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アールグレイの日常  作者: さくら
アールグレイの救出
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キャンブリック、深夜の街を駆ける

 準備万端、用意周到、あとは度胸のみ。

 大丈夫、当に覚悟は決めている。


 思いの外上手くいきました。

 暗闇の城内を独り歩いて城の外に出た。


 廊下では誰にもかち合わず、昼間とはまるで印象が違って城全体が寝静まっているかのよう。

 そう言えば、皆に内緒で城外に出るのは初めてです。

 少し、ドキドキします。


 城外に出た処で、巡回中の衛士に見つかって追いかけられたのは予想外でしたけど。

 若い女性の声で、呼び止められました。

 すかさずピッチを上げて逃走する。

 走る速さには少しだけ自信がある。

 短距離ならば、ギャルに匹敵するほどだから、ちょっとしたものだと思う。

 振り向いたら、軽甲冑を身に付けてるのに追い付いて来る衛士にギョッと驚愕する。

 全力疾走で、曲がった処で物陰に隠れ息を殺す。


 御免なさい、衛士のお姉さん。

 私は、ロンフェルト卿の子息に会いに行くのです。

 だから、ここで見つかるわけにはいかないのです。


 情報収集の結果、彼がフクロウ区のサンシャという施設街にいる事が分かりました。

 私でも、やれば出来るものだ。

 ここまで、自分一人でやり遂げました。

 道行は、まだまだなのに、充足感を覚えます。

 思えば、今までは、現状を解析して、問題点を洗い出し対策を考えて、指示命令してるだけで、自分で実行はしてなかった。

 行動するのは…今回が初めてです。


 …いけない。

 指示命令だけではいけないと感じる。

 頭と手脚は、同じ温度差でなくてはいけません。

 今、私は皆と同じ場所に立っている。

 あまりにも寒くて、歯が鳴り、手脚の先がかじかんで感覚が無くなる程寒いですけど。

 ああ、川の近くが、こんなに寒くなるとは知らなかった。

 水とは冷の質を持っているのですね。


 そして、暗闇の空の彼方から吹く風が、身体から体温を奪っていく。

 住居と服の有り難みを、たった今、体感で知りました。

 これでは冬に住居の無い人の痛みは如何ばかりでしょうか。

 理屈だけでは現実に勝てない。


 誰も通らない程の冬の寒さかじかむ真夜中に巡回してる衛士に崇敬の念を抱く。

 知らなかった…これほどの寒さに都市を巡回してるなんて。

 それなのに私は暖かい暖炉のある部屋で悠長に考えを巡らし指示命令してるだけだった。

 しかも優雅にお茶やケーキまで食べていて…御免なさい。


 自責の念で心が押し潰されそうになりながら、捜索を漸く諦めて遠ざかる衛士の位置をsearchで確認しながら、隠れていた場所から表通りにでる。


 息が白く、肺が痛いほどの寒さです。


 私が調べたところ、なんとサンシャまでは深夜長距離バスが運行している事が分かりました。

 高いけど私の貯めたお小遣いで足りる金額です。

 目的地まで何の障害も無く直ぐに行けるのならば、安い金額でありましょう。

 高いけど、対価としては相応の金額だと思います。



 …



 白い排ガスを僅かに排気口から吐き出してながらバスは止まっていました。


 …ようやく深夜バスを見つけました。

 まるで時が止まっている世界で、私とバスだけが生きて動いているみたい。

 バスの前まで行くと、ブザーが鳴り扉が開きました。

 バスがブルッと震え、鉄なのにまるで生きてるかのよう。

 運転手さんは、コチラをチラッと見ましたが何も言いませんでした。

 乗り込むのに一瞬躊躇しましたが、意を決して乗り込み階段になっているステップを上がり、透明な料金箱に運賃を入れる。

 料金箱の底が動き…入れた運賃を飲み込み計算してくれる。

 サンシャ直行バス、途中下車でも料金は変わらず。


 いつの間にか扉は閉まってました。

 エンジンの駆動音だけが聞こえてきます。

 相変わらず運転手さんは何も言いません。


 お客さんは、少ないながらも何人かいました。

 …大丈夫。

 私を見知っているような人はいません。

 歩いて一番奥の右側の席に座る。

 ホッと一息吐くと、窓ガラスの曇りを手で取る。

 ガラス窓の向こうに暗闇のアカハネの街が見えた。

 途端に不安が頭をもたげてくる。


 一人だ…今私は一人きり、ギャルも叔父様も今はいない。

 でも、これは誰もが大人になる為に通る、通過儀礼みたいなもので、誰もが一度は味わう気持ちだと思う。

 私が、この気持ちを味わうなんて遅いくらいなんだ。

 飛ぶ時は、誰もが一人きりなんだよ…お姉様もギャルも、誰もがそうなんだ。

 だから、私も負けてはいられない。

 …私は帰ってくる。

 自分の為すべき事をやり遂げて、自分に恥じないよう胸を張って帰って来るから。


 


 やがて、バスのエンジンが一回唸りをあげると、ブザーが一回鳴り、無愛想な声で運転手が発進する旨のアナウンスが流れた。


 バスは暗闇の中を滑っていく。


 やがてバスは、都市部を抜け、荒野に至ると、アカハネの街は元の静けさを取り戻した。




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