辺境伯の娘(中編)
その人の名は、アルフィン・アルファルファ・アールグレイ。
そう…冒険者ギルドのアールグレイ少尉のことです。
私は、てっきりテンペストが名前なのかと思っていたけど、これは優れたる武芸者、偉大な冒険者、などに付けられる二つ名と言うものらしいと、ギャルから聞きました。
凄い、流石お姉様。
ギャルは自慢そうな顔で説明してましたけど、あなたを誉めたわけではないですからね。
話しをアールグレイ少尉…お姉様との出会いに戻しますが、私は去年の冬、見聞を広げる為と称してトビラ都市観光旅行に一週間ほど行っていました。
でもそれは建前で、お父様の代理としてトビラ都市政府の中枢を担う有力貴族や次代の子息達らと交流して友好関係を結ぶのが真の目的でした。
我が伯爵領たるアカハネは、トビラ都市の北側の防衛都市の位置付けです。
要はトビラ都市の衛星都市であり、仮想敵都市であるサイに対する北の砦たる役割を担っているのです。
トビラ都市中枢とのパイプを太くすることは必須事項、アカハネから離れられないお父様になり変わり、クラッシュ叔父様の補助よろしくトビラ都市に参上致しました。
ここで私は、私の生命を狙う不届き者に襲撃されたのです。
この時、クラッシュ叔父様は偶然離れ、もっとも襲撃者達からみたら、その隙を待って襲撃したのでしょうけど、護衛はギャル1人で、多勢に無勢であわやというところを、偶々通り掛かった冒険者ギルドの方に救われました。
その方は精悍な体つきの大人の男性でした。
私達の窮地に突如現れ、襲撃者達をバッタバッタと古代劇の様に薙ぎ倒していったのです。
フードを目深に被り、お顔は拝見できず、お声も小声で掠れた声でした。
お礼に名前を尋ねても「名乗るほどの者じゃない。」とおっしゃられました…だから、今でも正体不明の方です。
まあ…なんて慎み深い方なんでしょう。
世の中には、見ず知らずの私達を命懸けで助けてくれる奇特な方がいらっしゃるのですね。
私、それを聞いて、その時少し胸の奥でジーンと来てしまいました。…感動です。
怖い思いもしたけれど、旅に出なければ、こんな思いもしませんでした。
思わず胸の前で、両拳を握りしめてしまいましたわ。
その方が去り際に、自分は吉祥天ギルドのギルド員であり、もし護衛を依頼するならば[暴風]を指名すれば、きっと助けてくれると明言したのです。
私達を、名前も名乗らずに命懸けで助けてくれた人のお言葉です。
そこで私は、慌てて戻って来たクラッシュ叔父様に護衛依頼を吉祥天ギルドに出すようお願いしたのです。
だって、救けてくれた方は[暴風]本人ではなくとも、あれ程明言するのですから、所縁のある方に違いありません。
だったら、依頼して繋ぎを作れば、またあの方に会えるかも知れませんから。
そうしたら御恩も返せるでしょう?
辺境伯家の娘として、受けた御恩は返さなければなりませんからね。
受けた恩は必ず返す…人として当たり前の行為ですが、これは貴族としての不文律にも該当します。
まあ、それとは別に私も、もう一度会いたいのですけどね。
だって素敵じゃないですか?
私は、こんな小さいなりでも辺境伯爵家の姫です。
その窮地に颯爽と現れ、危機一髪の処を救けて名前も名乗らずに去っていく彼…そして、又2人は運命的な出逢いをするのです…。
…
きゃん、素敵です、これって萌えますよね?
だってらぶロマンス的展開ですよ!この前、ギャルに勧められて寝る前に読んだクイーンロマンス文庫本の一冊目、第二章と一緒の展開ですから。
でも、いつもなら一緒に気持ちを分かち合ってくれるギャルが、この時ばかりは腕を組み難しい顔して「…まさか…いや、まさか、もしかして、でもしかし…。」などとブツブツ言ってました。
やはり、楽天家のギャルでも、救けられてしまった事に護衛としての矜持が傷つけられてるのかもしれませんね。
ギャルの新たな一面も見てしまいましたし、これぞ旅の醍醐味ですよね?
・ー・ー・
初めて会った時、アールグレイお姉様の印象は、とにかく可愛い人でした。
もちろん推薦されたとはいえ、直近の護衛任務を依頼するのですから、あらかじめ調べます。
ですがお姉様の場合、情報がありすぎて逆に真偽が不明確でした。男女の別さえも分からなかったのです。
かなり巧みな情報操作が行われて、本当の情報が隠蔽されているとみました。
結論は、会って見なければ分からないでした。
でも、私は、そこらへんは安心していましたよ。
だって救けてくれた方が推薦してくれた人ですもの。
それでも念の為、トビラ都市に所在するアカハネ辺境伯の別邸の前庭でギャルに最初に会ってもらい、更にクラッシュ叔父様に確認してもらってから、居間に案内して、そこで会ったのです。
居間の窓辺で佇んで、気配がして扉方向に振り向きました。
!….衝撃的でした。
[暴風]の噂から、私の想像では、熊の様な大男でも驚くまいにと思っておりましたのに。
輝くような金髪を肩まで垂らし、身長も体型も全体的に小作りながらも精緻とさえ言えるような、幼い私から見てもメリハリのきいた極上のプロポーションなのに、醸し出す雰囲気が妖精の様な儚さと、清楚かつ清浄な神聖ささえも窺えるのです。
女神とも天使とも、精霊とも受け取れる身姿なのに、何故か冒険者ギルドのレッドの制服を着てるのです。
人間は想定外の驚きには反応出来ないと、この時、知り得ました。
冬なのに、桜吹雪が舞い散るような幻想さえ見えるような衝撃…そして可愛い。
ああ…なんて可愛い人なの!
ズキュンとハートを撃ち抜かれました。
…輝いてる、輝いてるよ、精霊?それとも天使?いや、この神々しさは神?
何故、ここに顕現なされたのか。
でも、人たる衣服を着ているし…?
あなた、まさか人間なの?
…
…
…
…ハッと我に返り、護衛依頼したギルド員を待っていることを、思い出しました…え?え?何?この可愛い子が[暴風]なの?
…嘘でしょう?…私よりも歳上だけど、どう見ても成人したばかりだよね?…え、本当?…どうやら本物みたい。
この時、確かにお姉様とは言葉を交わしたはずなのですが、あまりにも印象が衝撃的だったので、良く覚えておりません。
あまりの衝撃に、素で、「お姉様と呼んでいいですか?」と聞いたことは覚えています。
…
さて、私の話しは長いので、ここら辺で少し休憩としますが、まだ、話しは続きます。
しばらく休憩した後に、また是非お聞き下さいませ。