黄昏れの指し手
私の名はダージリン。
ファーストネームはまだ秘密です。
でも西の冒険者ギルド…吉祥天ギルドの受付嬢を生業としている者だと言えば分かって貰えるかしら。
受付はギルドの顔であり花でもあると言われるから、だから…私自身も、その様に自負している。
ささやかなプライドだけど、それくらいの傲りはあって良いと思うし、それに見合った能力を持ち、実績は出しているはず。
其れさえも判らぬ輩は無能だから、私の話し相手には相応しくない。
そうでしょう?
腐っても私はダージリンだ。
実家は没落したが、今でもダージリンを頂点に頂くネットワークは健在で、それは冒険者ギルドともリンクしている。
私は独りダージリンから離れたが、実はダージリンの元老会から一族滅亡の際の緊急事態におけるバックアップの一つを仰せつかった。
私は、そのダージリンネットワークの統括者である。
私が10代の時に元老に呼び出され、任務を指定された当時は、滅亡など、…まさかと思った。
当時の若い私では、元老の叡智など、内心年寄りの心配性の繰り言のように感じたけど…いやはや、年経り叡智と化した年寄りの智慧には敵わぬわと、今では素直に思える。
何しろアレから数年で、まさかダージリンの受難が興り、一族が散り散りとなり、ほぼ滅亡してしまうとは誰が考えられようか。
あの日、本家や元老達は、真っ先にやられた。
一族の中枢は壊滅、ダージリンの血族のおよそ70%は、直接抹殺され、そして残りの者達も政治的、社会的に滅ぼされた。
生き残ったのは、他家に嫁いだ者、一族から訳あって離れた逸れ者、本当に運良く受難から逃れた幸運な少数、そして南に逃れシナガにあるダージリンの分家と合流した者達…。
本家の三女たるファースト様が南に逃げてくれたのは行幸であった。
果たして、この地で、ダージリン一族は運命の出会いを果たす。
ダージリン一族には、昔から伝わる[黄昏れの姫巫女]伝説がある。ダージリン滅亡の危急の際に現れ、ダージリンを救け、導き、幸せの地へ誘うというトンデモ存在だ。
ない、ない、御伽噺の類いの幻想…失礼だが御先祖様が夢見た妄想話しだと思ってました。
なにしろ話しの主人公である黄昏れの姫巫女様が超絶可愛いのだ。
形容句が、清楚で神聖なとか、なのにグラマラスとか、月の輝きを集めた金色の髪で登場したのに、何故か途中から漆黒の黒髪になるし…分けが分からない。
これって絶対、御先祖様の好みとか理想とか妄想が入ってるよ。
でも、我が一族のツボにハマったのか、この伝説は先祖伝来伝わり続けていた。
かくいう私も子供の時分に母親から聞かされて育った。
何しろ、超絶美少女が子孫の危機に颯爽と現れ救ってくれるのだ。
…悪印象の持ちようはずがない。
っていうか、御伽噺では割と好きな話しです。
ああ、私もダージリンの一族なんだなぁと思えたりもして、密かに嬉しく思ったりもした。
でも、まさか伝説が本当だったとは夢にも思いませんでした。
そして、伝説の主人公と対面するとは…。
「どうしたの?ダージリンさん、僕の顔何か付いてる?」
吐息を一つつき、「何でもありませんわ。」と内心を誤魔化す。
本当は、子供の頃から御伽噺に聞かされていた伝説の主人公と対面してお話し出来てるなんて、心が震えるほどに嬉しい。
その主人公とは、今私と話しているアールグレイ少尉の事です。
黄昏れの姫巫女様ったら、今日も超絶可愛い〜!
