できない。

 物理法則を逸脱してるのに魔法の痕跡が無いのだ。


 …あり得ない。



 僕の名は、ルーシー・ロンフェルト。

 浅はかにも[暴風(テンペスト)]に戦いを挑んだ愚か者。

 そして誇りある竜退治の末裔、それが僕だ。





 絶望的な気分で、膝を着いた状態のまま、直近に佇む[暴風(テンペスト)]を見上げる。

 彼女は、戦いの場とは思えぬほどに静かに佇んでいた。

 或いは彼女にとって僕らは最初から戦いの範疇にすら入らなかったのかも知れない。


 ここに至って、ようやく僕は依頼主に騙されたことに気がついた。

 依頼主にとって、僕らは最初から捨て駒であったのだ。


 今となっては依頼主にどんな思惑があったのか不明であるけど、事ここに至っては、[暴風テンペスト]を、殺そうとしたからには、こちらも生きては帰れない必定の運命…もしかしたら後金の依頼料も振り込まれないかもしれない。

 僕ならば、騙されないと思っていた。

 それは何の根拠の無い自信だったのか?

 この二年間生き抜いて来た経験も[暴風テンペスト]に対する慕情も汚され踏み躙られた心持ちがした。


 …悔しい。


 どいつもこいつも、僕らを馬鹿にしやがって。

 この世の中、正直者が馬鹿を見るのか…?

 父上や僕のような真っ当な生き方は、昔の御伽噺の中でしか生きられず、今の世の中では通用しないのか?

 僕の思いは勿論、尊敬する父上さえも、蔑ろにされ踏み付けにされたようで…それが何より悔しい。


 静かに佇む[暴風(テンペスト)]の表情は、逆光になって僕には良く見えない。

 怒っているのか、冷酷な顔つきをしてるのか、或いは見下されているのかさえも分からない。

 しかし、それさえも滲んで見えなくなっていった。

 僕の目から滂沱の如く涙が流れ落ちていく。

 


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