辺境伯の娘(前編)
私の名は、キャンブリック・アッサム。
トビラ都市の北辺を守護する為に建設されたアカハネ辺境都市を領するアッサム辺境伯爵の次子、それが私です。
私が物心付く頃には、お母様は病気がちで、滅多に会えることはなかった。
お父様は、政務に忙しく、稀に会えることはあっても、いつもお顔の額に皺を寄せ、苦々しくも溜め息を始終ついて、つまらなそうにしていた。
大変なお仕事なのだから仕方ない。
些か寂しく思う時はあったが、私の側にはクラッシュ叔父様が来てくれたし、武家とは思えぬほど和かなロンフェルト卿が護衛に付いてくれていたから大丈夫。
そう…大丈夫。
だって私は、アッサム辺境伯の娘だから。
寂しくはない。
雪が降る夜、風邪をひいて熱をだし一人で苦しかった時も、ロンフェルト卿は泊まりこんで看病してくれた。
私は知っている、ロンフェルト卿の優しさを。
彼は金銭の大切を知りながら、金銭に頓着しない。
質素な生活をしながら、恵まれない子供達の為によく寄付をしていた。
残念ながら、ここ辺境伯領にも不幸な子供達はいる。
…苦境に犯罪に手を染める者達もいるとか。
そんな話しを彼から聞き、内心それを悲しんでいるのを察することが出来た。
ロンフェルト卿は、強いのに…とても強いのに、なんて優しいのだろう。
そうか…強いとは優しいことなんだ。
彼が居るだけで私は安心して眠りに付くことができた。
ロンフェルト卿は、男の人なのに、まるでお母様みたいに暖かい。
・ー・ー・ー
ロンフェルト卿が騎士団に栄転になる。
騎士に返り咲く事は、彼の一族の悲願であった。
寂しくはあるけど喜ばなければならない。
私ならば我慢出来る。
だって、私は辺境伯の娘だから。
クラッシュ叔父様が言っていた。
人生に別れは付きものだと…今日はおめでたい日、優しい彼が心配しないよう笑顔で見送らなければ…。
…
ロンフェルト卿は、私に何かあれば、直ぐに馳せ参じる事を約束し、去って行った。
騎士になる者の価千金の言葉だ。
ロンフェルト卿は、そう易々と約束はしない。
約束の重みを知っているから…。
だから、私も約束しよう。
貴方に何かあれば、今度は私が助けに行くと。
…
ロンフェルト卿は、後任に生涯の友となるギャルを遺してくれた。
クラッシュ叔父様が言っていた。
人生には別れもあるが、出会いもある。
私も、そう思う。
クラッシュ叔父様は、父のように厳しく頼りになり、ギャルは母のように私を甘やかしてくれた。
ギャルは凄いよ…私のやる事なす事全て全肯定だ。
以前、その不満を口に出したら、「キャンブリック殿下ならば大丈夫です。」と太鼓判を押してくれた。
何が大丈夫なの?理屈にすらなっていないし。
その自信って、いったい何処から来るの?
…でも悪い気はしない。
でも、後から考えてみれば、諫言は叔父様が嫌と言うほど言ってくれるのだから、ギャルに同じ事されたら…ちょっと嫌かもしれないな。
…などと、気持ちを漏らしたら、「そうそう、だから私が殿下に甘言してちょうど良いのです。」と自慢そうに言っていた。
ギャルは、自分の事すら全肯定である。
呆れながらも、羨ましくもある。
でも…ギャルが護衛に来てくれて良かった。
ロンフェルト卿、彼女を後任に推してくれて、ありがとう。
…
私が物心付いた時には、クラッシュ叔父様とロンフェルト卿は、既に側に居てくれていた。
だから、ギャルと出会った時、彼女の底抜けの明るさと親しみ易さには、世の中にはこんな人も居るのかとビックリした。
このギャルとの出会いが私の人生のファーストインパクトです。ギャルの底抜けの明るさと前向きな姿勢は、領主の娘である責任の重さと緊張を緩和してくれて、…気分を楽にしてくれた。
まるで水面に出て、楽に息が出来るように。
ギャルが居なかったら、私は溺れていたかもしれない。
・ー・ー・
そんな風に平和に何事も無く何年か過ぎさったある日。
父様の代理として、トビラ都市に表敬訪問した折、私は生命を狙われる事態に陥り、あの人に出会う事が出来た…。
そして、私が生命を狙われた時のあの人との出会いこそ、私の人生の転換点になったセカンドインパクトとなったのです。
その人の名は…