彼女は、私達ダージリン一族を救ってくれる救世主、その証左は、今でも上がってくるアールグレイ少尉の関連情報から既に決定事項と言ってよいほど。
黄昏れの姫巫女様は、彼女に間違いない。
だが、私は嬉しさを顔には表さない。
あくまでもクールに事務的な対応を崩さない。
何故なら、現代にあっても人類は未だに平等概念の負なる側面を完全には克服できていないから。
もし私がアールグレイ少尉にだけニコヤカに対応していれば、少ないながらも必ず実力無き愚か者達がいて嫉妬や羨望から、碌な事はするまい。
うちのギルドは、規律厳しく実力主義をとっているが、それでも数%の愚か者は発生する。
これはギルドの方針で外に広く門戸を開いている以上、確率統計上致し方ない。
でも、もしアールグレイ少尉の邪魔をしたら、私がタダじゃおかないから!
それはそれとして用心するに越したことはない。
私は、今、とっても機嫌が良い。
それは今、アールグレイ少尉とお話しをしてるから。
アールグレイ少尉に、護衛の仕事を斡旋している。
少尉と縁あるアッサム辺境伯のお姫様からの依頼です。
護衛と聞いて、最初渋い顔していた少尉の御尊顔が、依頼主がアッサムのお姫様だと知って、花が開くように破顔した。
ウッ…尊い。
まるで御来光と桜吹雪が同時にまみえたような印象の笑顔が超絶大に可愛い、…凄い破壊力です。
あまりの眩しさに目を狭める。
後ろで、偶然通り掛かって少尉の笑顔を目にした職員が、笑顔の威力をまともにくらい倒れた音がした。
私は、学校の歴史で習った超古代語のヤバイと言う言葉を思い出した。
まさにこれはヤバイ。
内心では少尉の尊い御尊顔を拝謁して、感動の嵐が吹き荒れているが、顔には出さない。
必死で堪えて、任務の説明を淡々と話す。
眩しくても目を閉じるのを堪えた。
…
少尉が帰った後、ルフナ准尉の幽霊から依頼を受けた件について、話すのを忘れたことに気づいた。
…ま、いっか。
本人も話さないでくれと言っていたし。
しかし、ルフナ准尉は何かを隠しているような気もする。
やはり、言っておいて方が良かったかも…でも今更だ。
又、今度にしましょう。
私は自分の責務を思い出す。
元老の一人である私の祖父が言っていた。
「おまえに我がダージリン一族の未来を託す。聡いおまえのことだから、「何言ってんだこの糞爺、遂に耄碌したか!」位にしか思っているかも知れないが、おまえの先を見通す能力が、ダージリンの危機の時に顕現される黄昏れの姫巫女様のお役に立つ時がきっと来る。そして姫巫女様と共におまえも幸せになっておくれ。」
私は、この時、内心を当てられた事に驚いたが、今、祖父の予言が当たりつつあるのにも驚いた。
祖父が存命ならば、きっと姫巫女様の役に立っていたに違いない。
私の能力など、祖父の予言に比べれば紛いものだ。
私は、今把握してる情報を解析して未来を予測することが出来るに過ぎない。
皆に出来ないのが不思議な位の普通の感覚で予測を使える。
だから、将棋やチェスで私は負けたことがない。
およそ数千手まで読む事が出来るから、先が限定されたゲームでは最後まで読むことが出来てしまう。だから勝つのが当たり前で、詰まらなくてゲームはやめてしまった。
ただ、無限定の敵対勢力相手では、少し先を読む事が出来るだけの、祖父の予言に比べれば、大したことはない能力に精度は落ちる。
だが、祖父に言わせると、私の先を読む能力は、[指し手]と言われる軍師には喉が出るほど欲しい能力なんだとか。
でも、表で戦うわけでない実に地味な能力です。
どうせなら、もっと強い戦える能力が良かったと当時は思ったけど、今は満足している。
だって姫巫女様と並び立って戦えない代わりに、彼女を補助して支えることが出来るから。
それって要は姫巫女様の女房役でしょう?
うん…私にピッタリの役所と言ってよい。
そうでしょう?
そうだと言いなさい。
とにかく、ギルドの半分以上は、ダージリン一族が既に掌握している。
黄昏れの姫巫女様を助ける為ならば、私は何でもやる所存ですから。




